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お金持ちの神さま  作者: 宗園やや
8/13

7

風紅学園に最寄りの駅は、白い壁が意外と綺麗な小さな駅だ。

プロの写真家が撮影したら絵になりそうな佇まいをしている。

そんな駅の構内に備え付けられているベンチに座っている私は、憂鬱な気分を表情に出さずに外を見た。

空が黒い雲に覆われているので薄暗く、サラサラとした細かい雨が降っている。

狭くて暗い駅構内に視線を移すと、十人程の老若男女が雑談をしていた。

その中にイケメンの生徒会長も居る。

これは登山をするのが大好きな人達の集まり。

全員が歩き易い服装をしてリュックを背負っている。

かく言う私もそんな感じの格好をしており、ラッキーが作ってくれたお弁当をリュックに詰めている。

もうそろそろ乗る予定の電車が来る時間なのだが、ちょっとしたトラブルが発生していた。

この辺りは小雨なのだが、目的地の山が土砂降りらしいのだ。

なので、集まりのリーダーである良い感じのおじさんが現地の確認を取っている。

小学五年生の時にやった林間学校以来の山登りにワクワクしながら来たのに、とんだ肩透かしだよ、全く。

私は別に登山が大好きって訳じゃない。

好きでもないのにこの集まりに参加したのには理由が有る。

発端は、椎名くんが倒れた次の日。

彼女を理事長室に呼び出した事から始まる。

待ち時間がヒマなので、その時の事を思い出してみよう。



「さて。性別を偽っていた理由を聞かせて頂きましょうか」


理事長席に座っている私は、大きな机を挟んだ正面に立っている椎名くんにそう言った。

松永は机の横に立ち、真句郎は理事長室の入り口付近で控えている。

性別がバレて観念している椎名くんは、素直に事情を話し始める。


「去年のある時、生徒会長に好きな子が居るっぽいと、彼の家庭教師が気付いたんです」


あらゆる手段を使って調べたところ、実際に彼が好意を向けていると思われる子が居た。

その彼女が名家である保谷家家に相応しい子なら構わないのだが、どうやら一般の子らしい。


「なので、会長がその子に会っているか、会っているならどんな感じか、を会長のご両親に報告しています。勿論、秘密裏に」


保谷家家に相応しい子、か。

よその家でもそんな事が問題になるのか。


「生徒会長は、本当にその子に会っているんですか?」


私が質問すると、椎名くんは間を置かずに頷いた。


「会っています。月に数回程度ですが」


「だから椎名くんがこの学園の生徒会に入り、生徒会長の事を調べている、と」


「はい。そして、彼女の事も。ああ、恋人と言う意味の彼女ではなく――」


「ええ、分かっています」


私は松永を横目で見る。

教育係は何も反応してくれない。

今回の問題は私の判断で当たれと事前に言われている。

なので、私は思った事をそのまま口に出す。

問題が有る発言なら止めてくれるだろう。


「納得出来ない点がふたつ有ります。ひとつめは、普通に男子が調べれば良いのではないでしょうか。ここは男子校なんですから」


「俺の任務を正確に言うと、会長の交際相手の動きを探り、牽制する事です」


椎名くんは私を真っ直ぐ見て説明する。

探る相手が女性である為、男が周囲をウロチョロすると警察沙汰になる可能性が有る。

女同士なら、ストーカーかも知れないと疑われても、まだ何とか言い訳が出来る。

また、機を見て会長にだけ性別をバラし、秘密の共有をする選択肢も用意していた。

もしも会長と彼女が怪しい関係になった場合、最終手段として、色仕掛けも混ぜて会長と接する。

そして、でっち上げでも良いから三角関係を作る。

そうなったら会長の親が介入し、三人全員を別れさせて問題解決とする。


「そんな面倒な事をして、何か意味が有るんでしょうか」


私は呆れ顔で柔らかい背凭れに身を沈める。

すると、椎名くんは肩を竦めながら私の目を見詰めた。


「失礼を承知で言います。理事長の存在がその答えですよ」


この問題を放置したら私みたいな子が生まれ、今現在の私の立場みたいな面倒事が起こる可能性が有る。

私の場合は唯一の血縁者だから目立った騒ぎは起きていないが、普通なら腹違いの子供同士での金銭トラブルが発生する。

だから何も起きていない内に問題を把握し、出来れば処理をして置こう、と言う事らしい。


「やっぱりそうですか。これだから男って奴は……」


まぁ、ウチの場合は母も同罪な気もするが。

ああ、そうか。

相手の女性がウチの母みたいな人間の可能性が有る訳か。

生徒会長は真面目な印象が有るので、相手の方を疑うのは自然かも知れない。


「って、アレ? 椎名くん、私と私の親の事を知っているんですか?」


「少しだけ。会長の身近に居る女性を調べるのが俺の仕事ですから」


「そうですか。それはご苦労な事です。あ、もしかすると、私に対して態度が悪かったのは、仕事が増えて面倒だったからですか?」


仕事が増える面倒臭さは私も痛感している。

同じ立場なら、私も相手に良い印象は持たないだろう。


「それだけではありませんが、それも有ります」


「他にも有るんですか?」


少し言い淀んだ椎名くんは、視線を横に逸らす。


「俺は男で居る事に苦労しているのに、貴女は普通に女子で居るから、です」


「ああ、なるほど……。まぁ、私の事は良いです。話を勧めましょう」


椎名くんは視線を私に戻して頷く。


「会長は、ご自身の立場やお家柄にこだわりを持っていないんです。ご趣味も登山や旅行で、放浪癖が伺えます。ですので、頭ごなしに押さえ付けるのは悪手だと判断されています」


