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最強は無敵?

 王家専用の狩場は、春を迎えたばかりだ。


 小高い丘に広がる草原。

 そこにいくつか小さな森や、岩場が点在している。

 獲物となる動物の隠れ場としてはもちろんのこと、美しくも単純な風景にならないようにと、彩りを添えるかのようだ。


 長い冬に耐え、新しい生命の芽生えを感じさせるその場所で、三人の騎士が死んでいる。


 体を上下に二分するように、上半身が焦げている。

 身に付けている金属製の鎧は、高温で熱されたためか未だに赤みを帯び、すでに焦げた三人をいたぶるかのように、耳障りな音を立てて焦がし続ける。


 フォーテとマチルダは、肉の焼ける臭いのする三つの死体を間に挟んで、黒装束に身を包んだ男と対峙していた。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ──二日前。


 城に用意されている騎士団詰所に、今年配属された新人騎士三十名が集められていた。


 まだその顔に幼さが残る新人騎士達。

 とはいえ、それぞれが家名を背負って入団してきた者たちだ。


 これから行われる、彼らの前に立つ騎士団の団長からの重大発表を固唾を飲んで見守っている。


 僕を、除けばね、とフォーテは心のなかで付け加えた。


 心配する気持ちも無くはないが、まさか自分が選ばれる事はないだろうとたかをくくる。


 このあとの発言を、全員に行き渡らせる準備運動。

 そんなことを連想させるかのように、団長はゆっくりと首を動かしながら、一人一人を確認するように眺め、軽く咳払いしたあと、口を開いた。


「今年の王家の行事『狩遊の儀』で王の護衛を勤める新人騎士を発表する。

 マチルダと──」


 団長はそこで一度言葉を区切り、軽く目を閉じた。

 それはまるでこの発表のあとの団員たちの顔を見るのをためらっているようにも見える。


 しかしすぐに目を開き、しっかりと付け加えた。


「──フォーテだ」


(父上、いくらなんでもこれは⋯⋯)


 その言葉を聞き、表情には出さないがフォーテは面倒なことになったな、と思った。きっとこの発表は、彼女を不愉快にしてしまうだろう、と推測した。


 彼の懸念通り──団長の発表に伴って沸き起こった同僚達の拍手を受けながら、マチルダは嬉しさと、不愉快さを同時に感じていた。


 嬉しさは、もちろん自分が選ばれたことだ。


 そして不愉快なのは──




「マチルダ、よろしく」


 発表が終わり、周囲の騎士から多くの祝福の言葉を貰ったあと、マチルダが詰所から退出して廊下を歩いていると、後ろから走り寄ったフォーテが話しかけてきた。


 少し気まずそうに笑うフォーテを横目で見ながら、マチルダは不機嫌さを隠さずに返事をする。


「⋯⋯なんでアンタなのよ?」


 マチルダにとって『狩遊の儀』で王の護衛を勤めるのは、団長に自分の実力を正当に評価して貰ったためと思いたい。


「さあ? 父さんがねじ込んだんじゃないかな? ほら、父さんは団長よりも偉いから」


 そう、フォーテの父は複数に分かれた各騎士団を統括する「大団長」という立場だ。偉いに決まっている。


(それをサポートする私の父、「副大団長」よりもね)


 そう心で付け加えてから、マチルダは自分が不愉快さを覚える理由について考える。つまりフォーテが縁故で選ばれるということは、自分も副大団長のコネで選ばれたような気がして素直に喜べないのだ。


 実際のところ、マチルダと違いフォーテに祝福の言葉を掛けたものはいなかった事から、他の新人騎士達の心中も察せられる。とはいえ大団長の息子ということで、おかしな事だと感じても表だって侮辱の言葉を与えるほどの勇気の持ち主は限られる。


