父上しっかりしてください!
その夜、フォーテとファナは屋敷へと戻り、書斎にいる父を訪ねた。
フォーテが書斎の扉をノックする。中に居たフォーテの父サンテは、その洞察力の高さから、ノックの音からフォーテだと気が付き「入れ」と入室を許可した。
「フォーテ、夜に何の……わーいファナたんもいるの? いらっしゃい」
入室すると、書斎の机で何やら書類を読んでいる父が出迎えてくれた。
フォーテは父を尊敬している。
王国に五つある騎士団、その団を統べる団長達のさらに上──団長たちの団長とも言える騎士団大団長こそが今目の前にいる父、サンテその人だ。
家柄はもちろん、王国で比類なき魔力の持ち主で、最強の剣士。フォーテが強さを求めたのも、父の背を追うという気持ちがあるのも確かだ。
だからこそ、父のファナに対する姿勢だけは改めて欲しかった。ガッカリするから。
「父上、まずはこれを見てください」
心の中のガッカリ感は表に見せず、フォーテは左腕の袖を捲り上げ、金の腕輪──マギレスチェンジャーを見せた。
「フォーテそれは! 紛失したと思っていたが、お前が! 俺は普段お前に魔力がないことを容認しているが、これは容認できんぞ!」
怒りの表情を浮かべ怒鳴ったサンテの声に、少しファナがビクッとしながらも、両手をぎゅっと握りながら発言する。
「お父さま、勝手に持ち出したのは私なんです、ごめんなさい……」
ファナの振り絞るような声を聞いたとたん、サンテは慌てたように手を振りながら
「あ、ファナたんだったの? いーのいーの気にしないで。ちょっとどこいっちゃったかな~って思ってただけだから」
必死で笑顔を浮かべると、まるで弁解するように言った。そんな父を見て、ガッカリ指数というフォーテの心の中のガッカリ具合を計る数値が、さらに上昇するような気持ちで、フォーテは
「父上、悪いことは悪い、と注意していただかないと示しがつきません」
と嗜めた。
「む……そうだな」
フォーテの言葉を聞き、顔をキリッと真剣な表情に切り替えたサンテは、ファナへと話しかけた。
「ファナた……ファナ、なんでこんなことをしたんだ、説明しなさい」
「はい……お母様のお手伝いで屋敷を掃除中、この腕輪を見つけてしまい、何か不思議で、とても気になって持ち出してしまいました。
その後、お父様が探し物をしているときに、すぐにお探しのものはこれだ、と気が付いたのですが怖くて言い出せず……申し訳ありません」
そう謝罪して頭を下げたファナへ、サンテは
「いつもお手伝いしてるのは、偉いぞ」
と褒めた。
「父上?」
意図を確認するように、フォーテが言う。
「わかっておる、本題はこれからだ」
そう答えて、こほんと咳払いしたあと、サンテはその本題とやらを言い始めた。
「よいか、ファナ。どのような理由があっても人の物を勝手に持ち出してはいかん。
例えば父さんが、ファナの部屋でファナの下着を見つけて、不思議な気分でそれを書斎に持ってきて『なにこれ、こんな小さいのに穿けちゃうの? やだー超可愛い』などと愛でてたとしたらだな……」
「あの、父上もういいです、僕からちゃんと注意しときますから」
「想像しただけで、気持ち悪すぎます……」
フォーテは父の威厳をこれ以上損ねないために、ファナは精神の防衛のためと目的は違ったが、サンテの言葉をこれ以上続けさせないために、兄妹それぞれが途中で話を打ち切るために発言する。
もうこの話は建設的な方向へ向かう気がせず、フォーテは話題を変えた。
「あの、父上、本題なのですが」
「なんだ」
「父上は『心氣』という物をご存知でしょうか」
心氣、という言葉へ反応を見せたサンテが、フォーテへ質問する。
「知っとるぞ。フォーテ、お前はどこでそれを知った?」
「ある人から、としか。その人に私は『心氣』を習い、既に……習得しました」
「それは違法だ、ということは?」
「当然、知っております」
そう言ってから、二人はしばらく見つめ合った。そして──
「よくやった、間に合ったようだな」
サンテはニヤリと笑みを浮かべた。
「よくやった、とは?」
サンテの意図がわからず、フォーテが説明を求める。
「お前も来年騎士団に入れる年齢となる。それでこれは他言無用だが、実は最近魔族たちがどうもキナ臭い動きを見せている。
王都ではまだあまり被害はないが、地方の都市や農村で、魔族の手によるものとおぼしき事件が発生していてな」
「そうなのですか……」
「それで事件解明のため、何人か騎士を派遣したのだが、その多くは帰ってこなかった。中には次期騎士団を担うほどの魔力の使い手もいた。だから俺は事件は魔族の仕業だと、ますます確信を深めていたのだ。もしお前が『心氣』に目覚めたのなら……奴等に対抗できるはずだ」
「なるほど。しかしそもそも、なぜ父上は心氣をご存じなのですか?」
「それはだな……」
サンテは机の引き出しを開け、ゴソゴソと物色し
「お、これだ」
そう言って二冊の本を取り出した。