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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第三部 叛逆者たち ~星暦八八〇年~
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【第二章 再会のとき】 第一話 寒波猖獗(1)

 極力照明を落とした、五、六名も入れば一杯になってしまいそうな薄暗い個室に、黒いシンプルなテーブルを囲むようにしてL字型に組まれたソファがふたつ。その片側でどっかりと腰を下ろした恰幅の良い中年の男が、琥珀色の液体に満たされたグラスを傾けている。


「近頃はどうにも息苦しくてかなわんな」


 恰幅の良い男の斜向かいには、彼と同年配のこちらは痩身の男と、ふたりよりもひとまわりは年下と思われる小柄な男が腰掛けていた。ふたりとも恰幅の良い男に付き合うように、同じ酒が注がれたグラスを手にしている。痩身の男の方がアルコールで一口喉を潤してから、恰幅の良い男の言葉に頷いた。


「まったくです。保安部隊の連中がこれ見よがしにうろつき回るものですから、堅気のお客さんは怖がって足が遠のいてしまって、我々としては商売あがったりですよ」

「そうだろうな。ここに来るまでも、街を行き交う人々の姿が随分と少なくなった」

外縁星系人コースターのテロ対策だってのはわかってるんですけどね。我々みたいな第一世代の星まで、こんなに厳重に監視する必要があるんですかね?」


 痩身の男は苦々しげな顔を見せると、再びグラスを呷った。その様子を見て、恰幅の良い男が宥めるように言う。


「トーレランス78便の悲劇からここ数年余り、外縁星系コースト内外を問わず連邦域内の各地でテロが相次いでいる。ゴタンだけ監視対象から外れるというわけにもいかんのだろう」

「それにしたって、去年辺りからの締めつけの厳しさは尋常じゃない」


 それまで黙っていた小柄な男が、いよいよ我慢しかねると言った体で口を開いた。


「うちの店の場合、これまでは週に一度の定期的な検査だったのが、去年から不定期の不意打ちばかり。ひどいときには週に三度も押しかけてきて、これじゃまっとうなお客さんまでいなくなっちまう」


 小柄な男の言葉を引き取って、痩身の男が厳しい表情のまま顔を突き出す。


「これは我々みたいな飲食業界だけじゃありません。ほかにも現像工房や流通関係者からも、監視が厳しすぎてまともに仕事することも出来ないって悲鳴が上がっています。私はゴタン産業振興会の一員として、議員には是非とも現状の改善を保安庁に訴えて頂きたいんですよ」

「まあ、落ち着きたまえ」


 議員と呼ばれた恰幅の良い男はそう言って、いきり立つふたりに向かって眉尻を下げた鷹揚な笑顔を見せた。


「私が保安庁に何か言っても、ゴタン国民議会議員の身では残念ながら門前払いが関の山だ。それよりも先日選出された評議会議員、彼のことは覚えているかね?」


 議員の問いかけに対してふたりは一瞬怪訝な顔を見せる。先に答えたのは小柄な男だった。


「議員が支援していた、あの若者ですよね。まだ三十手前で大したものだとは思いましたが」


 その答えを聞いて、議員は肉付きの良い顎を満足そうに頷かせる。


「彼はかねてから連邦の外縁星系コースト対策について疑問を抱くひとりだ。本当はあと三年は現場で経験を積むつもりだったらしい。だが君たちの言う通り昨今の保安庁の横暴が目に余り、前倒しで評議会議員選に立候補したというわけだ」


 議員の言葉に痩身の男も小柄な男もほう、という表情を浮かべる。実際のところ、保安庁の強権に対して真っ向から異を唱えることの出来る人間は少ない。全て『外縁星系人コースターのテロ対策』という言葉ひとつで黙らせられてしまうのが、現状だ。公的な身分の中にそういう人物が現れるのは、それだけでふたりにしてみれば光明であった。


「多少理想主義的なところはあるが、芯の通った見所のある男だ。彼が連邦評議会で活躍するまで、もうしばらく見守ってやってくれないか」

「議員がそう仰るのであれば」

「保安庁の連中を黙らせてくれるのなら」


 仕方ない、という雰囲気が室内を満たす。元々ふたりとも、この会合で何が変わるということを本気で考えていたわけではない。不満を抱える仲間たちに突き上げられて、議員に対して少しでも訴えたという事実を求めてのことである。新たな評議会議員の人となりに希望が見出せただけでも、十分な成果といえた。議員にしても、ふたりがそれで満足するだろうことは承知している。


 三人がグラスを掲げて乾杯を交わそうとする、そのときだった。


 俄に個室の外で騒がしい音が響くのが聞こえた。最初、遠くから聞こえるように思えたその物音は、やがて彼らのいる個室へと迫るように徐々に大きくなっていく。不穏な気配を察して痩身の男が通信端末イヤーカフに耳を伸ばそうとしたのと、個室のドアが乱暴に開かれたのはほぼ同時だった。


「動くな!」


 反論を許さない、大上段からの命令口調と共に、狭い室内へと数名の人影が雪崩れ込んだ。乱入者は男女様々だったが、全員が黒を基調とした制服のように統一されたスーツに身を包んでいる。そのいずれの手の中にも携帯型の神経銃があり、全ての銃口が三人の顔に突きつけられた。


「なんだ、これは!」


 銃口の列を前にして怒りの声を上げる議員に対して、ショートボブに切り揃えられた黒髪の女が場違いに艶やかな唇を開いて、無味乾燥な口調で答える。


「我々は連邦保安庁です。議員、あなた方には銀河連邦に対する反社会活動の容疑がかかっています」

「反社会活動だと……濡れ衣だ!」

「拘束しろ」


 それ以上議員の言い分を聞く素振りすら見せず、保安部隊は室内にいた三人を立たせようとした。彼らに抵抗しようとした議員は振り回した手首をあっさりと掴まれて、壁に押しつけられながら後ろ手に電子手錠を掛けられてしまう。その様子を見ていた痩身の男は顔を青ざめさせて、されるがままに拘束された。

 小柄な男は、無言でじりじりと壁際に後退っていた。彼はしばらく銃口をつきつける面々を睨みつけていたが、ドアの入口に立つひとりを横目で見ると、不意に手にしていたグラスを中身ごと投げつけた。一瞬相手が怯んだ隙を逃さずに部屋の外へ駆け出そうとするが、ショートボブの女が手にしていた神経銃の銃床を後頭部に振り下ろされ、そのまま悶絶して床に崩れ落ちた。


「よし、連行しろ」


 ショートボブの女は、どうやら保安部隊のリーダー格らしい。彼女が下した指示に従って、ほかの面々は三人を銃で突きつけながら、あるいは両手両脚を掴んで抱えながら、室外に運び出していく。最後に残った女は、全員が出払ったのを確認してからひととおり室内を見回すと、耳朶に装着された通信端末イヤーカフに手を添えた。


「容疑者三名、無事に確保しました」


 通信端末イヤーカフを通じて、女は状況を簡潔に報告する。現場を立入封鎖し、鑑識用のドローンは既に手配済みであることを告げた彼女は、最後に定型の連絡文を口にした。


「フランゼリカ・ゲラント捜査官、これより本部に帰投します」

 

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