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道の先

「お兄さま! しっかりしてください!」

 

 心氣を大量に取り込んでしまったせいで気絶してしまったフォーテに、ファナは必死で気付けの魔法をかけていた。


 ゴーダもその様子を固唾を飲んで見守る。このまま起きなければ……といった不安が頭をよぎった。


 ファナの魔法のおかげか、それともフォーテ自身の心氣への適正のためか、やがて目を開いたフォーテを見て、ゴーダは胸を撫で下ろした。


 目覚めたフォーテは、既に目覚めていた。


 起き上がり、自身の体を観察するように首と視線を動かしながら、確信してゴーダに尋ねた。


「師匠……これが『心氣』なのですね……」


 表面上は、気絶する前と何も変わらない。ただ体の内部からは、心音が可視化され、体の内側から溢れ出て来るような奇妙な感覚がある。


 ゴーダが頷き、フォーテの覚醒を感じると共に、今起きている出来事について考察する。


 はっきりいって、送り込んだ心氣の量は、下手をすれば死んでもおかしくない量だった。


 それが怪我の功名となり、フォーテを一気に覚醒させた、ゴーダはそう結論付けた。


 二人のやり取りがピンと来ないファナは、やり取りを理解するために、兄の発言した中でも耳慣れない単語について質問した。


「しんき……とはなんですか?」


 二人のやり取りを見守っていたファナが問いかけたが、それには答えずフォーテは聞き返す。


「その前に、ファナ。なんでこんなところに居るんだい?」


 問いかけられ、自身が原因でフォーテが倒れたことに少しばつの悪さを感じたが、それでも兄へ嘘をつきたくない、そう思いファナは正直に答えようと決めた。


「今朝、いえ、昨日から、お兄さまのご様子がいつもと違うように見えて──はしたないとは思いましたが、その、後をつけてしまいました」


「そっか、うん」


 確かに昨日は心氣の存在を聞いて興奮していたし、その後も今朝ここに来るまで、何もかも手に付かない状態だった事を思い出す。


 ファナが自分を気にかけてくれていたのに、それに気が付かなかった迂闊さを反省しながら


「心配かけてごめんね」


と言ってファナの頭を撫でた。


「いえ、いえ! 私などがお兄さまを心配など差し出がましいことは承知しているのですが、あの、その」


 頭を撫でられながら恐縮している妹を見て、安心させようと笑みを浮かべてフォーテが話す。


「もう、これからは心配をかけることも減ると思うよ。実はこのゴーダさん、僕の師匠なんだけど、この人のお陰で、魔力がない僕でも戦える力が手に入ったんだ」


「え、それは……」


 そう言って見上げてくるファナの頭に手を添えたまま、フォーテがゴーダを見る。


 フォーテの視線に「話しても良いですか?」という意図を感じたゴーダは頷きを返した。


 師匠の許可を得たと感じたフォーテが再びファナへと視線を戻しながら、提案した。


「まず、試してみようか」



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 あべこべだ、とファナは感じた。


 そう、いつもとは、正反対。でも、それはとても嬉しかった。


 フォーテの、「試してみようか」の一言から始まった手合わせ。いつもと違い、刃引きの剣がないためゴーダから木刀を借りて行ったが、兄の動きの違いが武器が異なる事による効果では無いのはすぐに分かった。


 フォーテもまた、自分がいつもと全く違うことにすぐに気が付いた。


 まだまだフォーテが普段頭のなかでイメージする、万全の動きとは言えない。


 ゴーダが昨日因縁をつけてきた男に見せたような、圧倒的な力でもない。


 しかし、昨日までの自分とは、圧倒的に違った。


 いつもなら、なす術なく身に受けるファナの攻撃を、避け、躱し、受けることができる。


 そして反撃する事ができる。


 ファナが繰り出した横薙ぎの一撃、いつもならなす術なく喰らうタイミングの攻撃を、いつもとは違って難なく避けながら──


 上段から、五度目の寸止めの攻撃をファナの頭上に繰り出し、眼前に木刀を突き出したまま、フォーテはファナへ声をかけた。


「どうかな?」


 木刀と、その先にあるフォーテの顔を見上げながら、圧倒的な敗北を認める嬉しさでファナが兄へと答えた。


「凄い……! 凄いです! 私の普段通う道場の生徒の誰よりも……いえ、師範よりも強いと思います!」


「ははは、大袈裟だよ」


 ファナから普段の同情の混ざったような視線ではなく、純粋な尊敬の気持ちを表したような、キラキラと輝く目で見つめられて、照れながら謙遜するフォーテに、ゴーダが話しかける。