「もしかすると、安っぽいドラマみたいに、高圧的に交際を反対すると駆け落ちをするかも知れない、って思っているんですか?」


「会長のご両親はそう思っている様です。会長には家出の経験は無いので、俺もそこは心配のし過ぎだと思っています」


「ふーん……。まぁ、分かりました。もうひとつの納得出来ない点。やり方が回りくど過ぎではないですか?」


「回りくどいのは、会長の機嫌を損ねない様にする為です。プライベートを探られて嫌な思いをしない人は居ませんから。これも家出を心配しての事です」


「機嫌、ねぇ……」


「会長と彼女の間に何も起こらなければ、俺は何もしません。そうなった場合、会長は何も知らずにこの学園を卒業します」


私は腕を組む。

つまらない話だ。

波乱が起きそうでワクワクしていたが、思ったより話が広がらない。

人間関係の内側だけで問題が済む様にしているからだろう。

椎名くんの性別が他の人にバレても、生徒会長と三角関係を作っていない時期なら椎名くんだけの問題で済む。

三角関係になっていれば、その時点で生徒会長の親が介入しているから、そうなったら椎名くんはもう学校には来ない。

性別がバレてしまっているし、彼女の仕事はほぼ終了しているので、この学校に通う必要が無いからだ。

生徒会長とその彼女さんをくっ付けてみたら面白くなるだろうが、そんな事をしたら生徒会長の親御さんに怒られるだろうな。

最悪、無意味に学校関係者を騒がせたとして、理事長失格になるかも知れない。

つまり、この話は私には無関係だとするのが一番なのだ。

私が口をへの字にして黙った為、一分ほど無言の時間が過ぎる。


「あの、自分の事で申し訳有りませんが、俺は今後どうなるんでしょうか。やっぱり退学でしょうか」


椎名くんは「覚悟は出来ていますが」と言って自分の爪先を見詰める。

組んでいた腕を解いた私は、椅子の肘掛けを撫でつつ天井を仰ぐ。


「そうですねぇ……ここは男子校ですしねぇ……」


「自分でも性別を誤魔化す生活が長続き出来るとは思っていませんでしたから。半年持てば奇跡、くらいに思っていました」


「退学かどうかの部分は校長と相談、になりますでしょうか。どうですか? 松永」


訊くと、松永が椎名くんの隣に移動した。


「その点はご心配無く。なぜなら、風紅学園は男子校ではなく、共学校だからです。なので、椎名さんの性別自体は何の問題もありません」


「へ?」


私と椎名くんはポカンと口を開けて松永を見る。


「共学校なんですか? 男子校じゃなかったんですか? 私は男子校で理事長になれって言われてここに来たんですが」


前のめりになって訊くと、松永は頷いた。


「去年までは確かに男子校でした。ですが、今年から共学校に変わったんです。でなければ神様が入学出来ませんでしょう?」


「あ、なるほど」


ただし、と口早に言ってから続ける松永。


「女子の募集は当面の間は行いません。ですから表向きは男子校のままです」


「ええと、じゃ、椎名くんはこのまま在学しても良いって事ですか? 学校としては」


「はい。ただ、恐らく書類上は男子生徒として処理されていると思います。その点だけは問題が有るでしょう」


「正式な書類の偽造か詐称、と言う事でしょうか」


「そうですね。椎名さんが我が校に在籍し続けたいと願うのでしたら、親御さんを交えての相談が必要でしょう」


松永が椎名くんを見たので、私も男子用学生服を着た同い年の女子を見た。



「神様」


真句郎が声を掛けて来たので、過去に飛んでいた私の意識が駅の構内に帰って来た。

