まず一泊からはじめる異世界生活
「自分の収納袋は魔物用にあけておきたいからな」
ネリーが備蓄用の袋を買ってきた理由がそれである。どうしても素材以外に場所を取るのが嫌なようだ。
「肉や何かは狩ることはできても、私にはパンは作れないからな。パンや食材も、少しずつ買い足していこうな」
「収納袋でいっぺんに買っておくことはできないの?」
「それは……」
ネリーは困った顔をした。
「あまりたくさん買ったり、いつもと違う行動をしたりすると、どこかに移動するのかと疑われかねないからな」
サラはあっけにとられた。
「それじゃあ、ネリーが監視されているみたいじゃない。この山の管理をしているだけなのに?」
「それは……。私がこの山の魔物を減らしているから、魔物が町に向かわずに済んでいるようなものだ。いなくなると困るんだろ」
「そんな! それなら!」
「さ、この話はこれで終わりだ。少しずつ余分に買ってくるから。な?」
そういわれてしまってはそれ以上追及することはできなかった。
収納袋の中は、時間がたたないので腐ることはない。
「何でもためておけるね!」
「そんな風に考えているものはあまりいないぞ」
人は毎食ご飯を食べるし、使ったものは必ず補充しなければいけない。ためられる袋があろうとなかろうと、人が毎日消費する量は変わらないだろうとネリーは言う。
そういえば、地震の多い日本でさえ、備蓄は三日分と言われてもしていない家庭が多かったし、冷蔵庫があるのに毎日買い物をしている人は多かった。
「なるほどね。でも、この小屋の近くにはお店はないからね。肉は取ってきてもらうとしても、最低一か月分はためておきたいなあ」
「三か月しのげばごまかせると思うから、三か月分が目標だな」
何をごまかすのか、このようにちょいちょい失言するネリーだったが、慣れてきたサラは何も言わずにどうするかを数え始めた。
「お弁当箱はやっぱりかさばるから、それは二人で五日分くらいにして、あとはサンドパンをたくさん作っておこう。やっぱり、出してすぐに食べられるに越したことはないよね」
「コカトリスのしっぽじゃないところのサンドを多めにしてくれ。からしと玉ねぎのたくさん入っているやつ」
「ネリーの好物だもんね! そうしよう」
それからネリーはギルドのお弁当箱とパンと野菜ばかり買ってくるようになった。
「塩、お砂糖、胡椒、油、それから小麦粉なんかもいるよ」
「おお、そうか」
「一応水筒もね」
そんなにかとネリーは首をかしげるのだったが、応用の効く食材はちゃんとあったほうがいい。それに、水は魔法で出せるとしても、水筒はあるほうが安心である。
夏の終わり、そろそろサラが転生して一年たとうとする頃、サラは小屋が小さく見えるところまでは出かけることができるようになっていたし、小屋には一か月分の備蓄ができていた。
「では、そろそろ宿泊訓練に出かけようと思います」
秋になった時、サラはネリーに宣言した。一年たったので、おそらく11歳になったはずだ。
「宿泊訓練?」
「そうです。ローザの町まで、大人が歩いても三日かかるって言ってたでしょ。私の足なら、下手をすると五日くらいかかると思うの。だから、外で寝泊まりする訓練をしておこうと思って」
そうはいっても、一人では怖い。だからサラはネリーにもついてきてほしかった。
それに、なんといってもそろえてもらったキャンプ道具を使いたくてたまらないのである。
「狩りの獲物が減っちゃうし、ネリーの仕事の邪魔かもしれないんだけど、一人じゃ怖いから」
「一人じゃ怖い? 怖いだって?」
なぜそこで頬が赤くなるのか。
「もちろん、一緒に行くとも。ああ、行くとも!」
なんだか気合が入っているが。
「たくさん歩く訓練もしたほうがいいと思うし」
「そうだな。一度歩いたところなら一人で行けるだろうしな。まず最初は道沿いに無理なく、いや、むしろ山の上を先に」
いろいろ計画を考えてくれたようだが、まずは道沿いに下っていくことになった。
ドアを閉めて、小屋の前で最後の確認である。
「キャンプセットよーし、食料よーし、収納袋よーし」
「ガウ」
「オオカミはいらなーい」
一年たってもオオカミの群れはいる。サラを食べられないことは身に染みてわかっているだろうに、毎回バリアに挑戦しては跳ね返されている。
「私も野宿は久しぶりだから緊張するな」
「あ、そういえばいつも町までは泊まらないで行くんだもんね」
「その通りだ。緊張するが、楽しみだな」
「うん!」
手をつなぎたいところだが、危険なので一人ずつである。ネリーは身体強化で、サラはバリアで。
一時間も歩くと、小屋はだいぶ小さくなった。道沿いにある大きな二本松のところで、サラは一度止まった。
「もう休憩か」
「休憩っていうか、今までここまでしか来たことがなかったの」
「ここまでか」
ネリーがあっけにとられたような顔をした。
一時間歩き続けるということは、一〇歳の体にはかなり負担であった。実際、サラはずいぶん疲れを感じている。
「このペースで休憩を入れていたら、町までまじめに五日かかるかもしれん」
確かに、町はちっとも近くなった気はしない。
「よし、これからは、私の狩りになるべく同行しなさい。結界箱があれば大丈夫だし、連泊の練習にもなるしな」
「うん。頑張る」
最初一歩も出られなかったころから比べると夢のようではある。
しかし、狩りに同行して何泊もできるのならば、その方向がローザの町であってもかまわないはずだ。ネリーが町に狩りの獲物を運ぶついでに、ネリーに付き添っていけば、サラはもう町にたどり着けるのではないか。
そのことに気が付いたのは、結局一年以上後のことであった。
「それにしても、ここから見上げると、小屋のあるところ、丘の中腹に見えるね」
確かに小屋より上はよく見えないので、高い山の中腹にある小屋というよりは、丘のてっぺんに立つ小屋に見える。空をワイバーンが飛んでいるが、見た目だけは大変牧歌的な景色だった。
「魔の山の管理小屋だが」
「丘の上のネリーの家っていうとかわいいね」
「かわいい? かわいい、うん、いいな」
管理小屋より、かわいい山小屋に住んでいるといったほうがなんとなくかわいいではないか。
「さて、休めたから歩こうかな。ネリー、ここから下に行く? 横に行く?」
「帰りが少し大変だが、今日は道沿いに下に降りよう」
キャンプはまだ始まったばかりだ。空もいつもより青いような気がした。
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