とある老紳士と私の秘め事
ロジカルに物語を構成した結果こうなりました。
自分でも、開始早々に老紳士が死ぬとは思わなかったので
とりあえず、何回か復活させておきました。
私は暗闇に迷い靴を見失っていた。
「暗くてお靴がわからないわ」
靴を探し迷い困惑している私の周りが急に明るくなった。
「どうだ明るくなつたろう」
そう言いながら老紳士は紙幣に火を灯したのだった。この老紳士はいつもこうやって、自ら進んで周りを照らしてくれる。これで靴が探しやすくなる。しかし、その姿を見てつい私は思ってしまうのだ。
―私も紙幣になりたい―と
熱く身を焦がすような恋をして周りを照らす紙幣になりたいと思ってしまうのだ。こんなことを考えても無駄なのはわかっている。できるはずがない。わかっていても諦めきれないのだ。私はただの人間である。紙幣にはなれない。身分が違いすぎる。こんな私と恋に落ちる紙幣などいない。
「どうだ明るくなつたろう」
少し暗い表情をする私に対して老紳士は語りかける。老紳士は私が紙幣になりたいことをお見通しだったのだろう。紙幣になることは叶わない。と、はっきりと告げられてしまったのだ。その時、私の中で抑えていた感情が爆発してしまった。
「それはわかっております。でも、でも…諦められられぬのです!夢でしたから!子どものころからの夢でしたから!」
そう叫びながら、私は老紳士に渾身のローキックを放った。老紳士は不意をつかれ態勢を崩した。その隙を見逃さず続けて顔面に肘鉄をお見舞いした。老紳士はぐらりと倒れ膝をついた。こうなってしまえば私の優位は揺るがない。老紳士の頭をつかみ膝蹴りを叩き込む。何度も、何度も、何度も、何度も……
気付いた時には老紳士は動かなくなってしまった。
享年88歳
大往生である。その顔は心なしか微笑んでいるように見えた。周りにいた老紳士の親族はみな泣いていた。それだけ慕われていたのだ。
「さっきまであんなに元気だったのに。でもきっと苦しまずに旅立たれたのでしょう…」
私は声を震わせながら、そうつぶやいた。親族も泣いてはいるが、穏やか顔をしている。
老紳士の葬儀はしめやかに行われた。私は少しでも場を盛り上げようと、遺影に抹香を投げつけた。いわゆる、うつけ者スタイルでの焼香である。我ながら、なかなかのうつけ者だったと思う。実際、観客からは、
「言い投げっぷりだねぇ、嬢ちゃん!」
「ナイスうつけ者!」
「おいおい、信長の再来か!?」
「将来はお相撲さんだな!」
「こんにちは!初めまして!ソイソースです!」
などと、黄色い声援が飛ぶ。
どんどん場が盛り上がってくる。先ほどまでのしめやかな空気は吹き飛び、会場は大盛り上がりである。坊主が刻むビートも熱を帯びてくる。観客の盛り上がりに答え、私は棺の上に飛び乗り、得意のメルボルンシャッフルを華麗に舞った。だがこれもこれからのメインイベントの前座に過ぎない。
会場中のライトが消え、スポットライトが棺に当てられる。そして、棺の中から老紳士が起き上がり、マイクを手にしてシャウトした。
「どうだ明るくなつたろう」
DJ老紳士の登場である。世界的スターの登場によって会場は興奮の坩堝と化していた。そしてスポットライトの光が徐々に強まり、さらに集光されていく……
そしてその時は訪れた……
老紳士が手にしていた紙幣に火が灯った。スポットライトの熱により紙幣が燃え始めたのだ。さらに棺も燃え始めた。ついでに老紳士も燃えている。スポットライトの神聖な光に包まれた老紳士の声が会場中に響いた。
「どうだ明るくなつたろう」
私はその言葉に対し力を込めて大声でこたえた。
「再び貴様の様な"魔"が現れようとも、またこうして封じられるであろう。貴様の言うように人間には愚かな争いばかりを起こす者も多い。だが、平和を愛する者はそれ以上に多いのだ!平和を愛する者たちの願いが私の力となっている。そして平和を愛する者がいる限り、お前たち"魔"がこの世を手中に収めることは無い!」
老紳士は神聖な光に包まれたまま、断末魔のうめき声とともに紫色の煙となり、空中に霧散していったのであった。
享年88歳
大往生である。その顔は心なしか微笑んでいるように見えた。
私は力を使い果たしてしまったらしく、その場に座り込み意識を失ってしまった。
目覚めるとそこは病院だった。どうやら意識を失った私は救急搬送されたらしい。医者の見立てでは、ただの恋の病だろうということで、点滴を打ち、次の日には帰宅することができた。安静にするようにとのことで、週末は自宅の空気清浄機の前に鎮座し、清浄なる空気を吸い続けた。薄汚い老紳士の穢れが払われるようで心地よかった。
週明け、いつものように学校に向かうと、群衆に囲まれてしまった。私が老紳士を封じたという話はすでに国中に広まっていたらしい。
「救世の聖女様だ!」
「あなた様のおかげでこの世は救われました!」
「なんとお美しく神々しいのでしょう!」
「将来はお相撲さんだな!」
「お嬢さん頭にマウイ島刺さってますよ。ついでにオアフ島もいっときますか?」
みんなから賛辞の言葉が述べられる。悪い気はしない。私の心は暖かくなっていった。まるで電子レンジに入れられたようだ。"500Wで3分、500Wで3分……"と、つぶやきながらいつもの日常に戻っていった。
老紳士の葬儀から3週間がたち、私の心にはポッカリと穴が開いてしまっていた。
