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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第一部 スタージア ~星暦七八一年~
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第三話 スタージアン(2)

 シンタックはなんと言って答えればよいのかわからなかった。ただ所在なく、今さらのように周りの埃を払う振りをする。だがそんな真似をしても彼の複雑な胸中が誤魔化せるわけではなかった。

 ドリーが少年の顔を覗き込むようにして尋ねる。


「もしかして、リュイの気持ちが自分に向いているって知らなかったの?」


 ドリーの顔をまともに見返すことができず、シンタックは両手で自分の顔を挟み込む。そのまま両の頬を持ち上げてしまいそうな勢いで頭のてっぺんまで滑らせて、さらに頭を掻きむしった。


 ドリーは呆れ顔でシンタックを見下ろしている。


「彼女とちょっと話しただけの私にだってわかったよ。知らないわけないよね。わかっててヨサンのアプローチに手を貸したんでしょう」

「そうかもしれないと思うことはあったけど、そこまで意地が悪いわけじゃない」

「ふうん」


 シンタックの返事を聞き流しながら、ドリーはくるりと背を向けた。


「でもまあ、良かったんじゃない。もし先にあなたがリュイと付き合い始めていたら、かえって辛くなるし」


 ドリーは横顔だけこちらに向けて、そう言った。


「どういうこと?」

「だって《スタージアン》になったらもう、スタージアから離れることはできないのよ。あなたと付き合っていたら、彼女までスタージアに縛りつけることになる」

「《スタージアン》?」


 スタージアの住人という意味のはずのその言葉にそれ以上のニュアンスが込められているように思われて、シンタックは思わず聞き返した。

「そんなことまで忘れちゃったの?」


 ドリーが驚いたように振り返った。


「私とあなたが《繋がった》先、よ。この博物院、いえ、スタージアを構成するヒトだけじゃない、ありとあらゆる計算資源とも精神感応的なネットワークで結ばれている。その中にはあなたの大好きな《原始の民》の時代から蓄積されているデータベースも含まれているのよ」


 身振り手振りさえ加えて熱弁するドリーを、シンタックは少し呆けたように見上げていた。彼女に言われてようやく思い出したのだ。


 そうだ、自分が繋がった存在の名は、《スタージアン》というのだ。だがそれで彼の内心にわだかまるものが氷解したわけではなかった。むしろはっきりと形の見えた存在に対する不安が、シンタックの口から思わず漏れ出る。


「やっぱり僕は、ヒト以外のモノとも《繋がった》んだ」

「なに、もしかして《オーグ》の話を信じてる口?」


 ドリーは今度こそ侮蔑を隠そうともせずに言い放った。


「あんな子供騙しを信じている人が《スタージアン》に招かれるなんて、採用の間口は思ったよりもずっと広いみたいね」

「そうじゃない。僕だって《オーグ》についてどうこう思ってるわけじゃない、ただ」


 シンタックは一瞬言い淀み、だがすぐに言葉を紡ぐ。


「リュイやヨサンが知ったら、なんて思われるか」


 それが怖い。

 昨晩から胸の内を占める落ち着かない気持ちの正体が、ようやくわかった気がした。

 リュイがシンタックに寄せる気持ち、そのせいでヨサンの想いが宙ぶらりんになってしまったこと、彼らふたりきりのやり取りを図らずも覗き見る形になったことよりも、ヒト以外のモノと《繋がる》ことでそれら全てを知り得たという事実。


 とても、彼らには打ち明けられない。


「君は《オーグ》なんて笑い飛ばすだろうし、僕だって興味の対象以上の感想はない」


 だがリュイが聞けば、きっと顔を引き攣らせながら後ずさるだろう。リュイだけではない。そういう反応を示す人の方が圧倒的多数であることは間違いないのだ。

 シンタックの懸念が理解できたのか、ドリーもそれ以上彼を煽る真似をしようとはしなかった。彼女は常識を知らないわけではない。ただ、興奮すると常識を脇に置いてしまいがちなだけなのだ。


 午後の木漏れ日がところどころに落ち込むなか、シンタックとドリーはしばらく無言のままでいた。

 ひたすらに流れ過ぎていくように思えた時間は、小径から現れた一組の少年少女によって中断された。おそらくシンタックたちと同じ、巡礼研修の参加者だろう。仲睦まじげに談笑していたふたりは記念館の前に先客がいることに気がついて口をつぐんだ。シンタックとドリーの間に漂うただならぬ雰囲気を察したのか、ふたりはなるべくこちらと目を合わせないようにしながら、シンタックが腰掛ける脇を通り抜けて階段を足早に駆け上がっていく。

 彼らが記念館の中に入っていくのを横目で見届けてから、ドリーは再び口を開いた。


「巡礼研修の最終日には、博物院から正式な勧誘があるはずよ。博物院生としてスカウトしたいって」


 木々の合間から覗く青空を仰ぎ見る少女の顔は頬が上気して、期待が滲み溢れている。


「そうしたらまた《繋がる》の。今度はもっと深いところまで」


 ドリーはスタージアンになることについて躊躇いがない。それに比べるとシンタックはまだそこまで思い切れていなかった。浮かない顔のシンタックを見て、ドリーは恍惚とさせていた表情を急速に消し去っていく。やがてここに現れたときと同じ無表情に戻ると、少女はまっすぐにシンタックの顔を見つめて言った。


「だから、大事な人には今のうちにちゃんとしておきなさい。私にはそんな相手はいないけど、あなたにはいるんでしょう」


 そう言い残すとドリーは再び踵を返し、そのまま小径へと向かっていった。足取りのしっかりした彼女の後ろ姿が、やがて小径の緩やかなカーブに隠れて見えなくなる。なんだか彼女の背中を見送ってばかりだ。シンタックはひとりごちながら、ようやく重い腰を上げる。

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