貴族のお屋敷
ライとはライオットの略称だとサラは理解した。本当は身分差か何かがあるのかもしれないが、サラはローザでもカメリアでも身分を振りかざす人には会ったことがなかったので、気後れせずにきちんと挨拶し直した。なにしろこれからお世話になるかもしれない人なのだから。
「いえいえ。行くところのなかった私を拾ってお世話をしてくれたのはネリーです」
「俺にとってもネリーは師匠です」
いきなりの出会いで少しむくれていたアレンも警戒を解いてきちんと挨拶をしている。ライオットはなんとなく嬉しそうに髭をひねった。
「セディに聞いていた通りだな。では二人とも、さっそく領主館へ向かおうか。クリスもな」
何を聞いていたのかちょっと不安だが、どうやらネリーと一緒に迎え入れてはもらえるようでサラはほっと胸をなでおろした。だがクリスは右手を胸に当てると、一歩後ろに下がった。
「いえ、久しぶりの家族の再会です。私は町の宿に泊まるつもりでしたので、これで」
なんとなく腰が引けているのは、ライオットが苦手なんだろうなという感じだ。
「クリス。やはり来ないのか」
ネリーが声をかけている。ローザからずっと一緒だったのだ。ここでいきなり離れるのはやはり寂しいのかもしれない。
「行くとも。ライ、ぜひお邪魔させてください」
さっき断ったとは思えないほどの即答である。ネリーに誘われたら断れないクリスに、サラは思わずクスッと笑ってしまった。
全員領主館へ行くことが決まった時点で、ライオットの後ろに控えていた従者がすっと前に出てきた。
「では馬車を用意しておりますので、皆様こちらへ。馬車より早い領主ってどうなんでしょうか」
最後の一言は聞かせるつもりはなかったのかもしれないが、聞こえてしまったサラは笑いをこらえるのに必死だった。確かに身体強化で歩くと下手をすると馬車より速い。さすがネリーのお父さんである。
面白い見世物が終わったと思ったのか、町の人が三々五々解散していく中で、サラたちは立派な馬車に乗り込んだ。
「なあに、歩いてもすぐなんだが」
「お父様基準のすぐは信用できないですね」
軽口を言い合っているのを見ると、本当に仲が悪いわけではなさそうでほっとする。
「だが、ネフェルがどれほど強くなったのかがわからなくて残念だったなあ」
「そういうことは本来、再会を喜びあってからするものです」
おそらくライオットのほうが破天荒なのだろう。ネリーのほうがまだ常識人のようだ。そして再会したらいきなり戦う、それも毎回のことのようだ。
「それもこの二人に邪魔をされてしまったが」
ライオットがちらりとアレンとサラを見た。
「常識を持てよ。領主をコテンパンにのしてしまったら、ネリーがどんなふうに町の人に思われるか考えたらどうだ」
アレンの言葉にライオットがきょとんとした顔をした。ネリーの父親だから60歳以上だと思うが、見た目は50歳を超えたくらいに見える、いかついおじさんがきょとんとしても正直かわいくない。
「私はコテンパンにのされたりしないが」
「そこですか」
アレンの代わりにサラが突っ込んでおいた。
「いや。あんたはネリーの強さをわかっていない。何年会っていなかったかわからないが、ネリーは強いぞ」
「ほう」
馬車の中で睨み合うのはやめてほしい。
「そこじゃないよね。アレンはハンターとはいえ、女子で年頃のネリーが強すぎて町の人に引かれたら困るっていう話をしているんですけど」
サラは話の本質を丁寧に説明してあげた。
「は、男であろうが女であろうが騎士ならば強さがすべてだろう。その強さを皆に示して何が悪い。ネフェルがハイドレンジアにいたのは幼い頃だけだ。今のネフェルの強さを皆に示しておくべきだろう」
父親がこういう考え方だから、ネリーは裏表もない誠実な人なのだろう。だが、こういう考え方が、ネリーの周りから普通の人を遠ざけたとも言える。
ネリーは困ったように微笑んでいるだけだ。ここはサラがきちんと話して聞かせねばならぬと、心の中で腕まくりした。
だが先にアレンが口を開いた。
「ハンターだからって、いつもハンターなわけじゃない。仕事をしていないときはただの町の人だ。ご飯だって食べに行くし、買い物もいくんだよ。そこに強いかどうかがどう関係あるんだよ」
「騎士は騎士だ。ネフェルはハンターを生業としていても元は騎士。日常すべてに騎士の気概があるべきだろう」
サラは首を傾げた。アレンは正面からライオットと話しているのが、先ほどからなんとなくかみ合っていない気がする。
「元がなんでも、ネリーは今は騎士じゃない。それに俺は騎士を知っているけど、仕事をしている時もしていない時も不愉快な奴だった記憶しかない」
リアムのことだ。サラもアレンの横で鼻にしわを寄せ、そして納得した。
アレンはハンターとしてのネリーについて話しているのに、ライオットは騎士としてのネリーについて話しているのだ。
「ねえ、ネリー。ネリーはいつ騎士だったの?」
「ああ。13のときから騎士見習いとして三年。正騎士としてやはり三年。その後、ハンターになった」
今のサラくらいの年からだ。
「六年も。頑張ったねえ」
サラの感心した声に、ネリーはちょっと照れている。
「サラも薬草を採ってきちんと自分の生活費は稼いでいるではないか」
「俺もな。ハンターとしてちゃんと稼いでる」
アレンも自分を親指で指して自己主張している。
「だが、どうしても合わなくて三年でやめてしまったとも言えるんだ」
ネリーはうつむきはしなかったが、遠くを見るような目をしている。
「ネフェルの実力なら、あと数年頑張れば小隊の隊長くらいにはなれたはずなんだがな」
ネリーに実力がなかったなんてここにいる誰も思っていない。
「あの時は隊長だったお父様にはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
ネリーは膝に手を置いてライオットに頭を下げている。お父さんなのに。
「二〇年も前のことだ。お前を守れなかったこと、私こそ後悔しているというのに」
そんなライオットをアレンが厳しい目で見ている。後悔しているなら、ネリーに騎士を押し付けるんじゃないと言いたいのだ。サラも同じ気持ちだからよくわかる。
いきなり重い空気になってしまった馬車だが、ライオットの言葉がきっかけだったかのようにゆっくりと動きを止めた。
「歩いたほうが早いのだがな。さ、屋敷に着いたぞ」
きまずい空気を断ち切るかのようなライオットの明るい声だった。
サラが降りるときにはきちんと手を添えてくれたので、ちょっと楽しい気持ちになったりもした。
「わあ、大きい」
馬車は既に屋敷の敷地内に入っていたようで、降りたところにはこの世界では見たこともないほど大きいお屋敷が立っていた。夕暮れのせいもあるかもしれないが、なにしろ建物の端がどこだかよくわからないほどだ。
振りかえってみれば手入れされた庭園が広がっており、おそらく門だろうなと思われる影が遠くに見えた。ローザは狭い町だったし、貴族の住んでいる地区には入ったこともなかった。
カメリアは大きかったけれど、忙しくて町長の屋敷にさえ行ったことはなかった。
つまりここが、トリルガイアで見る初めての貴族のお屋敷ということになるのだ。サラは感動で手を胸の前で握り合わせた。
「なろうにも」いいね機能が実装されたそうです。よければ、下のいいねをポチリと押していただけると嬉しいです!