何も告げず私の前から姿を消した老紳士のことが頭から離れないのだ。彼はどこに行ってしまったのだろうか。なぜ私に何も言ってくれなかったのだろうか。ひどい喪失感に私の心は混乱していた。まるで洗濯機に放り込まれたようだ。父のパンツと一緒に私の服を洗うなと何度言ったらわかるのか。
雨の中そんなことを考えながら、いつもの通学路を歩いていた。すると、かすかに動物の鳴き声が聞こえた。気になった私は、声のする脇道に入っていった。
そこには、段ボール箱の中で体育座りした老紳士がいた。老紳士は雨に濡れて震えながら
「どうだ明るくなつたろう」
と、微かな声で何度も鳴いていた。
どうやら捨てられているらしい。段ボール箱には”だれか拾ってください"と殴り書きされていた。命を粗末にする無責任な行為だ。こんなことする奴は一族郎党皆殺しにせねばならない。
だが、今はそれよりも私の心は老紳士との再会の喜びを感じていた。心が満たされていくのがわかる。カチリと心のピースが埋まる音が聞こえたような気がした。これで私は完全体だ。ふふふ…
私は老紳士に駆け寄り、段ボール箱ごと抱え上げた。久しぶりの老紳士との再会に胸が躍る。私は抱え上げた段ボール箱を持って学校の近くを流れる一級河川に向かった。
河川敷にたどり着いた私は、おもむろに段ボール箱ごと老紳士を川に投棄した。
「ずっと…ずっと…お会いしたかった。やっと会えましたね」
私は独りつぶやくと、流されていく老紳士を見送ったのだった。
そして私はまた老紳士を失ってしまった。あの人はいつも何も言わず私の前から姿を消してしまう。私の心はまた虚無感で一杯になってしまうのだった。
翌日、学校で数人の生徒が私に対して言いがかりをつけてきた。それは、動物を段ボール箱に入れて川に放り込んだのを見たが、動物虐待ではないのかといった内容だった。私は訳のわからない言いがかりに対して、
「私が段ボール箱を川に投げ入れたのには理由があるんです。雨に濡れて震える姿を見て可哀そうだと思い保護しようと段ボール箱を抱え上げました。だけど、拾い上げて間近で見てみると、そいつは薄汚かったのです。薄汚いというか汚かった、むしろ汚物かヘドロでした。ヘドロならヘドロらしく、ヘドロ仲間がたくさんいる川の底に返してやるのが一番だと思い。川に返してあげたのです。ただ、段ボール箱まで川に投げ入れたのは私の間違いでした。それに関しては責められても仕方ありません。」
と、丁寧に諭すように応えてあげた。
しかし彼らは納得せず、それどころか激高し私に
「このサイコパス!」
「ヘドロはお前だよヘドロ女!」
「あなたには道徳心というものがないの!?」
「将来はお相撲さんだな!」
「お前の中に潜む思い出のメモリーを生贄に捧げてターンエンドだ!」
などと、意味不明な暴言を吐いてきたのだった。私は何度も彼らに対して、段ボール箱を河川に不法投棄したことについて反省していると伝えた。しかし、誰も許してはくれなかった。
その日を境に私へのいじめが始まった……
"小動物をいたぶって楽しむサイコパス女"、という根も葉もない噂を流され、クラス中から無視されるようになった。
1週間も経つと、いじめはエスカレートし、机に落書きされたり、ノートや教科書が破られたり、靴が隠されたりした。
ある日には、机の上に神棚が置かれ大量のセミの抜け殻がお供えされていたのだ。
私は悔しさでついに泣いてしまった。今まで我慢していた感情があふれ出す。
確かにゴミを川に捨てるのは許されることではない。しかし、そこまで責められることなのだろうか。あまりにも不条理すぎるのではないかと、私は泣きながらセミの抜け殻を食べ続けた。
うまし……
邪神に捧げられたセミの抜け殻を食べ終えると、すっかり日が暮れてしまっていた。家に帰りたいが靴が隠されてしまっている。残っていたクラスメイト数名を拷問し、靴の場所を聞き出した私は校内のごみ集積所に向かった。そこに靴を放り込んだとクラスメイトが白状したためだ。ちなみに拷問にかけたクラスメイト達の亡き骸は私の机の上に建立された邪神の神殿にお供えしておいた。邪神復活の時は近い。
ゴミ集積場にはゴミがうずたかく積まれ、まるで手付かずの大自然のごみ集積場のようだ。私はゴミ集積場の近くのトイレをベースキャンプにして、靴の捜索活動を始めた。気分は探検隊だ。スポンサーはついていないが、もし靴を見つけて帰宅することができれば、世界中から注目されるだろう。記者会見で何を話そうか。若者たちに夢を持ってもらえるようなコメントができればいいのだが。
意気揚々と臨んだ靴の捜索活動だが、思うように進まない。危険な野生生物達が行く手を阻む。その度、1頭ずつ丁寧にすり潰していく。しかし捜索隊も一人、また一人と私の拷問によって散っていく。夜には、捜索隊はもう私一人になってしまっていた。いや、もともと一人だったような気もする。長い捜索活動の疲れによって、もはや意識が朦朧としている。早くベースキャンプに戻らないと危険だというのが感覚でわかる。しかし、ゴミくずのようになって死んでしまった仲間の事を思うとここで引き返すわけにはいかない。
辺りはどんどん暗くなる。私をゴミ集積場から追い出そうとする、野生の用務員を何とかすり潰す。しかしもはや体力の限界が近い。這いずるように靴を探す。暗闇の恐怖と疲労でつい弱音が漏れる。
「暗くてお靴がわからないわ」
その時、突然まわりが明るくなり、頭上から聞き覚えのある声が耳に届いた。
「どうだ明るくなつたろう」
顔を上げ声の主を見るとそこには…………
小説ってなんや?