 マチルダはその限られた内の一人だった。


「私はあなたとは違うわ。実力よ」


「そんなことわかってるさ、マチルダが今回選ばれるくらい強いことなんて許嫁の僕が一番わかってるよ」


 だがマチルダはその言葉を素直に受け取れなかった。


「許嫁だなんて、そんなの親同士が勝手に決めたことよ! 私は認めないわ! あなたみたいな魔力もない人間は、本来騎士団に必要ないの!」


 マチルダに指摘されたように、フォーテには魔力がない。


 彼女が、この国の人間の大半と同じように、いわゆる「魔力至上主義」であることはフォーテも知っている。


「いえ、騎士だけじゃないわ、戦いに携わる限り、魔法使い、治癒術、どんなことでも魔力が必要なの、あなたは戦いに向いてないのよ」


 彼女がその主義に基づいて、彼の存在を全否定するような事を言ってくるのを聞きながら、フォーテは自分の浮かべる苦笑いの苦みが増すのを自覚していた。


「そうだね。でもうちは代々騎士の家系だからさ、他のことすると言ってもなかなか⋯⋯それにほら、最近は大きな戦いもないしなんとかなるよ」


 表情とは裏腹に、能天気な答えを出してくるフォーテ。


 何を言ってもどこ吹く風、そんな彼にマチルダは苛立ち、頭痛を感じてそれを押さえるような仕草とともに、呆れた表情を浮かべた。


「とにかく、二日後の狩場の事前視察では、足を引っ張らないでね。あと許嫁とか二度と言わないで」


「⋯⋯わかったよ、気を付けるね」


 そのまま話を打ち切って歩き出したマチルダを、フォーテは立ち止まって見送った。





「陛下と共に護衛として狩場へ行けるのは名誉ではあるが、それほど難しい任務ではない。緊張することはないさ」


 三名の先輩騎士の中でも、次期騎士団の担い手とされる男がマチルダにアドバイスを送る。マチルダは密かにこの先輩騎士を身近な目標として尊敬していた。


 狩場に到着し、マチルダの尊敬する騎士が指示を出す。


「フォーテ、魔力のない君は一番後を歩きなさい」


 穏やかながらも人に命令をすることに慣れたような、そしてマチルダに対するのとは違い、有無を言わせない口調でそう指示されて、フォーテは一番後ろに並ぶ。


 狩場は大部分が短い草の生えた、なだらかな平原のためそれなりに歩きやすいとはいえ、やはり整備された街道とは違うので一行は足元に気を付けながら歩く。


 五人はしばらく周辺の地理の再確認と、もし仮に刺客などがいた場合どこに身を潜めるか、といった警備上の情報収集のための視察を続けていた。


 平原をしばらく歩いた頃「あっ」と声を上げてフォーテがマチルダの背中へとぶつかり、二人はもつれるように倒れた。


「ちょっと、こんなところで転ぶなんて何やってんの、気を付け⋯⋯」


 マチルダが非難の声をあげようとしたとき、倒れた二人の頭上を何かが通りすぎた。


「な、何?」


 そしてすぐにすさまじい光と熱気を感じ、マチルダは何者かに魔法の攻撃を受けたのだと気が付いた。二人は倒れたまま、魔法の効果が収まるのを待つ。


 魔法の効果が終わるやいなや、すぐにマチルダは立ち上がり状況を確認すると──


 立っていた三人の騎士は、光熱波に巻き込まれたのだろう。上半身が黒く焦げ、変わり果てた姿で死んでいた。


(もし、フォーテが転んで倒れてなかったら⋯⋯)