彼も歩き易い格好をしているので、傍からは普通の参加者に見えるだろう。


「ん? 何でしょう」


「今回の登山は中止だそうです。とても安全に気を使う会の様で、判断に迷ったら中止、と決まっているとの事です」


「分かりました。折角の休日が潰れて残念ですが、仕方有りませんね」


登山者が行方不明、と言うニュースは定期的に耳にする。

そう言った事態を回避する為に、必要以上に慎重になっているらしい。

この集まりは月一で開かれているので、次が有る。

だから会員達は落ち着いて中止を受け入れている。

花や鳥の旬には予定日以外にも集まってそれらの観察会を開いているみたいだし。

が、私達には次は無い。

私は椎名くんの代わりに参加したからだ。

椎名くんは、学校を続けるか辞めるかの判断をする為に、この土日を使って実家に帰っている。

しかし丁度この登山会と日程が重なってしまった為、これに参加出来ない。

この会には生徒会長の想い人らしき人物も参加しているので、彼女を監視する為に参加しなければならないんだそうだ。

って言うか、この会で生徒会長と彼女さんは出会った様だ。

なので、私が代わりにここに来た、と言う訳だ。

別に椎名くんの為ではない。

自分が参加してみたかっただけだ。

風紅学園に来てからと言う物、遊びでの外出がほとんど無かったから。

ここらで息抜きをしないとストレスでお肌が荒れちゃう。

って言う感じでワクワクしてたんだけどな。

だから私は人目も憚らずに溜息を吐いた。


「申し訳有りませんでした、理事長。折角参加頂けたのに」


私達をこの集まりに加えてくれた生徒会長が謝って来た。

椎名くんから事情を聞いた翌日の木曜日。

その日が数学の勉強会だったので、その時に登山会への参加を生徒会長にお願いしてみた。

一度だけのお試し参加と言うワガママな要求なのに、彼は一瞬の迷い無くオッケーしてくれた。

更に、すぐさま色々な手配をしてくれた。

明かせない事情が有るとは言え、むしろ迷惑を掛けたのは私の方なので、ベンチから立ち上がって首を横に振る。


「いいえ、お天気だけは仕方が有りません。私の方こそ、気を使わせてしまって申し訳ございませんでした」


頭を下げる代わりに笑顔を見せると、生徒会長の横に立っていた若い女性が前に出て来た。

ショートカットでスポーティな雰囲気。


「始めまして。私は沢口ゆずです。今日は本当に残念でしたね」


彼女が生徒会長の恋人だと思われている女性だ。

高校生らしいが、大人びているので大学生以上に見える。

中学生なのに小学生程度の体型の私とは真逆な感じ。


「始めまして、甘衣神です」


「甘衣さんって珍しい名字ですよね。少なくとも、この辺りでは聞かないかな?」


気さくな人だな。

雰囲気的にはラッキーに近いが、あそこまで慣れ慣れしくない。


「はい。元々は、車で二時間程度離れた所で暮らしていました」


母の実家がどこに有るかは知らない。

そう言えば、父の実家の住所も知らない。

お金持ちだから当然の様に東京に豪邸を構えていると思っていたが、どうなのかな。

多蛇宮の家はどこに有るんだろう。


「じゃ、この辺りには詳しくないですよね? 折角ですから、山の方の公園内に有るリス園に行ってみませんか?」


他所事を考えていた私にそう提案する沢口さん。


「リス? リスって、どんぐりとかの木の実を食べる、あのリスですか?」


「そう、そのリスちゃん。歩いて一時間も掛らない所に有る公園内にリス園が有るんです。雨が降っているので見れないかも知れませんけど」


沢口さんが喋っている後ろで、会のリーダーの人が解散の挨拶をした。

