女神の部屋
更紗は疲れていた。
いや、今まで疲れていなかったことなどない。更紗は幼いころからいつも疲れていた。
「いまさら、か」
残業続きの金曜日、やっと明日は休めるという日だ。
元気がある子はもちろん、熱があるとか、咳が出るとかそんな病気の子を逆にうらやましく思っていたものだ。絶え間ないだるさと頭痛。あいまいな症状でどの病院に行っても原因が見当たらない、そんな更紗を学校も親も持て余し気味であったし、何より更紗自身が持て余していた。
動けないほどではないから休めない。休めないとだるくなる。だるさが極まると動けなくなる。
しまいには母親は、
「そういう体質なのよ。そういう体質」
ときっぱりあきらめ、
「今学校だから大変だけれど、大人になったら有給休暇というものがあるの。週5日だけ働いて、ときどき休んでいいんだから、弱くたっていいじゃない」
と更紗に将来を語るのだった。
「仕事を選べば、部活動、つまり残業だってないし、宿題だってないのよ。生きていく分だけお金を稼げれば、ちゃんとやっていけるから」
学校で疲れ果てていた更紗にはそれは希望であったし、何とか社会人になっても、その言葉通り毎年有給を使い切りながらも数年、ちゃんと働いていくことができた。
趣味の手芸や細かい手仕事もできていたし、社会人になってから数年が一番人生で楽しかったかもしれない。
しかし、この半年ほど残業が増えて、かなりきつくなってきたことは確かだ。
「だるくないってどんな感じなんだろう」
やっと帰ってきた部屋で、沈み込むように眠りについた更紗が次に目を開けた時には、なぜか白い部屋にいた。
「あなたは異世界に転生することになりました」
白いドレスを着てキラキラ輝く女神らしき人がそういった。
夢だ。
寝転がっていたまま目を開けた更紗は、また目を閉じた。
「いえ、待って待って。ねえ、そこは『転生特典は何ですか』って聞くところよね」
「てんせいとくてんはなんですか」
「棒読み? せめて目は開けようか。ねえ、もっとこう、夢や希望を持って?」
「あ、はい」
夢や希望を、ましてや疑問を持つには更紗は疲れすぎていた。
女神がため息をついて、しゃがみこむ気配がした。
「ふざけている場合じゃなかったわね。最近はみんな喜んで転生していくものだから、そうじゃない人がいるってことを忘れてたわ」
そういってそっと頭をなでてくれた。
「時々ね、生まれる世界を間違える人がいるの。私はそういう人を、正しい世界に導くのが仕事なのよ。といっても、主に地球から私の世界へと移動させるだけなんだけれどね」
「生まれる世界を、間違える?」
「そう。例えばあなたは、魔力を必要とする体なのに魔力の薄い地球に生まれてしまったの。だからいつも魔力不足でだるかったでしょう」
更紗は今度はしっかり目を開けた。だるさには理由があったの?
「ほら。今はどう? ここには魔力があるから、だるくはないはずよ」
更紗は起き上がってみた。頭痛もない。何となくすっきりして、今すぐに動けそうだ。
「このまま地球に帰っても、短い命よ。私の世界に移って、元気に暮らしてみない?」
「でも」
「私の世界はね、魔力があふれていて、魔力を吸収する者が必要なの。あなただけじゃないわ。年に何人も地球から移動しているし、ただそこにいてくれるだけでいいの。空気清浄機みたいなものよ」
そんなこと言っても、知らないところでどうやって暮らしていけばいいのだ。更紗は大変現実的な性格だった。
「生活はどうしたら」
「基本的には地球と変わらないのよ。あなたを最も必要とする人のそばに送るから。きっと大切にしてもらえるわ。地球に残した家族にはうまく説明しておくから」
急にそう言われても、更紗はどうしたらいいのかわからなかった。
「迷っている時間はないの。さ、それではトリルガイアへ送るわね。そうそう、体をトリルガイアに合わせるために、10歳くらいにしておくわ」
「え、待って!」
「いってらっしゃい」
いってらっしゃいじゃないでしょ、と叫ぶ間もなく更紗の意識は闇に沈んだ。
今日は二話投稿しています。(これは二話分の一話)
明日からしばらく、金曜を除いた毎日更新の予定です。