ハイドレンジアへ
そして次の日は朝食を食べてすぐに出発だ。
セディアスは後始末のために町に残るので、サラたちはいつもの四人組でハイドレンジアに向かうことになる。
「ハイドレンジアに戻ったら、一緒にダンジョンに潜らないか」
クンツがアレンに声をかける。
「ありがたいけど、いいのか」
「いい。おそらくアレンのほうが強いから、今のうちに唾をつけておくんだ」
照れたようにそっぽを向いているが10代で三才の年の差は大きい。アレンがありがたいと言ったように、声をかけてくれるのは本当に運がいいことなのだ。ネリーは師匠だが、そもそもレベルが違いすぎてパーティとして成り立たない。初めてのダンジョンでアレンはどうするのかとサラもちょっと心配していたから、ほっとした。
準備をして宿を出ると、町の入口に人だかりがしていた。
「ニジイロアゲハが出た?」
「違うな。なんだろう。こっちを見て手を振っているぞ」
ネリーも首を傾げているが、何か問題があるといけないので足を急がせた。
「やあやあ。皆さん、そろそろ出発だろうと思いましてな」
町長がニコニコしながら一歩前に出た。
「今度のことは、あなたたちがちょうど通りがかってくれたおかげで事なきを得たわけで、えー」
演説が長いぞという町人の声が飛んで笑いが起きた。
「要するに、感謝の気持ちを表したくてですな。見送りですよ」
「見送り……」
草原でたまたまニジイロアゲハを見ただけで、この町には最初から泊まるつもりだった。それがほんの数日長引いたにすぎず、カメリアでの大変な日々に比べたらただ観光しているだけと言ってもいいほどのんびりした日々だった。
それなのに、面倒ごとを避けて追い立てられるように出てきたカメリアとは違って、ストックではサラたちがやったことに感謝し、笑顔を向けてくれる。
「いやあ、もっと苦しんでる人に比べたら自分の手足がしびれるくらいと思って我慢していたのに、その小さい人のおかげですっと楽になってね。本当にありがたかったよ」
「え、私?」
サラなどクリスのおまけのような仕事しかしていない。
サラだけではない。クリスも、ネリーも、そしてアレンも口々にお礼を言われ、サラとアレンにはお菓子の詰め合わせまで用意されていた。
「ハイドレンジアでも頑張れよ!」
「きっといい薬師になるわ!」
温かい声掛けに見送られ、呆然とした四人は身体強化をするのも忘れ無言で街道を歩き続けた。
沈黙を破ったのはアレンだった。
「魔物を倒すのはハンターの仕事で、倒した魔物は皆の役に立つ。それは頭では知ってたけど」
魔物の肉は食べ物に、皮や角は素材に、そして魔石は魔道具を動かすもとになる。だがそれは当たり前のことで、ハンターが狩りをしているからといって誰かに感謝されることなどない。
「感謝されるのって、嬉しいことだったんだな」
サラはアレンの言葉に深く頷き、クリスを見上げた。
「カメリアではあんなに頑張っても報われなかったけど、ストックでは喜ばれてよかったね」
「ああ」
クリスも珍しく口元に笑みを浮かべている
「感謝されようとされまいと、いざというときのために薬師はポーションや解毒薬をひたすら作る。そんな仕事だと思ってきたが、こうしてハンターではない一般の人に直接感謝されるのは嬉しいものだな」
ポーションは町の人でも気軽に買いにきて、怪我や熱でも使われる一般的な薬である。だが、それが当たり前すぎて、それを支えているのが薬師だということが忘れられがちだ。
サラは最初にローザに来た時、すごく意地悪だったテッドだけでなく、テッドを諫めてくれなかった薬師ギルドに嫌な思いしかしなかった。だから、薬草採取を生業にしているにもかかわらず、薬師に苦手意識を持っていたところがある。
だが、苦手だったはずのクリスもずっと一緒に過ごしてきて、薬師の仕事に一生懸命な人であると知った。そしてこうして初めて人に感謝されてみて、やりがいのある仕事として認めてもいいような気がしてきた。
「自分で材料を採取してポーションを作れれば、どこの町に行ってもやっていけるってことなんだ。もう12歳の子どもじゃないんだし」
やっと13歳になったばかりだということはたいしたことではないと、サラは一人頷く。
「サラ。ハンターもいいぞ。どこの町に行ってもたいてい仕事はあるし、サラのバリアとの相性もいい」
ネリーは相変わらずのハンター推しである。もちろん、アレンもだ。
「そうだぞ。俺とネリーと三人で狩りに行ったらきっと楽しいぞ」
「楽しいかもしれないけど、それはないと思う」
すかさず否定したのは、この身体強化型のガンガン行こうぜタイプの二人と組んだら、サラが果てしなく疲れるだけだとわかっているからだ。もっとも楽しいだろうなというのは否定しない。
「それに、ハイドレンジアには虫の魔物がいるってクンツが言ってた」
サラは小さい声で付け加えた。
「ううむ。どこのダンジョンにも虫型の魔物はいるからな。ニジイロアゲハだってそうだし。だがワイバーンのほうがよほど怖いだろうに」
「ワイバーンは慣れたから」
慣れたからという話ではないのだろうが、サラは、こういう話ならすかさず薬師を推してくるクリスが何も言わないのがかえって気になる。
「クリスはどうなんだ。サラの気持ちが薬師に傾いているらしいぞ」
ネリーも気になったようで話を振っている。
「しっ。私は今気配を消していたというのに」
クリスが慌ててネリーを止めている。
「どうした。クリスらしくないな」
普段とあまりに違うので、いよいよ怪しむネリーである。
「ここで私が薬師を推したら、サラのことだからへそを曲げて、まだ決めてないと言うに決まっている。だからここはあえて一歩引いて、サラの心がどんどん薬師に傾くのを待つ作戦を取ったというのに」
しかしその作戦も口に出してしまったら終わりである。無念という顔のクリスにサラも思わず笑い出していた。
確かに、心は傾いたとは言えまだ決めかねてはいる。だが、町の薬師ギルドに所属し、閉じこもって調薬ばかりする薬師ではなく、外にも出て自分で採取する薬師という新たな薬師像を描けたのは収穫だったと思う。
「ねえ、ネリー。とりあえず、ハイドレンジアにはしばらく滞在するんだよね」
「ああ。カメリアは落ち着かなかったし、旅もだいぶ長くなってきたから、落ち着けるようならしばらく滞在してもいいと思っている」
それならその間に、自分の将来についてしっかり考えようとサラは思うのだった。
「さ、身体強化して少し急ごう。今日中に着いておきたい」
向かうはハイドレンジアである。
一回お休みして、来週の土曜日に再開します!
少々お待ちください。