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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第二部 魔女 ~星暦六九九年~
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【第三章 開花】 第一話 銀河連邦の樹立(3)

 オーディールが唱えた『種播きの歌』を、ふたりは今や生来の能力のように体得している。


 正確には、精神感応力の本来の使い方を思い出した、と言うべきかもしれない。


 相手の心を読み、いくつもの思考や感情の存在を把握して、その中のひとつを後押しする。ヒトの精神に干渉するということは、つまりそういうことだ。

 どんなヒトの精神にも、数え切れないほどの選択肢が存在する。彼女たちがそれまで駆使してきた読心能力は、その選択肢の大小や強弱を理解するためにあった。だが彼女たちの精神感応力は、その先を促すことが可能だった。

 沢山の選択肢の中から任意のひとつを摘まみ上げて、そのヒトの精神の表層まで押し上げる。それがどんなにささやかのものであったとしても――例えるなら深海では米粒大に過ぎない気泡が、浮かび上がるにつれて直径を増し、海面に達する頃には大きな泡となってやがて爆ぜるかのように、精神への干渉とはかくも容易い。


 そのことを、彼女たちはそれまで意識していなかった。


 だが今となっては意識してなかっただけであるということは、イェッタもタンドラも自覚している。


(最初にディーゴを魅了出来たのも、ヴューラーやキューサック御大を説得出来たのも、きっと無意識にこの力を使っていたせいなんだろうね)


 タンドラが吐き出した言葉には、自省以外にも言葉に出来ないやり切れなさが滲み出ている。ヒトの精神に及ぼす干渉力までも自分たちの能力なのだと開き直るには、まだタンドラもイェッタも割り切れていなかった。


 中央科学院近くのホテルの一室で待機しているタンドラに対して、イェッタの思念は努めて冷静に振る舞おうとする。


(含むところはあるけれど、今はこの力を活かすしかないわ。むしろ、今使わないでいつ使うの?)

(そうだね。今がその時なのは確かだ)


 イェッタの目の前では今、各国の代表が集う準備委員会でまさに本拠地に関する採決が行われていた。候補地として挙げられたのはやはり、テネヴェとローベンダールだった。委員会の運営役であるイェッタはヴューラーの背後の席に着席したまま、各国代表たちの思考を探ることに専念する。


(二十対十八。テネヴェが僅差で上回っているわ。無理矢理色分けすれば、だけど)


 代表たちの中には周囲の顔色を窺いつつ、直前まで決断を迷う者も少なからずいる。まさに強国の間を上手に立ち回ろうとする、独立惑星国家の計算そのものだ。


(チャカドーグーは?)

(一応ローベンダールに投票するって話はついているらしいけど、案の定まだ迷ってる)

(じゃあ、テネヴェに入れるよう後押ししてあげて。チャカドーグーには悪いけど、ローベンダールの怒りの矛先を引き受けてもらおう)


 タンドラの指示にイェッタは内心で頷きつつ、チャカドーグー代表の精神に干渉する。彼の中ではどちらの選択肢も五分五分に近いレベルだったので、どちらかに意識を向けさせるのは簡単な話だった。同じように逡巡している代表たちの精神に手を伸ばして、イェッタは次々と彼らをテネヴェに投票するよう仕向けていった。

 採決の結果はテネヴェに二十一票、ローベンダールに十七票が投じられ、イェッタたちの思惑通りに銀河連邦の本拠地にはテネヴェが選定された。採決後にローベンダール代表がチャカドーグー代表を見る目には、露骨な敵意が込められていたことまで織り込み済みだ。


(いっそ毎回こうして干渉出来るなら、楽でいいんだけど)


 イェッタが思わず漏らした言葉に、タンドラの思念が諭すように言った。


(私たちの手が届かない場面は必ずあるよ。だから、今日のようなアントネエフやジェスターへの事前の根回しも、こうして決を採る形式も必要なんだ。結果的に私たちが干渉することになったとしてもね)

(そうね、わかってる。言ってみただけ。私たちの手が及ぶ範囲は、まだまだ狭い)


 己に言い聞かせるように、イェッタは呟いた。


 閉会に向かいつつある準備委員会の会場のざわめきの中で、イェッタは少しだけ瞼を閉じる。銀河連邦を発足させるに当たり最後の課題をクリアして、後は具体的に準備を進めていくだけとなった。にも関わらず、長い睫毛が伏せられた彼女の顔に、晴れやかな表情はなかった。

 ここまで全力で駆け抜けてきたが、一段落を迎えたところでイェッタの胸中に湧き上がったのは、銀河連邦とは全く関係のない、ささいなことであった。


(ねえ、タンドラ)


 そう尋ねる彼女の思念からは、どこか弱々しささえ感じられる。


(ロカもそうなのかしら)


 ホテルの一室の中で、タンドラはすぐには返事が出来なかった。それは彼女自身考えないようにして、だが心の奥底でずっと引っ掛かっていた疑問だったからだ。


(私たちを支えていくという、あのロカの言葉も、やっぱり私たちが無意識に干渉したからなのかしら。私たちのこの力が、ロカにあの言葉を言わせたのかしら)

(……どうなんだろうね。ヒトの精神に干渉した痕跡ってのは、余程露骨なものじゃない限りは読み取れない。ましてやあの頃の私たちは、この力を意識してなかった。今さらロカの心を覗いてみても、確かめることは出来ないだろうね)

(彼は私たちの中にディーゴが残っていることを信じている、と言ったのよ。だから私たちを支えると。その言葉すら私たちが言わせたのかもしれないのだとしたら、私たちは他人の何を信じればいいの)


 タンドラは答えられない。イェッタと一心同体の彼女に、答えられるはずもない。そしてイェッタがぽつりと口にした言葉もまた、タンドラの想いと等しかった。


(私たちはもう、《繋がった》者しか信じることが出来ないのかもしれないわね)



 ミッダルトで開催された準備委員会からおよそ三年後、銀河連邦はついに正式に発足する。

 発足当初の加盟国は三十八。連邦評議会および常任委員会本部はテネヴェに設置され、初代の常任委員長にはテネヴェ市長を辞したグレートルーデ・ヴューラーが選出された。

 イェッタ・レンテンベリも銀河連邦発足と同時にテネヴェ市民議会議員を辞任し、常任委員長の輔弼機関となる銀河連邦事務局の初代局長に就任することとなった。

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