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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第二部 魔女 ~星暦六九九年~
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【第二章 邂逅】 第三話 オーディール(3)

(そんなに簡単に諦めないで下さい)


 不意にオーディールの声が近くなって、目を開くと、ほんの鼻先に少女の顔があった。驚きの余り飛びずさろうとしたイェッタの手首を、オーディールの腕が掴む。


(お待たせしました。本題に入りましょう)

(本題?)

(あなたたちがわざわざスタージアにまで足を運んだ、本当の目的について、ですよ)


 そう言うとオーディールはイェッタの手首を離し、両手を伸ばしたまま長衣の前で合わせた格好で、一見して無邪気な笑顔を向けた。


(銀河連邦とは面白そうですね。いいでしょう、私たちも協力しましょう)


 最初、イェッタはオーディールが何を言っているのかわからなかった。

 少ししてから彼女の言葉の意味を理解して、だが驚くよりも訝しく思う気持ちが先に来る。

 思念同士の直接対話というこの状況で、イェッタはオーディールが何を考えているのか、交わされた言葉以上に知ることが出来ない。一方でオーディールは、イェッタの意思など関係なしに彼女の思考を傍若無人に読み取っている。このことに気がついた時点で、そもそも対等でないということを悟るべきだった。いずれにせよ、疑問は口にして問うしかない。


(随分と話が早いわね。でも、どうして?)


 するとオーディールは愉快そうに笑ってから、イェッタの目を覗き込んだ。


(簡単な話です。ディーゴ・ソーヤが死の直前に、ロカ・ベンバと交わした会話を覚えてますか?)

(直前に?)

(これまでスタージアに手を出すことは禁忌タブーだった、という話ですよ)


 イェッタと目を合わせたまま、視線を軸にするようにして、オーディールの姿勢が上下逆さまへとゆっくり回っていく。彼女の小柄な体躯につられて、ゆったりとした長衣が優雅にはためく。回転しながら見つめ合う形になって、少女の瞳の色が灰色だということに、イェッタは初めて気がついた。


(私たちに遠慮しているのか、それとも互いに牽制し合っているのか。どういうわけかこれまでスタージアに手を出そうとする勢力がいなかった、それだけの話なんです)


 完全に逆さまになったオーディールが、屈託のない表情でイェッタに笑いかける。


(それはそれで、人類の歴史の在り方だったということなのでしょう。私たちから、あえて手を差し伸べるつもりはありませんでした。でももし協力を求められるのであれば、応じることにやぶさかではありません)


 その笑顔には、とても裏表があるようには思えない。こうして思念が直接通い合う状況下で、意識の表と裏の区別がそもそも有り得るのだろうかという疑問が、ふと脳裏をよぎる。イェッタは頭を振って余計な考えを振り払いつつ、もうひとつ思い浮かんだ疑問を口にした。


(どうしてスタージアは、あなたたちはこれほどの力を持っているというのに、何もしようとしないの)


 スタージアは銀河系人類社会に野心を持たない。その理由を、かつてディーゴは明快に言い切ってみせた。だがそれは、スタージアのこの途方もない《繋がり》の存在を考慮していない。イェッタたちの精神感応力など軽く凌駕するこの力を持って、なお一星系に閉じこもり続ける理由がわからない。


(ディーゴの言う通りですよ。何もする必要がないんです)


 オーディールは視線を軸にした回転を止めず、そのままゆっくりと正対の位置に戻りつつあった。


(私たちの目的はただひとつ。人類が紡ぐ歴史を眺め、産み出される叡智を蓄積することです。そのためには銀河系の片隅にひっそりと永らえているのが最適でした)


 やがて元通りに向き合った少女は、身を乗り出すようにして灰色の瞳にイェッタの姿を映し出す。


(でも、ついにあなたのように、スタージアに積極的に関わろうという人が現れました。それを拒むつもりはありませんよ。私たちの存在も含めて人類の歴史であるということは、承知しています。むしろ今後、私たちに関わった上で人類がどのような歴史をたどるのか、関心は尽きません)


 少女の言うスタージアの目的は、余りにも浮き世離れしていて、到底納得できるものではなかった。釈然としない面持ちのイェッタを見て、オーディールはとっておきの秘密を打ち明けるかのように片目をつぶってみせた。


(ぴんとこないという顔ですね。ではもっと直接的な理由を教えましょう。あなたもよくご存知の通り、この《繋がり》は一星系を飛び越えることは出来ません。また《繋がり》を増やすにつれて、膨大な計算資源を消費することになります。つまり星系外に力を振るうことは、物理的に不可能なのです)


