友だち
「そのハイドレンジアのダンジョンでギルド総長の次に強いと言われているハンターがいる。黒髪に青い瞳。そして二つ名が『黒の死神』。ハイドレンジアのハンターには、そいつのことを崇拝してる奴も多い」
「あー、うん」
なんだか嫌な予感がひしひしとしてきた。
「そんなだから、『赤の死神』と名前のつくネフェルタリに皆興味津々なんだ。なによりものすごく強いセディアス・ウルヴァリエよりも強いかもしれない人と聞いてはね」
厄介ごとの予感しかしない。だが、ローザとハイドレンジアはずいぶん距離が離れている。だからローザでは「黒の死神」なんて聞かなかった気がする。それなのになぜハイドレンジアのハンターはネリーのことを知っているのか。サラは率直に尋ねてみた。
「そりゃあ、セディアス本人がそう自慢しているからだな」
サラはセディのことを思い浮かべて納得した。家族自慢で人を遠ざけていては意味がないではないか。
一方で「黒の死神」については、クンツはあまりよく思っていないのではないかという気がする。サラはそのことも気になって聞いてみた。
「クンツはその人のこと、どう思ってるの?」
「強いよ。身体強化型なんだけど、大抵の魔物はこぶしで一発らしい。もと騎士隊にいたこともあるし、剣もこなせる。けどな」
クンツはちょっと言いよどんだ。
「強いから憧れるハンターも多くて、なんていうか、あいつの派閥じゃないと肩身が狭いのが現状だ。俺は基本魔法師だし、身体強化型とは戦い方も違う。だからかかわる必要がないからかかわってないだけなんだけど、一人でいるっていうだけで反対派閥のように扱われる。それでなんとなくギルドの居心地が悪い」
「ローザではそんなことはなかったなあ」
アレンがそんなことを言うから、サラは思わず突っ込んでいた。
「あったよね。アレンだってハンターなりたてなのに実力があるから生意気って言われて、意地悪されてたじゃない」
「ああ。あれは面倒だった。何しろしばらくダンジョンに潜れなかったからな」
アレンの中ではそんなこともあったかなくらいの思い出になっているのにむしろ驚く。そういうことも忘れずに今でもちょっと怒りを感じるサラの方が変な人みたいな気がしてしまうほどだ。
「ハンターにしては小さいなと思ってたら、なりたてか。なるほど」
「もうすぐ一年経つから、なりたてじゃないぞ。な、サラ」
クンツがニヤニヤするものだから、アレンが反論している。
「三年くらいはなりたてっていうか、新人なんじゃないかな」
サラはそもそもハンターであるつもりはないのでお気楽である。なりたてといわれても悔しくもなんともない。
「ちぇ。でも俺のはつまりさ、若い世代のいざこざで、強いハンターは何の問題も起こさず仕事をしてたな」
「三年……。よし! ギリギリ新人じゃない」
ローザの話をしている横で、クンツがぐっとこぶしを突き上げている。
「四年目だからな、俺は。15歳なんだ。今までは王都のダンジョンにいたけど、場所を変えるのもいいかなと思ってハイドレンジアにやってきたんだ」
「ローザもいいところだぞ。あっちに行ってもよかったんじゃないか」
「あそこは物価が高い。それにハイドレンジアより魔物が強いと聞く。一人だから、無理はしない主義だ」
こういう人ばかりだったら、ローザで無理をするハンターもいなくなるのだろうが、現実には背伸びしたいハンターも多く、結果として問題を起こしたりするのだ。
「黒の人って、そんなに嫌なの?」
ネリーを死神と呼ばれるのは嫌なので、その人のことも死神とは呼びたくはないサラである。
「あの人自体が嫌なんじゃない。だけど、自分の派閥のハンターが問題を起こしても自分には関係ないみたいな顔をしてるのが、なんだかなって思う。ギルド総長のセディアスなんて強いらしいけど、彼の周りの人が威張ったり問題起こしたりなんて見たことないし」
サラはクリスのことが頭に浮かんだ。クリスは実力があっても威張らないし人にも慕われるけれど、テッドのことはまったく抑制できていなかったためサラはだいぶ迷惑をかけられた。また、カメリアではその実力を嫉妬されて本人が散々な目に遭っていた。どちらにしろ、クリスがそもそも人に興味を持っていないからというのが原因だったとは思う。
「とすると、その人は他人に興味がないタイプか、あるいはお山の大将タイプかってことになるね」
「お山の大将?」
アレンが何のことだという顔をした。
「つまり、小さい集団の中でいばってる人」
「ぐっは」
クンツがおなかを抱えて笑いだした。
「つまり、そうなの?」
「わからないんだ。ただ、次に会った時にどういうタイプか観察するのが楽しみだなと思って。ありがとうサラ。楽しみができたよ」
夕方になり、アゲハが少なくなるまでそうやって話し続け、クリスが迎えに来る頃には三人はすっかり仲良くなっていた。
「さあ、サラ、アレン。今日の分は燃やしてしまうぞ」
採取した後も夜に胞子を飛ばすツキヨタケなので、毎日夕方にはいったん燃やしてしまうのだ。サラもアレンもクリスの横に並んだ。
「燃やせ」
クリスの合図と共に、高温で溶かすイメージで熱を発生させる。キノコは燃え上がることなく数分で溶けるようにかさを減らし、後には黒い痕だけが残った。
「すごい。けど、これを明日から私がやるのか……」
クンツが呆然としているが、クリスは首を横に振った。
「同じようにやる必要はない。時間がかかってもいいから、普通に焼却してくれればよい」
普通とはなんだと頭を悩ませている様子がおかしかった。だが、気になる一言でもある。
「もしかして、明日にはこの町を出るんですか?」
夜に光るキノコや大きいアゲハを見たり、おいしいキノコ料理やナッツのタルトを楽しんだりした思い出の町である。もう出るのかと思うとちょっと寂しい気もした。
「ずいぶんゆっくり旅をしてきたからな。早くウルヴァリエの家にサラを正式に預けたほうがいいだろうということになったんだ。後見を勝ち取ったとはいえ、まだあきらめていない家もあるらしいからな」
げんなりしながらも宿に戻ると、待っていた薬師の人は、だいぶげっそりした顔をしていたので、クリスに知識を詰め込まれたのにちがいない。
サラに気づいた若い薬師の人は、すごくサラを褒めてくれた。
「町の皆さんが言ってたよ。クリス様には小さいお弟子さんがいるって。君、えらいね。本当にえらいね」
なんだか涙目であるが、気持ちはよくわかる。クリスの相手は大変だっただろう。本当は弟子ではないと否定したいところだがそれはせず、こっそりと、町で買った美味しいナッツのクッキーを分けてあげてとても感謝された。宿の食事でもデザートは出るだろうが、疲れた時にでも食べるといいと思う。
最後の夜、キノコ料理を楽しんで、シロツキヨタケが夜光るのをクンツや若い薬師とも一緒に見て、長居するはずではなかったストックの町での楽しい滞在は終わった。