魔法は面白いもの
「キノコ狩りに、出るか出ないかわからない麻痺毒の治療に、ニジイロアゲハの始末。そんな魅力のない依頼を受けるハンターも薬師もなかなかいなくてな。日当を上乗せしたうえで、若い者を強制的に引っ張って来た」
セディが苦笑しながら連れてきたのは、15、6歳くらいの若いハンターと若い薬師それぞれ一人ずつだった。
二人はネリーを見たあと思わずセディのほうを見なおし、わずかに顔を青ざめさせたような気がしたが、いやおうなしに採取したシロツキヨタケの前に連れていかれ、そちらでも呆然と立ちすくんだ。ネリーはそんなことお構いなしに金髪に空色の瞳の若いハンターのほうをじろじろと眺め、一言聞いた。
「魔法特化型か」
「はい」
「それならアレンの出番だな」
「はい!」
アレンは胸を張って前に出ると、ちょうどその時ふらりと飛んできたニジイロアゲハに高熱の炎の塊を当てた。
その炎は麻痺毒のある鱗粉のある羽を一瞬で焼き切り、どすりと落ちたアゲハは既にこと切れていた。
「炎の温度が低いとニジイロアゲハが無駄に苦しむから、俺は高温の炎で倒してる」
「すごいな。炎の魔法って、案外使いどころがないんだけど、こういうやり方ができるのか」
若いハンターは感心してアレンのほうを見た。
「うん。だけど、これは麻痺毒を含む鱗粉を飛び散らせないためでもあるんだ。俺は普段はこぶしで倒してる」
アレンも魔力の調整をしているからか、若いハンターに避けられることなく近くで話すことができている。ネリーも同じで、頑張っている成果が目に見えると嬉しいものである。
「けど、俺なら石つぶての魔法を使うな。少し離れたところで落とせば鱗粉の影響はない」
その言葉にアレンは黙り込んだ。そういえば、土の魔法はサラもほとんど使ったことがない。
「炎の魔法は魔力を食う。大きくしたり、温度を上げたりすればなおさらだ。その点、石つぶてなら小さくても速さを上げて急所に当てれば魔力はさほど使わないんだ。君は魔力量が多いから気にならないのかな」
アレンは一瞬黙り込んだ。魔力を節約するなんて考えたこともなかったに違いない。サラは近くで弟を見守るような気持ちでハラハラしていた。それと同時に、つい炎の魔法を使いがちな自分の癖にも気がついた。炎で魔物を倒すイメージはできても、石つぶてで倒すイメージができないのだと思う。
そして首を横に振った。サラはそもそも魔物を倒そうと考えていないから、生活に密着した火と水の魔法ばかり工夫しがちなのだ。サラにはそれで十分なのである。
「ハイドレンジアのダンジョンは深いんだ。長く潜っていたいなら、ここを使わないとな」
若いハンターは自分の頭の横をとんとんと叩いて見せた。よく言えば、アレンがこれからハイドレンジアに向かうと判断してのアドバイスである。悪く言えば、いわゆる先輩ヅラというものだろうか。
サラは少しイラっとしたが、アレンはそのくらいでは苛立たない。
「じゃあ、勉強のために見学させてくれ」
これである。
「かまわないよ。俺はクンツ。君は?」
「アレンだ」
「そしてそこの君は?」
「え? 私?」
サラも名前を聞かれて焦ってしまった。
「サラって言います」
「サラ。そんなとこで心配そうに見てるくらいなら、近くにおいでよ。ダンジョンの外で魔法を見る機会なんてそうはないだろう?」
親切なのか、どうなのか。
おいでよと言われてもどうするかと悩みクリスのほうを見ると、クリスはキノコを割り開いて若い薬師にさっそく麻痺毒の仕組みの説明を始めてしまっているし、薬師見習いとしての仕事は特にないようだ。
「俺と一緒に勉強させてもらおうぜ」
アレンがそう言うから素直に見学させてもらうことにした。ちなみにネリーはそんな私たちを監督する係らしく、まじめな顔で見守っている。
「さっそくニジイロアゲハがやって来たぞ。ハイドレンジアのダンジョンでもよく見かけるんだが、普段は麻痺毒があるわけじゃないから誰も狩らないんだ。魔石は取れるけど、それならもっと狩りやすい魔物がいくらでもいるからね」
先輩ヅラをしているとか一瞬でも思って悪かったなとサラは反省した。ちゃんと情報をくれるいい人ではないか。
「だから正直、石つぶてを当てたことはないんだ。ぶっつけ本番だね」
クンツはニヤリとして、ニジイロアゲハに向けて手をまっすぐに伸ばした。
「手を伸ばすのは、方向を見定めるため」
そしてすっと目を細めた。
「行け」
トスッという鈍い音と共に、アゲハは動きを止め、そのまま地面に落ちた。
「うお!」
「わあ!」
アレンとサラは落ちたアゲハに駆け寄った。
「おい! まだ鱗粉が飛んでるかもしれないんだぞ!」
クンツに叱られながらもアレンがアゲハを検分している横で、サラは落ちた石を探した。
「あった!」
それはサラの手の中にすっぽり収まるくらいの楕円の形をした灰色の石だった。
「きれいな形だけど、普通の石だ……」
サラは手のひらで石を表裏にひっくり返した。
「どうやって作るんだろう」
火や水は、日常で見るものだからイメージしやすいが、石は案外イメージしにくかった。毎日歩いている街道もローザの大きな壁も、お店で売っている使い捨てのカップも、大きいものから小さいものまで土魔法でできているというのだが、サラは挑戦してみたことはない。
「ええと、そもそも石って溶岩から? それとも堆積した砂や土が固まってできてたんだっけ
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自分の知っている石の知識から具体的に考えようとすればするほどわからなくなってくる。
「君は魔法が使えるのか? 土の魔法はちょっと難しいよ」
しゃがみこんで石をひっくり返しながら考え込んでいるサラにクンツが声をかけてきた。
「魔法でどうやって石を作るのかなって。水や火ならイメージできるんですけど」
「水と火はできるんだね。それなら」
クンツはサラの手のひらの石を人差し指でとんと叩いた。
「つぶてとして動かすのはともかく、石だけならこれと同じものを作るって考えたらどう? 俺も最初は見本になる石を探して作ったものだよ。そういう訓練はしたことないのかな」
「周りに魔法師がいなかったから……」
本はもらったけど、それだけなのだ。ローザのヴィンスが優れた魔法師だったが、忙しい人なので何かを教えてもらうなど考えたこともなかったし、クリスからも薬のことしか教わっていない。
「二発。石つぶて一個かと思ったら、二個当たってる」
後ろからアレンの声がして、サラもクンツも立ちあがった。
「当たりどころによっては一度じゃ倒せない可能性を考えて、時間差で二発。よく気がついたね」
」
ニヤリと笑ったクンツを見ると、おそらくアレンを試したのだろう。それともこれが若いハンターの当たり前なのだろうか。やっぱりサラにはハンターにはなれそうもない。
だが魔法の可能性は面白いと思う。




