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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第三部 叛逆者たち ~星暦八八〇年~
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【第二章 再会のとき】 第四話 灼熱する情動(1)

 第二次開拓時代に発見・入植された星系は、ひとまとめに外縁星系コーストと呼称されているが、その範囲は広い。


 銀河連邦の中心軸はしばしば、テネヴェ~ローベンダール~ミッダルト~スタージアと見做される。その軸を中心とした太さのいびつな円筒が連邦加盟国第一世代だとすれば、円筒の外側――ちょうどエルトランザなどの複星系国家たちと反対側の面に、張りつくようにして薄く広がる層に、十カ国以上のいわゆる外縁星系コースト諸国が存在する。最もテネヴェ寄りの位置にはクーファンブート、逆にスタージア寄りにはネヤクヌヴがあり、その中間地点に位置するのがジャランデールだ。モートンがジャランデールを外縁星系人コースターの拠点候補と推察する理由のひとつに、このような地政学的な理由がある。


 そしてそのジャランデール代表の連邦評議会議員ジェネバ・ンゼマは、今やジャランデールのみならず全ての外縁星系人コースターたちの意見を代弁する第一人者として、評議会で存在を際立たせていた。


「安全保障局特別対策本部は、既にその存在意義を十分以上に果たしたものと言えるでしょう」


 連邦評議会ドーム屋内の巨大な天蓋の下で、ターバン風にバンダナを巻きつけたジェネバの上半身が、ホログラム・スクリーンの立体映像で中空に映し出されている。列席する評議会議員たちの耳には通信端末イヤーカフを通じて彼女の言葉が届くようになっているが、自席で立ち上がったまま演説する彼女の声は、そんなものを介さなくとも十分に聞こえるほどに響き渡った。


「連邦全域を震撼させたテロ活動は、非外縁星系(コースト)加盟国ではそのおおよそが一掃されました。これはひとえに特別対策本部の精力的な活動による賜物と言えるでしょう。安全保障局を始めとする関係各位には、感謝してもし尽くせません」


 ジェネバでなければ、皮肉と取られてもおかしくない台詞だった。特別対策本部が主導する治安維持活動の強化は、外縁星系コーストにおいて最も苛烈なのは言うまでもない。ジェネバの周りに居並ぶほかの外縁星系コースト代表の評議会議員たちは、彼女の言葉を聞き入れているものの、一様にむっつりと押し黙っている。


「しかし効果が大きければ大きいほど、その影響は多岐に渡ります。特に顕著なのが経済面です。連邦の財政に限っても極端な動員で生じた負担は過大であり、また民間の経済活動にも支障が現れていることは、財務局や通商局の報告を見れば一目瞭然でしょう」


 額に右手を翳しながら、ジノは自分の席からドームの中を視線だけで見渡した。怒号のような野次を張り上げる者から、隣席同士で顔を見合わせる者、腕組みしながら小さく頷く者まで様々だが、誰も彼女の演説内容を否定することは出来ないだろう。彼女の言うことはいずれも間違いのない事実ばかりだからだ。


「無論、外縁星系コースト各国におけるテロ対策は継続されるべきです。しかし、いつまでも保安庁の力を頼みにしているばかりでは、連邦の負担は軽減されません。今後は外縁星系コースト各国が、自身の治安維持能力を強化する方向で対応すべきでしょう。ジャランデールは来年度の警察関連予算を倍増させる方針です」


 俄に騒然とし始めた議場をぐるりと眺め回してから、ジェネバはおもむろに両手を上げて、列席者に向かって開いて見せた。


「特別対策本部の設置は、あくまで緊急事態に対応するための非常措置であることを、議員の皆様には思い出して頂きたい。今後我々が取り組むべきこととは、まず特別対策本部を解散し、速やかに日常の回復に努めることです。かつてドリー・ジェスター師が唱えた、希望に満ちた人類の拡散を人々が再び目指すためにも、第一世代の皆様にこそ率先して範を示して頂くことを、外縁星系人コースターの一員として強く望むものでございます」