 自分もこうなっていただろう、尊敬する騎士を含めた三人の、炭化した姿を見ながら──マチルダは唾を飲み込んだ。


 魔法の飛んできた方向を改めて見ると、黒装束の男が立っている。男を睨み付けながらマチルダは立ち上がり、剣を抜きながら叫んだ。


「フォーテ、あなたは逃げなさい! このことを団長に報告して!」


「でも⋯⋯ マチルダ⋯⋯」


 突然三人の騎士の命を奪った黒装束の男に、マチルダが挑もうとしているのを見て、フォーテは思わず反論しようとした。


 今マチルダが行おうとしていることは無謀だ。この男にマチルダでは勝てない、と思った。そんなマチルダを置いて自分一人逃げ出すのは、彼女を見殺しにするのと同じだ。


「そんなことは──」


 できない、そう伝えようとする前に、マチルダはさらに言葉を続けた。


「魔力もない、コネだけの落ちこぼれ騎士なんて足手まといなのっ! さっさと行きなさい!」


 マチルダは剣を構え、魔力を体内で練る。幼い頃より何度も反復してきた作業は、緊迫した初実戦の場でも裏切ることなく、マチルダの体を強化した。


「はあっ!」


 気合いのかけ声とともにマチルダは飛び出し、剣を上段から振り下ろしながら男へ斬りかかる。


 彼女にとってその一撃は自身でも納得のいく──つまり先輩騎士との練習でも何度も一本を取った自信の一撃だったが──


「遅い」


 己の発言を証明するかのように、男はマチルダの踏み込んでくる速度以上に早く後ろへと跳ぶことで、さらに距離を取った。


(まずい!)


 大きく距離を取られたため、マチルダにはなすすべがない。そんな彼女に向けて男の左腕から、三人の騎士をまとめて一撃で葬ったのと同じ光熱波が放たれた。


 放たれた光熱波によって、マチルダの視界は光で埋め尽くされる。


 当たれば、確実に死ぬ。そしてそれを避ける未来がない、そんな絶望的な、そして圧倒的な破壊が己の身に降りかかる直前、マチルダの心は彼女を死の恐怖から守るように──あるいは突き放すかのように、彼女の意識を失わせた。


 そして実際に彼女に死が訪れる寸前──フォーテは彼女を抱きかかえ、範囲外へと脱出させた。そのまま、死の恐怖が与えた心への負荷によって気を失い、自らの腕の中でぐったりとしているマチルダを見る。


(恐怖で気絶か、やっぱりマチルダは可愛いなぁ、それに僕の力は見られずにすむから丁度いい)


 フォーテは腕の中で気絶しているマチルダを、そっと地面に下ろし、横たわる彼女を観察する。


 可愛い。とても可愛い。僕の許嫁は最高に可愛い。


 その言葉を心の中で反芻しながら、フォーテはさらにしゃがみこんでマチルダをジロジロと眺める。


「頬っぺた、触っちゃおうかなぁ」


 フォーテがマチルダの頬に手を伸ばしたその時──


「おい」


 黒装束の男が話しかけてきた。


「あ、ごめんね、無視しちゃって」


「最初に素早く女を地面に伏せさせた事といい、今見せたその動きといい、貴様ただ者ではないな⋯⋯何者だ?」


 黒装束の男は(いぶか)しげな表情を浮かべ、フォーテに尋ねる。


「お前に説明する義務などない。そこの騎士達の仇、取らせてもらうぞ」


「ふん、ほざきおって⋯⋯」


 確かに先程の動きはかなりのものだ、しかし自分のレベルにはまだまだ届いていないと黒装束の男は思ったが、念には念を入れてフォーテの実力を測る事にする。


 戦闘に於いて相手の実力を確認するのに一番の方法は、相手の魔力の量を知ること──それを熟知している男は、対象の魔力量を調べる魔法を使った。


 あれほどの動きを見せるなら、それなりに魔力はあるのだろうと男は予測していたが⋯⋯。


 伝わって来たのは、男にとって意外な、しかし喜ばしいと言って良い結果だった。


「クックックッ……はあーっはっは! 貴様、そこの女が言っていたように全く魔力がないではないか! それでこの俺を倒そうなどと⋯⋯」


 そこまで言って、男は何か引っ掛かるものを感じた。


 魔力のないはずの男が、先程のような動きができるだろうか? もしできるとすれば、それは──


「いや、魔力皆無(マギレス)だと⋯⋯まさか」


 男の感じた疑問に答えるように、フォーテは左の袖を捲り上げた。


 そこには見慣れない素材で作られた、中央に赤い宝石がはめ込まれた金の腕輪があった。


(これ、人前で言うの恥ずかしいんだけどなぁ)


