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黒のダンジョン

「この石と同じものを、もう一つ」


 同じ色、同じ形、同じ質量。そもそも魔法でできた石だから、溶岩が元なのかなんて考えなくていい。


「石。もう一つ」


 魔力が手のひらに集まり、すっと形になる。


「できた」


 なんとなく小ぶりだが、クンツの石とそっくりだ。それなら、石つぶてもできるはずだ。


 サラは誰もいない草原のほうに体を向け、手を伸ばした。目標物はないから、追尾はいらない。それならばシンプルに行こう。


「石つぶて。行け」


 サラの伸ばした手の先から、石つぶてがひゅんと飛び出して、だいぶ先の草原に落ちた。


「うん。できた」

「サラ。俺も。石を貸してくれる?」


 サラの隣にアレンも立った。


「この形を見本にして。叔父さんが作っていた奴はもっととがっていた気がするけどな」


 サラから石を見せてもらうと、アレンも草原に体を向け、手を伸ばした。


「石つぶて。行け」


 気合がそのまま出たのか、サラの石つぶてより勢いよく飛んで、遠くに落ちた。


「うん。できたな」


 顔を見合わせて笑顔になるサラとアレンを見てクンツがちょっと冷たい声を出した。


「君たちは、ちょっとおかしいんじゃないか」


 きょとんと振り返る二人組を見て、クンツがイライラと体を揺すった。


「サラ。そういう訓練て言ったでしょみたいな顔してるけど、普通はもっと時間がかかるものなんだ。あと、アレン。人の魔法を見て分析して即真似るとか、ほんといい加減にしてくれ」


 どうやらまずいことをしてしまったらしいとシュンとする二人に、クンツはイライラと頭をかきまわした。


「責めてるんじゃない。教えてやろうと思った俺がかっこ悪すぎるだろ。代わりにアレンは俺ができるまでその炎の魔法を教えてくれ。あとサラは近くで応援しててくれ」


 どうやら怒られるのでも嫌われるのでもないらしい。アレンとサラはほっとしてまた顔を見合わせた。


「あ、ああ」

「応援でいいなら」

「なんだよその仲のよさは。幼馴染かよ。くっそ悔しいな!」


 クンツの最初のちょっと余裕のある感じが消え去って、熱い感じの性格が垣間見えてサラもアレンも思わず笑いだした。


 それは次のアゲハが飛んできてネリーに仕事中だと叱られるまで続いた。


 その日は夕方まで、三人でアゲハを見張りながら過ごした。アゲハが来ないときは、クンツが高温の炎をイメージできるまで付き合い、その合間にサラはせっせと石を作る練習をした。練習し過ぎて石が山盛りになり、その後街道を通る人にぎょっとされたりもしたのはいい思い出である。


「石が山盛りになったよ、ネリー。あれ?」


 そうしていつの間にかネリーはいなくなってしまっていた。


「なあ、その、ネリーって人。ギルド総長とよく似てたけど、もしかして」

「妹だって言ってたよ。髪とか目の色とかそっくりだよね」


 やっぱり誰が見てもよく似ていると思うのだと知り、サラも楽しい。


「じゃあ、やっぱりあの人が赤の死神か」


 仲良くなったはずのクンツの一言に、サラの心はすっと冷えていった。そんなサラを心配そうな目で見ながら、アレンは普通の声で聞き返している。


「ネリーはそんなに有名なのか?」

「ああ。ネフェルタリ・ウルヴァリエ。すべてのハンターを威圧する女。妹にして、兄のギルド総長より強いかもしれないって」


 サラが知らなかったウルヴァリエという家名を、ネリーのことを見たこともない人が知っていたということがなぜか一番心に響いた。


「死神って、つまり強いって意味だよな」

「ああ。彼女が潜ったダンジョンには魔物一つ残らないと聞いた」


 サラはなんだか悲しくて泣きそうになった。魔の山では魔物といえど、あんなに命を大切にしていたネリーなのに、そう思われているなんて。


「ねえ、クンツ。ネリーがそんな人に見えた?」

「……見えなかった。きれいで強そうな人だけど、でも優しい目をしてたよ」

「うん。それならいい。でも、できればこれからは、ネリーのこと、死神って言わないでほしい」

「うん。ごめん」


 クンツは素直に謝ってくれた。


「ネリーはローザではね、赤の女神って呼ばれてたんだよ」

「女神か。そんな感じがするよ」


 クンツがそう言ってもサラは止まらなかった。


「縁もゆかりもない私を拾ってずっと面倒を見てくれて、家事は苦手だけど優しくて、おいしいものが大好きで、不器用だけど親切で」

「サラ、サラ。大丈夫だよ。泣くなよ。ネリーと知り合った人はみんな知ってるからさ」


 アレンが慰めてくれるが悲しい気持ちは止まらなかった。


「泣いてないもの。それなのに、ネリーを知らない人はそうやってネリーのことを悪く言う。強いのの何が悪いの。そのおかげで魔物が少なくなってみんな助かっているでしょう」

「ごめん、本当に。ごめんな」


 サラは腹いせにネリーのすばらしさを山ほど語ってやった。


 だがさすがにネリーのすばらしさのネタも無限ではない。ネタが切れて黙り込んでしまったところで、クンツがハイドレンジアの話をしてくれた。


「ハイドレンジアのダンジョンには黒い魔物が多くてさ。どこのダンジョンにもいるオオカミも黒いし、ムカデも黒い。ツノウサギだって灰色だ」

「ムカデ」


 サラの一言に、アレンはチッと舌打ちしてクンツを睨んだ。だが聞いてしまったものは聞いてしまったのだ。サラはハイドレンジアのダンジョンへの警戒度を一段階高めた。


「え? なにかまずいことを言ったか?」

「サラは虫系の魔物が苦手なんだよ」

「ハンターなのに?」


 ハンターではないとすぐに言おうとしたが、今のところ見習い薬師でもないサラは自分が何者か言えず、ぐっと詰まってしまった。


「だからハイドレンジアは黒のダンジョンとか、地獄のダンジョンとか呼ばれてる」

「へえ」


 思わず気のない返事をしたが、そんな名前のダンジョンならやっぱり近寄るのはよそうと思うサラであった。


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