 ジェネバの演説を一言で言い表せば、特別対策本部が主導する現在の治安維持体制の撤廃ということになる。だが彼女は外縁星系コーストへの弾圧を糾すのではなく、むしろ銀河連邦と第一世代の負担軽減を中心に論を展開してみせた。特に窮屈な監視体制が続くことに不満を抱く層には、相応に響いたことだろう。


 ジノもこの一ヶ月、同様の論調で周囲に働きかけてきた。特にヘレ・キュンター一派の会合にはその後も足繁く通い、教えを請う体裁を取りながらも、辛抱強く持論を説き続けてきたのだ。どれほどの効果があったか確信は出来ないが、数名以上には理解を得られたという手応えは感じている。


 果たして、その後行われた特別対策本部の解散を問う採決は、賛成二十二、反対三十二という結果で終わった。


 特別対策本部による治安維持体制は引き続き継続と決まり、評議会後の帰途でジノは通信端末イヤーカフを通じてジェネバに詫びた。


「済まない、私の力が及ばなかった」


 オートライドの後部座席の中で、ジノは言葉通りに己の力量不足を痛感するように歯噛みしていた。だがジェネバの返信は、むしろ驚きと感謝に満ちていた。


「何を言っているんだい、投票結果が出たときのキュンターの狼狽うろたえぶりは見ていなかった? まさかキュンター派の半分も賛成票を投じてくれるとは思ってもいなかったよ。今回は残念だったけど、もう少し時間があればどうなっていたかわからなかった」


 それはむしろジェネバの演説に心動かされた議員が、少なからずいたということだろう。ジノはそう思っていたが、だからといって彼女の賞賛を頭から否定するほど無粋ではなかった。


「そう言ってくれると少しは気が楽になるよ。だが結果は結果だ。現状を変えることが出来なかった自分の力不足を、無視するわけにはいかない」

「安心しな。あんたは今回の採決で十分に存在感を示した。来年の今頃には、評議会でも一目置かれるようになる」


 ジェネバは確信に満ちた声でそう告げて、そしてさらに一言付け加えた。


「そのときには頼りにさせてもらうよ、ジノ・カプリ」

 彼女の思わせぶりな言葉には社交辞令以上の、どこかしら予言めいた響きを伴っているように思われた。その正体がなんなのか気になって、ジノは再び通信端末イヤーカフを通じて呼び掛けたが、既にジェネバとの通信は切れた後であった。



(実際のところ、ジノ・カプリはいい仕事をしていた)


 連邦評議会の様子をモニターしていたモートンの脳裏で、彼ではない異なる思念が囁きかける。その言葉に反応したのもまた、《クロージアン》として《繋がる》別の思念たちだ。


(私たちがキュンター派の議員たちに干渉しなかったら、ぎりぎりで賛成が上回るところだったからね)

(ジノ・カプリの説得が優れていたのもあるが、ヘレ・キュンターの求心力が見かけほどでなかったことも一因だな)

(彼の華々しいデビューを妨げてしまったのは心苦しいが、十分にその力量を見極めることが出来た)

(ジェネバ・ンゼマも見越している通り、いずれ現在の事態を収束させる際には、彼が必要になるね)


 全ての議員が退場してしまった評議会ドームの中は、先刻までの喧噪が嘘のように静まりかえって、場内には議席の影がさながら墓標のように連なっている。モートンの目の前で、薄暗い議場を様々な角度から映し出すホログラム・スクリーンの数々は、彼が右手をひと振りすることで一斉に掻き消えた。モートンはその場に立ちすくんだまま、四角い顎に指をかける。


「ジノの行動に掣肘をかけたまま、評議会は中断期間を迎えることが出来た。次はジェネバ・ンゼマのジャランデール帰国が転機になる」


 そのままの姿勢で、モートンは切れ長の目をそっと閉じた。目をつぶると、瞼の裏に浮かび上がるのは暗い闇ではなく、テネヴェ中を網羅するセンサーを通じて手に入る、この惑星のありとあらゆる光景だ。この惑星の機械と遍く《繋がっ》ている《クロージアン》の目と耳と鼻は、テネヴェ中を文字通り隅々まで監視している。モートンの意識野に投影されるいくつもの映像の中のひとつに、評議会ドームを退出したジェネバ・ンゼマを乗せたオートライドが軌道エレベーター地上駅へと向かう様子が映し出されていた。