大人は大人同士で余った時間を楽しむらしく、いくつかのグループに別れて街の方に帰って行く。


「どうします?」


改めて訊いて来る沢口さん。


「それは動物園みたいな感じでリスを見せてくれる場所なんですか?」


「えっと、大きなニワトリ小屋の中に入ってリスを眺める、って感じかな? リスしかいないから、あんまり期待しないでね」


「へぇ……。生のリスを見た事が無いので、ぜひ見てみたいです」


私は、お伺いを立てる様な目付きで真句郎と松永の顔を順に見る。

なぜか松永が混ざっているのは、間違い無く生徒会長が目的だろう。

生徒会長は松永のお気に入りだからね。

気配を消して私の保護者に徹しているのは、自分の年を弁え、若い人から一歩引いているからだろう。

彼女さんに敵対心を向けていないのも、分別の有る年齢だからか。

年の功って奴だな。


「その公園に、雨天でもお弁当を広げられる場所は有りますか?」


松永は、私の頭に片手を乗せながら訊く。

身長差から、母と娘的な仕草に見える。

って、私の頭蓋骨がミシミシ言っているんですけど。

痛い痛い。

松永って握力凄いんだなぁ。


「ええ、有りますよ」


にこやかに頷く沢口さん。

私の頭から手を下した松永は、真句郎と目で会話してから頷いた。


「家に帰ってお弁当を広げるのも寂しいですから、行ってみましょうか。真句郎くんにも異存は無い様ですし。それで宜しいですか? 神様」


「はい。……何が可笑しいんですか、沢口さん。まぁ、私の名前を笑っているんでしょうけど」


私は松永に絞められた頭を擦りながら沢口さんの目元を見る。

噴き出しそうなのを我慢している笑い皺が思いっ切り出来ている。


「顔に出ちゃった? ごめんなさい。それ、本名?」


「正真正銘、本名ですよ。父の名前から一字を貰った、ちゃんとした名前です。あだ名でもふざけている訳でもありません」


「そうなんだ。じゃ、笑っちゃダメだよね。本当にごめんなさい」


「良いんですよ。慣れてますから。『様』を付けなければ笑われないのに、絶対に止めてくれないんですよ。彼女達って、いじわるでしょう?」


私はリュックを背負い直しつつ、松永を睨んだ。

ついでに真句郎も睨んでやる。


「あはは。お金持ちって大変ね。――じゃ、私は神ちゃんって呼ぶね。良いかな?」


「はい。ではお返しに、貴女をゆずさんとお呼び致しましょう。さて、リス園に参りましょうか」


「うん」


駅近くのコンビニでビニール傘を買い、五人で山の方に有る公園を目指す。

こうして歩いてみると、この街にはそれなりの活気が有る。

まぁ、前に住んでいた地域との比較なので、都会と比べれば寂びれているんだろうが。


「あら。保谷家様ではありませんか」


古風なセーラー服を着た、冗談みたいな縦ロールの金髪美人が話し掛けて来た。

それに応えるのは生徒会長。


「これはこれは、岡さん。お久しぶりです」


背の高い好青年と派手な美人が大人びた挨拶を始めた。

そんな浮世離れしている光景を前にキョトンとしている私に耳打ちをしてくれるゆずさん。


「あの人は、この辺りに有る中高一貫の女子校の生徒会長をしている人だよ。中等部の方のね」


「え? 近所に中高一貫の女子校が有るんですか?」


続いて松永も耳打ちして来る。


「我が校とは友好関係に有り、交流も有ります。ただし、男女別学の性質から、一般生徒が気軽に交流する事はありません」


「なるほど。生徒会長同士だから面識が有る、と言う訳ですね」


「はい。神様も、近い内に理事長として向こうの学校にお邪魔する機会が有るかも知れません。一般生徒としては、恐らく無いでしょう」