「うーむ、目覚めたばかりでここまで心氣を活用して動けるとは……やはりお主は心氣の申し子じゃ。普段から考え、鍛えてきた事が、実を結んでいるんだろうが」


「師匠までそんな、やめてください。僕に英雄の資質があるだなんて……まだまだですよ」


「いや、そこまでは言っとらんわ、お主褒められて伸びるタイプだな、鼻っ柱が」


 明らかに調子に乗ってるフォーテを見て、ちょっと気を付けようとゴーダは思った。


「とにかくファナ、これからは今までみたいに心配かけなくて済むと思うよ」


「はい、よくわかりました」


「ただ、ひとつだけ言っておかないといけない」


「えっ? なんでしょうか」


「僕を強化してるこの力、心氣って言うんだけど、国にはどうやら禁止されてるらしくて、つまり、違法なんだよね」


「いきなり心配ですっ!」


 大事なことを最後に言われて、ファナは叫んだ。


 そんな二人のやり取りに、ゴーダが割り込んできた。


「悪いなお嬢ちゃん。しかし、心氣は今すぐかはわからんが、絶対に必要なる──そしてワシの知る限り、今はこやつしか継承できんのじゃよ」


「だとしても……心配なのは変わりません」


 心氣を身をもって体感しているフォーテには、この力がなぜ禁止されているのがは不思議だった。


 ゴーダは戦いにしか役に立たないと言っていたが、裏を返せば戦いには有効だ、と言うことだろう。


 戦いに有効なのは何も心氣だけではない。身体の強化がまずいということなら、魔力による身体の強化も同様に禁止されて然るべきだ。


 魔力がない、ということで飛び付いた心氣という力だが、法律が禁止するだけのもっともな理由があるのなら、寂しいことではあるが使用も考えなければいけないだろう。


 ファナを安心させることはもちろん、フォーテは自分自身を納得させるためにも、

聞くべきことがあると思った。


「師匠、なぜ心氣は禁止されているのですか? それがわかればファナも安心すると思うのですが」


「確かに、それは知りたいです」


 まあ、そうだろうな、とゴーダは思った。


 本来なら、フォーテの人物をもっと見極めたかったが、そもそも他の人物に適正がないのであれば選択肢はない、ということになる。だから話すのは構わない。ただひとつだけ確認したいことがあった。


「その前に、心氣を既に教えた後で聞くのもなんだが、フォーテ、お主はなぜ強くなりたいと思ったのだ? この平和な世の中で」


 そう問われて、フォーテは驚いた。


 質問に、ではない。自分はなぜ強くなりたいのだろう、強くなりたいと思ったのだろう、そう自問自答した時に、すぐに答えが出なかったからだ。


 騎士の家に生まれたから? 確かにそれもあるだろう。バカにしてきた奴等を見返したい? 普段は特に意識しないが、改めて考えたときに、無いと言えば、嘘になるかもしれない。可愛い妹や、許嫁によく見られたいから? そう見られるなら、それに越したことはないだろう。


 そこまで考えて──これは危険だと思った。


 今までも、努力はしてきた。自分はいつか強くなれると、家訓を根拠に、そう信じてきた。そしていざそれが目の前に見えたとき──強くなる動機を聞かれて、利己的で、不純なものが次々と浮かんでくる。


 今まで見ようともしていなかった物まで、見てしまう。


 フォーテはそこまで考えて、気がついた。今も、師匠からの質問に、格好付けた答えを用意しようとしてるのではないか、他人によく思われたいと思ったのではないか、と。


 そうだ、今まで頑張ってきたのは──


「それが、自分の道だと信じているからです。誰にどう思われても、自分を信じる、それが繋がった先が、強さだと思ったからです」


 強くなるのは、目的ではない。


 自分自身を信じる事、その先に、たまたま強くなるという道があった事を思い出した。


「そうか……ではワシがこれから伝えることが、お主のその道と交わる事を、精々祈るとしよう」


 ゴーダはフォーテの言葉に、この男なら託せると理屈抜きに思った。


(もしかしたら、この男、『ハヤト』の生まれ変わりなのかもしれん……)


 会ったことも無い男の名前を、頭に浮かべながら。


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