【第二章 邂逅】 第五話 種播きの歌(3)
スタージア宇宙港は銀河系人類社会でも最古の歴史を誇る。多くの巡礼客を迎えるという目的のため、その規模は銀河系でも有数とされるにも関わらず、周辺宙域には入港待ちの宇宙船が溢れかえっていた。今年で四百周年という記念すべき年を迎える祖霊祭に参加するため、各国から例年をはるかに上回る出席者たちが殺到しているのである。スタージア博物院から公式に招待された人々は一般客に優先されてはいるものの、宇宙船が港内のドッキングポートまでたどり着くまで十時間待ちなどはざらであった。
待機中の公人たちは、ただ宇宙船の中で暇を持て余しているわけではない。銀河系中の要人たちがこれだけの数、一星系内に会する機会はなかなかないのだ。待機中の宇宙船たちの間では暗号化された通信が頻繁に飛び交い、彼らは直接対話する絶好の機会を最大限に活用している。中には入港時間をわざわざ遅らせて、通信による会談を優先させることも珍しくない。
ローザン・ピントンは自身が乗り込む宇宙船の一室で、デスクの上に立てかけられたポータブルの透過パネル型端末に目を向けていた。画面には彼がテネヴェで見惚れた美しい女の顔が映し出されている。美人との通信は眼福と嘯きながら、ピントンは目尻を下げたままパネル越しにイェッタと向き合っていた。
「では、テネヴェは惑星国家スレヴィアに対して、銀河連邦結成への協力を要請すると」
ピントンは相好を崩したまま、そう言ってイェッタとの会話の内容を確認した。
「ピントン様の仰る通りです。スレヴィアには是非、前向きに検討して頂けることを期待しております」
画面の中のイェッタが穏やかな微笑をたたえながら、ピントンの言葉に頷く。ピントンはこめかみを肉付きの良い人差し指で掻きながら尋ねた。
「スレヴィアはローベンダール惑星同盟の加盟国です。ほかの加盟国を無視して勝手な行動を取るわけにはいかないだろう……そうお考えにはならないので?」
「その点はご安心下さい。本件についてはローベンダール、イシタナ、タラベルソなど、ローベンダール惑星同盟の加盟国に全て、個別に要請を出しております」
それまで細められていたピントンの目が、わずかに見開かれる。彼の表情の変化を知ってか知らずか、イェッタは微笑を保ったままに形の良い眉をひそめた。
「むしろスレヴィアへの申し出がこうして最後になってしまったこと、お詫び致します。本来でしたらテネヴェと付き合いの深いアントネエフ卿にこそ、真っ先にお願いするべきでしたのに」
「いえいえ、お気遣いなく。貴国の申し出については主人に間違いなく伝えること、約束します」
「アントネエフ卿には是非にと、よろしくお伝え下さい」
最後まで穏やかな笑みを口元に浮かべたまま、イェッタの顔が画面から掻き消えた。
通信を終えたピントンの目には、透明になったパネルを透かした向こうで、太い両腕を組んで彼の顔を見据える主人の姿が映る。アントネエフはこれ以上ないというほどの渋面で、腹心の部下に尋ねた。
「テネヴェの、あの前市長と接触していたのは、ブリュッテルだけではなかったということか」
「そのようですな。ローベンダール、イシタナまでは把握しておりましたが、スレヴィア以外の全てに接触済みとは想定外でした」
「あの女、よくもまあぬけぬけと、ご安心下さいなど言ってのけるものだ。ピントン、お前が言った以上の食わせ者だぞ」
苦虫を噛み潰したような顔で、アントネエフが憎々しげに言葉を吐き捨てる。ピントンは細い眉根を寄せながら、懸念を口にした。
「ローベンダールやイシタナはともかく、タラベルソは我々の同志のはず。にも関わらず、キューサック・ソーヤ氏の訪問について報告がなかったことが気に掛かります。案外、あのモトチェアの老人の口車に乗るつもりなのかもしれません」
「そんなことが有り得るか」
「現在の同盟の枠組の中では主導権を握れない国が、銀河連邦という新しい枠組の中でなら逆転を狙えるかもしれない。そんな機会が巡ってきたとしたら、バジミール様ならいかがしますか?」
ピントンの問いかけに、アントネエフは張り出した顎先に手を当てて唸る。だが主人が太い眉をしかめて悩む姿を見せても、ピントンは暢気な口調で「案ずることはありませんよ」と断じた。
「テネヴェは今回の祖霊祭で、各国に銀河連邦構想への参加を呼びかけるつもりでしょう。ですがどれほどの賛同が集められるか、そこからして怪しいところです」
「しかしお前が先ほど言った通りにタラベルソや、もしやローベンダールにイシタナまで参加すると知れば、ほかの独立惑星国家たちが一斉に靡く可能性はある」
「そうです、その可能性はあります。ですが我々は今、ローベンダールやイシタナに先駆けて、その場合に対処できる立場にあります」
ピントンは特に「今」という単語を強調した。腹心の意図を察して、アントネエフのひそめられた太い眉根が俄に開く。
「今ここに、惑星同盟の代表としているのは、私だ。ローベンダールもイシタナも、誰も送り込んではいない。予めスレヴィア派を増やすことが出来るチャンスが、我々にはある」
「そういうことです。各国の代表に直接声を掛けることが出来るのはテネヴェだけではない。我々もまた同じ立場なのですよ」
ピントンの無邪気なほどの笑顔に対して、アントネエフは大きく頷いた。
「入港まではまだ時間があるな。まずはチャカドーグーに連絡を取れ。あの首相なら、尻尾を振って我々の下につくだろう」
主人の指示が下されるや否や、忠実な腹心は早くも透過パネル型端末の上に指を走らせていた。