アレンが一番常識人
ネリーのお父さんらしき人は油断なく四人に目をやると、左手で顎髭をしごいた。そして第一声がこれだった。
「ふむ。小僧、そこをどけ」
「なぜだ」
アレンはどかない。
「そこの赤毛の娘っ子に用がある」
「娘っ子って、私はもう四〇だというのに。父様だって高齢者だろう」
後ろでネリーがぶつぶつ言っているが、問題はそこではない。
「用があるならそこから話せ。内容次第では通してやる」
「ほう。生意気な」
ネリーの父親だというのは、サラと同様アレンも承知の上だろう。だがアレンもサラも警戒を解かない。それはなぜか。
「生意気で結構だ。話だけなら通す。だがあんたには話だけで済ませる気配がない」
そういうことだ。今にも剣を抜きそうな剣呑な気配がするのである。サラも念のためバリアを強化する。
「はっ。だとしても、お前に何ができる」
「あんたは俺が止める」
アレンはさらに前に出ると、足を大きく開いて腰を落とした。
「ハンターなりたての小僧ごときが私を止められるか」
目の前のハンターはガチャリと剣を抜いた。
「きゃあ!」
「ご領主さま!」
「やめて!」
声があちこちから飛んでくるが、それももっともであろう。町中の大通り、人のたくさんいるところで、武器も持っていない少年に剣を向けたのだから。そしてサラたち一行を取り囲むように人がどんどん集まってきている。目立つのが嫌いなサラはちょっともやもやした。
だがアレンは人が集まってこようとサラがもやもやしようとお構いなしに、静かにご領主様と呼ばれた人と向き合っている。
「よい覚悟だ。行くぞ」
声をかけただけ、アレンを試した時のネリーよりも親切かもと思ったサラは相当ネリーに毒されているかもしれない。
そうしてその人はゆっくりと剣を構えると、アレンに向かって全力で剣を振るったように見えた。
ガッキーンと硬いものに当たるような音がした途端、アレンの足が地面を勢いよくズズッと後ろに押し戻されるのが見えた。
「ふむ。私と出会った時よりかなり身体強化がしっかりできるようになったな」
ネリーがサラの後ろで満足そうに頷く気配がしたが、もしかしてという心配はなかったのかとサラは力が抜ける思いだった。だが、サラだってそうだ。サラのバリアで覆えば怪我はないとわかっていても、アレンに任せることに迷いはなかった。
「だがまだまだだ」
ネリーがそう言うか言わないかの間に、その人は剣をすっと引くとそのままアレンに足払いをかけた。
「うわっ」
剣を止められてほっとしていただろうアレンは予想外の攻撃に構える暇もなく、あっという間に体勢を崩され、仰向けに転がった。
だが、とどめを刺そうと剣を向けたところでその人は動きを止めた。いや、止められたといったほうが正しい。
剣を動かそうとして何かに弾かれたかのように一歩下がった。
もちろん、サラのバリアである。
ネリーがアレンを試した時と同じ、おそらく怪我をさせようとかそんなことは思ってはいないだろうとわかってはいる。だが、ギリギリのところで止めるにしてもサラは友がそんなふうにされるところを見たくはない。
「はいはい、話があるなら、剣を納めてくださいね」
パンパンと手を叩きながら声をかけるサラのほうをその人はうろんな顔で見て、それでも何も言わず一歩踏み込もうとしてまたはじき返された。
「チッ」
チンピラかとサラは突っ込みそうになったが、我慢してその人がしぶしぶ剣を腰に納めるのを見守った。その隙にアレンは起き上がってサラのバリア内に戻り油断なく構えている。
「用があるならそこから話してください。内容次第では通します」
サラはアレンが言った通りに繰り返した。
その人は剣から手を離して両手を体の前で開いた。
「もう剣を抜いたりはせんよ」
「信用できません」
サラの固い声に周りの人垣からおお、という感心するような声がいくつも上がった。
「お嬢ちゃん、頑張れ!」
という声さえする。サラはげんなりした。
「久しぶりに娘に会えると思って急いでやって来た哀れな老人にこの仕打ちか」
サラはその言葉に思わず目をぐるりと回した。どこが哀れでどこが老人なのだ。
「ちっとも哀れに思いません」
サラはピシッと言ってやった。
「人のたくさんいる町中で剣を振り回し、迷惑をかけるような人を信用する理由がありますか」
「そうだそうだ」
「ねえな」
周りの町人たちはすっかり面白がってサラに合の手を入れる始末だ。
サラにだってもうわかっている。このとんでもない人はネリーのお父さんで、サラの後見を引き受けてくれるだろう恩人だ。そして町の人にからかわれるくらい慕われているということも。
そしてこれもわかっている。ネリーのような超実践型の人に対して、遠慮はなんの解決策にもならないということをだ。
「ネリー。どうする?」
「サラ、ありがとう。心配をかけたな。ここからは私が話そう」
ネリーがそう言うならと、サラはバリアを小さくして場所を譲った
。
ネリーは迷いもなくすたすたと歩くと、その人の前で止まった。ネリーよりもがっしりして一回り大きいその人の赤毛と緑色の瞳は確かにセディアスにそっくりで、そしてどう見てもネリーの父親だった。
「お父様。お久しぶりです」
「おお、ネフェルよ」
震える声でネリーをギュッと抱きしめた人は、先ほど勢いで剣を向けようとしていた人とは別人のようだった。
そしてその二人の様子に周りの人たちからは拍手が起きた。
「やっぱり娘さんかよ」
「領主館に連絡を入れてよかったな」
という声が聞こえたから、迷惑をかけるもなにも、家族はネリーを待ちわびていたに違いない。
「積もる話は領主館でいいだろう。ここだと見世物になってしまうからな」
「見世物になるようなことをしたのはお父様です」
そんな風に話しているところを見ると遠慮のない仲のよさがうかがえて、サラはほっとした。ネリーが厳しく育てられてきたのはなんとなく感じていたし、ずっと会いに行っていないことからももしかして家族とは疎遠なのかもしれないと心配していたのだ。
そんなサラやちょっと面白くなさそうな顔のアレンにも優しい目を向けると、ネリーのお父さんはクリスを見て顔を引き締めた。
「クリスも久しぶりだな。大きくなった。セディから聞いてはいたが、付いてきてくれて助かったよ」
「ライ、お久しぶりです。もう20年ほど大きくなってはいませんが」
若干苦々しい口調のクリスを見ると、普段何事にも動じないクリスも、ネリーとネリーの家族には翻弄されているような気がする。
「それからそこの小さいの」
小さいのと言われてアレンがむっとして胸を張る。
「アレンだ」
「サラです」
サラは別に胸を張ることもないので自然に挨拶をする。
「私はこのあたり一帯を治める領主、ライオット・ウルヴァリエ。娘のネフェルタリが世話になったようだな」
ライとはライオットの略称だとサラは理解した。本当は身分差か何かがあるのかもしれないが、サラはローザでもカメリアでも身分を振りかざす人には会ったことがなかったので、気後れせずにきちんと挨拶し直した。なにしろこれからお世話になるかもしれない人なのだから。