 フォーテは心の中で呟きながら、覚悟を決めて叫ぶ。


「バーニングソウル! チェンジマギレス!」


 フォーテが叫ぶと、腕輪の赤い宝石から光の粒子が現れて彼の全身を包み込み、次第に体の各部位へと集まっていく。


 しばらくすると、所どころが赤と青の装飾がされた、金色のフルアーマー姿のフォーテが立っていた。


 そのまま彼は右の拳を腕を曲げて顔の左側に、左の拳を腰のあたりで手のひら側を上にして、突きの予備動作のように構えて叫ぶ。


「最強無敵超人! マギレス参上!」


「いや、参上もなにもずっとここにいたではないか⋯⋯あと最強と無敵はほぼ同じ意味だ」


 そう男に指摘され、フォーテは少し恥ずかしかったが開き直ることにした。


「ちょっと欲張ってみた!」


「子供かっ!」


 そんな他愛もない事を口にしながら、男は辛うじて平常心を装う。


(我々魔族の天敵、『心氣』の使い手か? ⋯⋯クソ、滅んだと思ったがまだ残っていたのか!)


 相手の力は未知数。ならばその力を出させる前に倒すのが得策だ、男はそう判断して⋯⋯


「喰らえ! 極大灼熱焦熱波!」


 灼熱と焦熱というほぼ同じような意味が二つ、豪華に重なった欲張りな名前の光熱波を放った。


 範囲、威力ともに強化された光熱波が、フォーテの体を捉え、瞬く間に飲み込んだ。


 光熱波は焦熱の名にふさわしく、通り過ぎながら地面を焦がして黒い道筋を残し、標的となったフォーテの周辺を激しく炎上させ、凄まじい熱気によって発生した上昇気流は、焼け焦げた草木を天へと巻き上げる。


「ふん、愚か者め!」


 己の繰り出した光熱波が、期待通りの効果を生み出した事を確認し、魔族の男は勝利を確信した──が。


「やはり、魔力による攻撃は⋯⋯冷たいな」


 燃え盛る炎を背景に、何事も無かったかのようにフォーテが男へと歩み寄ってくる。


(ばかな! 俺の最大の攻撃だぞ!)

 

 魔族が心の中で驚愕していると──フォーテが叫んだ。


「真の熱い攻撃とは何か見せてやる! いくぞ!」


 フォーテは地面を(えぐ)り取る勢いで踏み込み、素早くそして力強く魔族へと飛び込み、そのまま突進の推進力と体重を乗せた右拳を繰り出した。


「マギレスパーンチ!」


「くっ」


 フォーテが叫びながら繰り出した一撃を、魔族の男は素早く腕を十字に重ねながら魔力で強化し、その攻撃を受け止めようとするが⋯⋯


 ゴキゴキッ!


 鈍い音とともに男の両腕は、本来曲がるはずが無い箇所がフォーテの一撃によって、まるで関節を増やしたようにへし折られた。


 フォーテの一撃はそれだけでは飽きたらず、男の体を後方へと吹き飛ばす。


「くっ! この程度!」


 魔族の男は縦に回転して吹き飛びながら、魔力を両腕に巡らせて治癒を行う。骨折していた腕を元に戻しながら回転する体をうまく制御し、足から着地した。


 そのまま吹き飛ぶ前に自分がいた場所に視線を送るが──すでにフォーテはいなかった。


「ど、どこだ!」


 魔族が左右を確認した時──自分の体に影が差す。金色の戦士が上から宙を舞い、こちらへと向かってきた。


「マギレスジャッジメントキーック!」


 フォーテは空中から、男の胸へと飛び蹴りを放つ。


「ぐはっ!」


 ドン! という音が響き男は地面に倒される。


 フォーテの蹴りを食らいながらも、男には違和感があった。明らかに大技、しかも本来パンチより強力なキックだったにも関わらず、先程のパンチほどの衝撃ではなかったからだ。