「分かりました。ただ……」


これから言う事は愚痴だから聞き流してください、と前置きしてから独り言を呟く私。


「だったら女子校に行きたかったな」


周りが男ばっかりだと、本当に友達が出来ない。

クラスメイトとは、未だに事務的な会話しかしていない。

気の置けない友人とのんびりお喋りする時間が無いのは、本当に辛い。

インターネットの世界に行けば地の自分を出せるが、それに慣れたらちょっと危険な気がするし。

……そう言う事を考えるのは止めよう、キリが無い。

気持ちを切り替え、ゆずさんに笑顔を向ける。


「ゆずさんは、その女子校に通っていらっしゃるんですか?」


「いやいや、まさか。あんなお嬢様学校に行けるほどウチは裕福じゃないから。普通の高校です」


「普通の学校も有るんですか。いや、有って当たり前か」


いくら少子化が問題になっているとは言え、雨の日に活気を感じられるくらいの人口が有るのなら子供の数も多いだろう。

名門校も、普通校も、それなりの数が有って当然だ。


「紹介しましょう、この方は、我が校の理事長の甘衣さんです」


生徒会長同士の挨拶が一段落したところで、我が校の生徒会長によって私が紹介された。


「始めまして。甘衣神です」


丁寧に頭を下げる私。


「私は聖・銀翼自由学園中等部生徒会長、岡日伊奈と申します。貴女のお噂は私共にも届いております。今後ともよしなにお願い致します」


さすが本物のお嬢様だ、と感心してしまう優雅なお辞儀を返された。

良い物を見た。

家に帰ったら姿見の前で練習しよう。


「あら? 雨が上がりましたわ。――電車の時間がございますので、私はこれで失礼致します」


高級そうな傘を畳んだ岡さんは、改めてお辞儀をしてから駅の方に向かって歩いて行った。

私達もビニール傘を畳み、引き続き駅とは反対方向を目指す。



商店街を抜け、坂道を登り、森を通る。

そんな感じで三十分強ほど歩くと開けた場所に出た。

地面はグラウンドみたいな固い土で、中心にはそこそこ大きい池。

雨上がりのせいか、池の水は茶色く濁っている。

一歩先に出てから私達の方に振り向いたゆずさんは、笑顔で両手を広げた。


「はい、公園に到着。お昼はここで食べようと思ってたんだけど、晴れたからどこでも良いかな?」


公園って言うから遊具みたいな物が有るかと思っていたのだが、そう言った類の物は一個も無かった。

代わりに食べ物屋が数件有った。

時代劇で見るお団子屋さんみたいな外見で、長く出っ張った軒下に木のベンチがいくつか並んでいる。

風が強かったのか、ベンチはちょっとだけしっとりしている。

店の椅子なのでお弁当を広げても良いとは公言出来ないが、憩いの場だから、常識の範囲内なら気にしなくても問題無いらしい。

飲み物かカキ氷でも買えば絶対に文句を言われない、とゆずさんは言う。


「お昼まではまだ時間が有るから、先にリス園に行こっか。その間に椅子も渇くだろうし」


地元民であるゆずさんと生徒会長を先頭にして公園の奥を目指す。

すると、リス園の看板が見えて来た。

その巨大な看板は鬱蒼とした木々に囲まれているが、手入れがされているので周囲の枝はリスの絵を遮っていない。


「とうちゃーく。入場無料だから気軽に入れるんだよ」


ゆずさんは、高い柵に囲まれ、天井をネットで覆っている建物を手で指し示す。

ニワトリ小屋と言うより、ゴルフ練習場を小さくした施設、って感じ。

この中でリスを飼っているのか。


「おー。早速入ってみましょう!」


私は心躍らせながら入り口を潜る。

リスが私を待っている!