 テネヴェは今どき珍しく、開拓初期に設置した軌道エレベーターを未だに稼働させている。軌道エレベーターはシャトル発着場が用意されればお払い箱となる場合がほとんどだが、テネヴェの場合はヒトとモノの出入りが銀河系でも群を抜いているため、軌道エレベーターも使用に回さなければとても捌けないのだ。既に最初の設置から三百年余り経つテネヴェの軌道エレベーターは、現役を保つために毎年入念なメンテナンスが欠かせない。


 ジェネバはこれから軌道エレベーターに乗ってテネヴェ第一宇宙港に向かい、ジャランデール行きの宇宙船に乗り込む予定であった。


「ジェネバ・ンゼマは今月末にはジャランデールに到着する。航宙局は彼女の乗る宇宙船の、中継星系での乗客貨物の乗り降りには目を光らせておいてくれ。シャレイドと接触するのはジャランデールだろうと見込んではいるが、その裏を掻いてくる可能性も捨てきれない」


 瞼を伏せたままモートンが発した言葉に、《クロージアン》に《繋がる》数多の思念のうちひとつは頷き、ひとつは航宙局の監視体制の確認に取りかかり、ひとつは揶揄を交えた反応を示した。


(君の記憶にある通り、逃げに徹するシャレイド・ラハーンディの補足は至難の業だな。過去の立方棋クビカの棋譜を振り返っても、相手の攻撃を躱して逃げ回りながら、機を見て鮮やかなカウンターを放つのが、彼の勝ちパターンだ)

「だが今の我々がシャレイドを探し出すには、あいつの勝ちパターンにあえて乗る、それしかない。シャレイドを見失っている時点で、我々は後手を踏んでいるんだ」


 顎先に触れていた指を離し、両腕を組む。やがて薄く見開かれた目の奥で、モートンのダークブラウンの瞳は、自らに絡みつく思念のしがらみの一本一本を見極めるかのように、あてどもなく周りを睨め回した。


「シャレイドが神出鬼没であるのはつまり、外縁星系人コースターの各組織間の連携を取るために動き回っているからだ。逆に言えば彼を拘束さえ出来れば、外縁星系人コースターたちの組織化は阻止出来る。後は今までと同じように、外縁星系コーストでも個々の反連邦組織をひとつずつ叩き潰していけばいい」


 モートンの脳裏をよぎるのは、かつてジェスター院の立方棋クビカ大会決勝戦で、シャレイドと対局したときの記憶であった。

 あのときは意図的に逃げ回るシャレイドの赤い駒をじわじわと追い詰め、包囲し、やがてゆっくりと締め付けていくことで、モートンは勝利することが出来た。現在の状況に似通うものがあると考えてしまうのは、《クロージアン》に《繋がって》もなお残る、モートンの感傷がもたらす錯覚にほかならない。


「ジェネバ・ンゼマは必ずシャレイドと接触する。その機会を絶対に見逃さないよう、徹底してくれ」


 錯覚を振り払うかの如く、モートンは自らに向かって念を押すようにそう言った。


 立方棋クビカ大会決勝戦と現状とは、決定的に異なる点がある。


 テネヴェでは万人を支配しうる《クロージアン》の能力も、極小質量宙域ヴォイドを隔てた先の世界までは及ばない。立方棋クビカの立方体のように、敵味方の駒の配置が全て見通せるわけではないのだ。

 果たしてシャレイドを追い詰めることが出来ているのかどうか、未だに判然としないという現状こそが、彼の狙いだろう。カナリーと共に飽きるほど対局した、シャレイドの棋風そのままだ。


 ジェスター院で何度も繰り返された対局を思い返しながら、モートンは傍らのデスクチェアの背凭れに掛かっていた黒い防水コートを手に取った。

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