 フォーテは蹴りの反動を利用して、後方にジャンプしながら着地した。そのままくるりと男に背を向けて右腕を横に伸ばし、肘の先から上へと曲げ掌を拡げた。


「懺悔する時間をやろう」


「な、なにが懺悔だ! 戦いはこれからだ!」


「⋯⋯もう終わっている」


 そう言って、フォーテは親指を曲げた。


「俺の『心氣』をジャッジメントキックによってお前に叩き込んである」


 次に人差し指、中指と順番に曲げながらフォーテは話続ける。


「この指をすべて曲げたとき⋯⋯俺の『心氣』がお前の中で膨張し、お前は爆発して、死ぬ」


 残りは小指だけとなった。


「や⋯⋯やめろおおおおお!」


「それが最後の言葉か」


 フォーテが拳を握りこんだ。


「あ⋯⋯あおっ⋯⋯ごっ」


 男は聞き取れないような呻き声を口から洩らしながら、体を膨張させ──


 地面を震わせるほどの凄まじい轟音とともに爆発した。一帯に爆発による衝撃で風が巻き起こり、更なる衝撃を伝える。


 完全に四散した黒装束の男を見ながら


「あ、なんで襲ったとか、動機を聞いた方がよかったな」


 などとフォーテが考えていると


「う、う~ん⋯⋯」


 爆発の衝撃でマチルダは目を覚ます。上体を起こし、しばらくは頭を手で押さえてぼぉっとしていたが──


「はっ! あの男は!」


 気絶前の状況を思い出し、警戒したように険しい目付きをして周囲を確認する。


 爆発によって生じたクレーターと、黄金のフルプレートの鎧を来た派手な男がマチルダの視界に飛び込んできた。


「あ、あなた何者!? 黒い装束を着た男は!?」


「落ち着け。あの男はぼ⋯⋯俺が倒した。安心しろ」


「そ、そう⋯⋯」


 見知らぬ男を完全に信用したわけではないが、マチルダはその言葉を聞いて少し安心したようにふーっと息をつく。


 その後、気がついたように再度質問する。


「もう一人、もう一人いませんでしたか!? とっても頼りなさそうな上に弱そうな騎士が!」


 金色の戦士は顔を覆うような兜を身に付けているため、マチルダからは表情が窺えないが、なぜか感じる少し気まずい沈黙のあと──


「彼は相手の風の魔法で吹き飛んで行ったな。殺傷能力の強い魔法では無さそうだったから、まあ無事なんじゃないかな」


 金色の戦士の言葉に、マチルダは「良かった⋯⋯」とつぶやく。


「心配している様子から察するに⋯⋯君の想い人なのか?」


「いえ全然。男としては全く興味のない相手なんですが、付き合い長いので死なれちゃうのもなんかこう寂しいっていうか面倒っていうか」


「そ、そうか」


 なぜか少し寂しそうに感じたが、マチルダは気のせいだろうと思った。それよりもこの正体不明の男の事が知りたくなっていた。


「あの⋯⋯」


 まず何から聞こう、そう考えながら彼女が会話を探していると⋯⋯。


「俺はそろそろ、次の戦いに向かわなければならない、サラバだ」


 突然そう言って金色の戦士は背を向けた。このままでは何もわからない、マチルダは慌てて声をかける。


「あの! せめてお名前を!」


 金色の戦士は首だけ振り返り


「我が名はマギレス。魂を燃やし、戦う男だ」


そう名乗ってまた前を向いたあと、ジャンプをした。

 

 マチルダはすぐに視線を上げてその姿を追ったが、彼は既に消えていた。


「マギレス⋯⋯様」


 そうつぶやくとともに、胸に感じたことのない熱い感情が溢れるのをマチルダは自覚していた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「おーい、マチルダー!」


 マギレスが去った後もしばらく座り込んでいたマチルダの元に、フォーテが駆け寄ってきた。彼の呼びかけに彼女がゆっくりと振り向く。


「ああ、取り合えずアンタも無事だったのね、良かったね⋯⋯ていうか、あんた吹き飛んだのに無傷なのね」


「なんかちょうどフカフカに枝が刈り込まれた木があってさ、さすが王家の狩場だね、ひゅーんって飛んだから死ぬかと思ったらフカッてなってさ」


「そう⋯⋯まぁどうでもいいわ。少し休んでから、報告に戻りましょ」


 マチルダはフォーテの言葉は途中からほとんど聞いておらず、マギレスが去った場所を名残惜しそうに眺めていた。


 そんなマチルダの憂いを帯びた瞳を見ながら


(ああ、マチルダそんな表情も可愛いよマチルダ)


最大の恋敵が自分自身になったとも知らず、フォーテはのんきにマチルダの事を見つめていた。

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