後見
「なあに、領主館はそんなに広くないんだよ。ここは南方の騎士隊駐屯所も兼ねているから、ほら、あそこの建物からは騎士隊の建物だ」
ライオットが指し示すところを見ると、たしかに建物は二つに分かれていた。それでもサラにとってはお城かと思うほど大きく感じる。
ちらりとネリーのほうを見ると、懐かしそうに目を細めているだけだ。クリスはただの建物だろうという顔で静かにたたずんでいるだけだし、アレンのぽかんという顔を見てやっと、驚いたのが自分だけではないと知って安心したくらいだ。
「ネフェルには幼い頃のように北の塔に部屋を用意させているが」
「北の塔!」
家にそもそも塔があるというのがロマンチックだ。屋敷を見上げると確かに塔があるような気がする。
「私もそこがいいです」
サラは鼻息を荒くした。
「あ、俺もそこで」
アレンも心細いのか手を上げた。ローザではすぐ隣で並んで休んでいたのだからサラも特に言うことはない。
「私もネフと同じ部屋で」
「駄目に決まっているだろう」
クリスまで調子に乗るものだからライオットが却下している。
「塔がいいならクリスにも東の塔を用意させる」
「塔がいいわけではないのはわかっているでしょう」
「では客室を。アレンとやらもクリスと一緒がいいか」
アレンも当然のごとく却下されているが、クリスと一緒ならまあいいかという表情だ。
「ネフェルと常に一緒にいて、同じ部屋で寝泊まりしたいという者が三人も出るとはな」
ライオットのつぶやきは、ネリーの魔力の圧が強いから近くの部屋に泊まりたいという人がいなかったということなのだろう。そう想像すると塔はたちまちロマンチックな色を失い、まるで独房のような意味合いを帯びてくる。サラはちょっと気が沈んでしまった。
「サラ、あんまり気にするな」
屋敷を案内してもらっているときにアレンがサラの隣に来て小さな声で話しかけてきた。
「サラと会った時、俺だって魔力の圧が強くて皆に避けられてた。だけど、ギルドにも食堂にも、魔力の圧の強い人用の席はあっただろ。そんなの、当たり前なんだよ」
「そういえばそうだったね」
「魔力の圧が強いってことは、要は実力があるってことだ。皆の役に立ってるってことなんだよ。それでも圧が強いから抑えてくれとか、ちょっと離れたところにいてくれとか言われるのは、俺は悪くないと思ってた。顔色をうかがわれるよりはずっとましだから」
サラはどうしても前の世界の価値観に引きずられがちだけれど、アレンはそれを気にしすぎだという。
「それに、俺だって誰かと一緒の部屋に泊まったのなんてサラ以外は叔父さんだけだ。それにしたって、魔力の圧がどうこう言うより、お金がなかったからだっただろ」
「ほんとだ」
サラだって自分の家でも一人暮らしでも、当然のように一人で部屋を使っていたではないか。ネリーを守ろうとして過剰反応してしまっていたのだと気がついた。
「気にしすぎてたみたい」
「せっかくでっかいお屋敷に泊まれるんだから、楽しもうぜ」
アレンはにかっと笑って離れていった。
着替えのために訪れた塔の部屋は、やっぱり素敵だった。
「もともと物見のために作られた塔だから、ここだけで過ごせるよう、風呂も洗面所も完備なんだ」
ネリーが自慢そうに説明してくれる。
「とはいえ訪れたのはもう三〇年ほど前だから、記憶も薄れているが、これは同じだ」
そう言ってそっとなでたベッドのカバーは、白地に色とりどりの花が散った柄だ。全体に少女の好みそうな内装が施されている。
案内してくれたメイドがクローゼットを開くと、色とりどりのドレスが何着も並んでいた。まさか子ども時代のものだろうかと思ったら違った。
「いずれ揃えるにしてもとりあえず必要だからと、お館様が用意したものでございます」
サラが駆け寄ると、控えめながらも趣味のよいドレスが並んでいた。端の方に騎士服があるのがちょっと気になったが。