と思ったのだが、何重もの引き戸が私の行く手を阻む。

中に入るのが結構面倒で、私のテンションが微妙に落ちて行く。


「これ、どうして何枚も戸が有るんですか?」


「戸を開けたスキにリスが逃げない様によ。こうしておけば絶対に逃げられないでしょ?」


ゆずさんが五枚目の引き戸を開けながら教えてくれる。

それが最後の引き戸だった。


「誰も居ませんね」


柵の内側に入ってまず思ったのが、外から見たイメージ以上に狭い。

そして、私達と一人の係員さんしか居ない。

そんな中で、沢山のリスが放し飼いにされていた。

レンガの地面や木の柵の上などに十匹以上は居る。


「雨上がりだから貸し切り状態だね。これは嬉しいかも。はい、ひまわりの種」


ゆずさんは、係員さんから貰ったリスのエサを私に分けてくれた。

紙コップに入っているこれも無料との事。

素晴らしい。


「リスは臆病だから、驚かさない様にしてエサで呼び寄せるの。雨のせいで他の人からエサを貰っていないはずだから、きっとすぐに釣れるよ」


中央に有るリスの巣エリアは立ち入り禁止なので、その近くで屈むゆずさん。


「さ、神ちゃんもいらっしゃい。こうするの。静かにね」


一抓み程の種を掌に乗せたゆずさんは、地面スレスレの高さまで片手を下げる。

私もゆずさんの隣でしゃがみ、その真似をする。

すると、リスの巣エリアから十匹くらいのリスが現れた。

最初から表に出ていた十匹のリスも寄って来た。

合せて二十匹くらいのリスが私達に興味を示している。


「あはは。みんなお腹を空かしてるね。ホラ、勇一郎くんもやって。神ちゃんのお付きの方達も、どうぞ」


「ああ、そうだね」


頷いた生徒会長は、係員からひまわりの種を貰う。

松永は生徒会長からエサを分けて貰い、真句郎は護衛の仕事が有るので断った。


「ジッとして、動かないでね。リスが来てくれるのを待つの。ホラ、来てる来てる」


ゆずさんは小声で言う。

頷いた私は、しゃがんだまま息を潜める。

すると、数匹のリスが私のひまわりの種に小さな手を伸ばして来た。

忙しなく種を食べ始めるリス達。

種が少なくなって来ると、掌に乗り出すリスまで現れた。


「か、可愛い……」


本当に可愛い。

滅茶苦茶可愛い。

何度でも可愛いと言える。

可愛い。


「ん?」


背中に何かが当たる軽い衝撃に驚いた私は、反射的に短い声を上げた。

すると、ゆずさんが私の方を見てからにんまりと笑う。


「おお? ……うふふ。動かないでね、神ちゃん」


「え? 何ですか?」


小さな物がリュックの上を走る感触。

その気配が肩の上まで来たので、恐る恐るそっちを見てみる。

何と、一匹のリスが私の肩に乗っていた。

目の前に有るリスの顔。

つぶらな瞳。

エサを探してチョコチョコと動いているが、いつまでも肩から降りない。


「ほわぁ……。い、癒される……」


そんな幸せな時間は、雲間から覗く太陽が真上に登るまで続いた。

私的には、お昼ご飯を抜いてでもリス達と戯れたかった。

だが、私が動かないと全員が動けないと松永に耳打ちされたので、渋々ながらも池の方に戻る事にした。

私のワガママで他の人を空腹にさせちゃ悪いから。

社会的な立場が一番上ってのは、そんな事にも気を使わないといけないのか。

でも、もっとリス達と遊びたかったな。

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