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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第三部 叛逆者たち ~星暦八八〇年~
69/223

第一部より百年足らず、第二部からは二百年ほど後のお話になります。

 果てしない虚空が広がると思われる宇宙にも、範囲を区切ってみればそれぞれの間に明確な質量差が存在する。その中でもある一定の基準値以下、観測上は質量ゼロに等しい宇宙空間の範囲を、極小質量宙域ヴォイドと呼ぶ。


 人類が銀河系規模での活動をするために欠かせない恒星間航行では、恒星間の距離を結ぶ超光速トンネルの入り口であり出口でもある極小質量宙域ヴォイドの確保が不可欠だ。だが無限に広がるかに思える宇宙空間であっても、質量が基準値を下回る宙域の発見は難事業であり、それだけに発見者には巨額の富がもたらされると噂された。宇宙開拓が盛んだった時代には、極小質量宙域ヴォイドを求めて一山当てようという野心家が、相次いで宇宙に飛び立ったという。



(《オリジナル・ヴォイド》の無人観測機が、《星の彼方》方面より微弱ながら電波を探知した)


 スタージア博物院長アンゼロ・ソルナレスがその報せを受けたのは早朝、スタージア博物院公園敷地内のさらに奥深くに生い茂る森林緑地の中、記念館と呼ばれる年代物の建物周りを散策しているときのことであった。


 彼は博物院長となる以前から、この時間の公園をひとりで廻ることを日課としている。


 何代か前の博物院長シンタック・タンパナウェイがまだ《スタージアン》ですらなかった頃、この記念館の前でドリー・ジェスターという才媛との逢瀬を楽しんだという伝説が、まことしやかに語られている。

 実際には逢瀬などという艶っぽさと無縁な、どちらかといえば殺伐とした会話だった。《スタージアン》の中に蓄積された記憶をたぐり寄せて、ソルナレスはシンタックの体験を己のものとして体感している。

 だがシンタックの記憶にあるドリー・ジェスターという女性は、ソルナレスには極めて魅力的に映った。《スタージアン》の正体を見抜いた上で、敢然と立ち向かおうという気概と頭脳を兼ね備えた女性の、若かりし頃の姿を追憶する。それは《スタージアン》となったソルナレスにとって、彼の極めて個人的な趣向を実行できるささやかな時間であった。


 そんな彼の貴重な時間が、直接思念に突き刺さるようにして届いた急報に打ち破られてしまったことに、ソルナレスはわずかに眉をひそめた。


(《星の彼方》方面で、今まで目立った恒星活動は観測されていないね)

(人工的な電波である可能性は十分有り得る)

(まだ探知したのは無人観測機一機だけだ。ほかの観測機もよこして監視を強化しよう)

(最悪の可能性は想定するべき。これまでの対策案を掻き集めて、それぞれの実現可能性について総ざらいしましょう)


 彼の頭の中を、彼に《繋がる》人々の思考が嵐に勝る勢いで渦巻き、通り過ぎていく。

 ソルナレスだけではない、千とも万ともつかない思念と思念が交錯し合って、様々な意識や思考が産み出されて、やがて融合していく。今現在、《繋がって》いる人々に限らない、過去六百年以上に渡って蓄積されてきた記憶・知識・思考も交えて、この事態への最適解を求める検討がなされているのだ。


 惑星スタージアの住人二千万人の大半は精神感応的に《繋がり》合い、《スタージアン》を形成している。その中にあって、ソルナレスはただ『博物院長』という名のついたひとつのパーツに過ぎない。

 博物院長などという役職は《スタージアン》の誰が就いても変わりがないはずだが、彼が選ばれた理由とは単純に、万人受けするであろう経歴と容姿によってであった。


 肩まで伸びた長い金髪はうなじの後ろで無造作に結わかれ、血色の良い白い肌に彫りの深い顔立ち、柔和な雰囲気を醸す金色の瞳。長髪に比べれば刈り揃えられた顎髭が、面長の輪郭を象っている。長衣をまとった均整の取れた長身と相まって、会う人が親しみと畏敬という相反する感情を抱くことを可能にする、バランスの取れた容貌。成人して姿形が定まった頃から、彼の前には将来博物院長となるべき人物に相応しい経歴が用意されてきた。

 そして三十八歳となったこの歳、ソルナレスは予定調和的に博物院長の座に収まった。つい三ヶ月前のことである。


「ソルナレスが博物院長になった途端に銀河系が乱れた、などと言われるのは御免被りたい。然るべく対処しないとね」


 記念館の周りの小径を踏みしめながら、ソルナレスの口からそんな言葉が囁かれた。


 彼の言葉は瞬く間に全ての《スタージアン》の思念に伝わって、共鳴を促す。その言葉を発した瞬間はソルナレス個人の言葉だったとしても、彼個人のもののままでいることは許されない。彼が口を開いたのとほとんど同時に、全ての《スタージアン》が彼の想いを共有し、もはやソルナレスにも自分が発した言葉なのかすら判然としない。


 誰よりもソルナレス自身が《スタージアン》になって以来、己の言葉かどうかなどということを意識すらしたことがないのである。

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