「12才ほどの小柄な少女用にと、サラ様にもご用意がございますよ」
「わあ、ありがとうございます」
ネリーのお父さんは町中でいきなり戦おうとした割に、細やかな気遣いのできる人のようだった。
サラはネリーの隣に簡易のベッドを運んでもらうことにした。こんな時に収納袋は重い家具も簡単に動かせて本当に便利である。そして用意してもらった服に着替え、ネリーと共に食事に向かった。
「ネフ! なんと美しい!」
薬師のマントを外し、きちんとした貴族のような格好をしているクリスのほうこそ素敵だったが、相変わらずサラのことなど目もくれずにネリーの元にやってきた。ネリーも父親の前だからかうるさいとも言えず、微妙な顔をしてクリスにしぶしぶエスコートされている。
サラの元にやってこようとした一張羅を着たアレンを制して、ライオットがサラをエスコートしてくれた。
大きなテーブルの端に五人寄り添っての夕食は、思ったよりずっと話が弾んで楽しいものだった。
サラが気に入ったのはマスのムニエルだ。キノコのクリームソースがかかっていて絶品だった。
「この側の湖で獲れたマスだよ。身がしまっていて王都からも買い付けにくるほどだ。キノコはストック産のものも多いが、今日のものはその裏手の山で採れたものでな」
そんな話から、アレンがニジイロアゲハとシロツキヨタケを見たことを面白おかしく語ったり、旅のあれこれをワイワイ語り合ったりしていると、あっという間に食後のお茶の時間になっていた。
ローザとも、旅の途中で買ったお茶とも違う風味のお茶を楽しんでいると、ライオットがこほんと小さく咳ばらいをした。
「その。サラ。いや、イチノーク・ラサーラサ殿とお呼びしたほうがいいだろうか」
サラは焦って顔の前で手を振った。
「いえ、サラで十分です」
どうせ一ノ蔵更紗はどこで区切ってもきっと発音しづらいのに違いない。
「娘と久しぶりに会えた喜びのあまり、すっかり後回しになってしまったが、サラ殿が招かれ人であり、わがウルヴァリエ伯爵家が後見するということでいいだろうか」
そういえば伯爵家と言っていたなとか、いまさらサラに殿がついたとか、いろいろ気になる部分はあったが、サラは素直に頭を下げた。
「ネリーのご実家に後見してもらえるのは本当にありがたいです。むしろ、こちらこそやっかいなことを持ち込んで申し訳ありません」
「いやいや、古来招かれ人は女神よりもたらされし幸あるものとして尊重されてきた。招かれ人は元の世界では体が弱い子どもである場合が多いと聞く。たいていは王都の王城に、10歳ほどの姿で現れるのだよ」
サラは丁寧なライオットの説明に神妙に頷いた。ハルトに聞いていたことと同じだ。そして聞いておいてよかったと思う。そうでなければ自分とのあまりの違いに嘆くことになっただろう。
「物の道理もわかっていない子どもも多く、丁寧にこちらの世界の教育が施される。後見の貴族の家のもとで、少年はたいていハンターか騎士となり、少女は大切に育てられどこかしらに嫁ぐ。時折元の世界の知恵がもたらされることがあって、魔石を使った魔道具などはその最たるものですな。最近では洗濯の魔道具や携帯用のコンロがそれにあたる」
向こうの世界と違和感のない魔道具たちはそのせいだったのかとサラは納得した。
「いずれにしろ、後見した家にマイナスがもたらされることはまずないですな。また、わがウルヴァリエ家は十分豊かであり、招かれ人になにかを求めることもない。安心してわが家に守られるとよい」
サラはライオットの温かい言葉に心からほっとした。自分がいることでネリーの実家に迷惑をかけることがなにより怖かったのだ。
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