 少女の物言いに引っかかるものを感じたが、イェッタにとっては頷ける回答なのも確かだった。オーディールたちの《繋がり》もまた、イェッタとタンドラ、そしてディーゴを結びつけていた《繋がり》と同じく、星系を跨ぐことは出来ないのだ。そして数を増やすほどに必要となる機械との接続。このスタージアに計算資源たり得る機械がどれだけ存在するのはわからないが、入植して百年余りのテネヴェが匹敵することはないだろう。

 スタージアの住人に到底及ばないイェッタたちが、数多あまたの独立惑星国家を糾合して銀河連邦を打ち立てようとしている。果たしてオーディールの目にはどれほどの暴挙に映って見えることだろうか。


(それこそまさに、私たちが興味を抱くところです)


 オーディールの隔意のない言葉は、かえってイェッタの神経を逆撫でする。


(興味って? どういう意味かしら)

(私たちよりもはるかに劣る力しか持たないあなたたちが、いかにして銀河連邦を築こうというのか、という興味ですよ。だって、普通に考えれば妄想の域を出ない話ですから。これまで人類の歴史を追い続けてきた私たちにとっても、あなたたちがどのような道をたどることになるのか、目が離せません)

(……あなたたちにしてみれば、私たちは単なる観察対象に過ぎないというわけね)


 イェッタは無意識に奥歯を歯軋りさせながら、険しい目つきでオーディールの顔を睨み返した。


(でもあなたたちと違って、私たちは()()()()()()()()。放っておけばいずれテネヴェはローベンダールに呑み込まれてしまう。あなたたちの思惑はどうあれ、銀河連邦の成立に向けて突き進むしかないのよ)


 目の前で両脚を抱えながら浮かぶ少女には、百も承知なのだろう。だがイェッタは言わずにはいられなかった。


(それに、あなたたちにはほかに頼るものもなかったのでしょうけれど、私たちはスタージアを、あなたたちを利用することが出来る。これは大きなアドバンテージだわ)


 オーディールは声を発することなく、全てを見透かしているかのように目を細めている。その表情に苛立ちを駆り立てられたイェッタが、さらに何かを言い返してやろうと口を開きかけた瞬間、それまで固定されていたかのような周囲の景色が唐突に流れ出した。


 いつの間にか少女は目の前から姿を消し、地上に見える肉体の元へと急降下している。あっと思う間もなく、イェッタの目線もするすると高度が下がっていく。落ちる、という感覚もない。


 気がつくと、イェッタは当たり前のように待合席に腰掛けていた。



 ロビーを行き交う人々の喧噪が五感にこだまする。やけに目がちかちかして、耳に響く声が騒がしい。周囲の人々の目に見える言動だけでなく、思考や感情までがイェッタの意識野に届くようになったという証しだった。


「協力すると決めた以上、出し惜しみをするつもりはありません」


 イェッタの隣りにはまだ、オーディールの姿がある。両手を合わせてそう口にする彼女の姿は、垢抜けない中等院の学生と何ら変わりがなかった。だがその外見に反して、言葉にする内容は生臭い。


「来年の祖霊祭は四百周年を記念した、大規模なものになります。参列する各国首脳の数も最大になる予定ですから、この場を利用しない手はないでしょう」


 まるで思いついた悪戯の出来映えに心躍らせているかのような少女を、イェッタは毒気を抜かれた体で眺めていた。先ほどまで思念を突き合わせていた彼女に比べて、目の前のオーディールはいかにも幼い。ひょっとしたら夢を見ていたのかもしれないという気がして、イェッタは思わず瞼を擦った。


「ヒトの意識や感情というものは、言動を伴うことで初めて形を成すんです。裏側ばかり目を向けてわかった気でいると、思わぬ足元を掬われますよ」


 イェッタの思考に対して、オーディールが当然のように言葉を返してくる。間違いなくこの少女は、思念となって宙を舞っていたあのオーディールだ。イェッタが「ご忠告、痛み入るわ」と答えると、オーディールは白い歯を見せて笑いながら立ち上がった。


「そうそう、博物院長とはすぐに面会できるように手配しておきました。あなたにとっては二度手間かもしれませんが、形式というものも大事ですから。お供の彼の前ではぼろを出さないように、気をつけて下さいね」


 賢しげに忠告するオーディールは、ティーンエイジャーが年上ぶって背伸びしているようにしか見えなかった。最後に右手を軽くこめかみに当てる、敬礼のようなポーズをとって、オーディールはイェッタに別れを告げた。


「それでは博物院で、《スタージアン》一同お待ちしています」


 そう言うとオーディールはくるりと踵を返し、あっという間にその場から離れていってしまった。年相応の溌剌とした足取りの彼女の背中が人混みに紛れてしまうのと入れ替わりに、ロカの長身が姿を現した。両手にはそれぞれストローの刺さったドリンクボトルを手にしている。イェッタの前に立ったロカは、おもむろに右手のボトルを差し出した。


「途中のカウンターでスムージーを買ってきた」


 気付け代わりのつもりなのだろうが、それにしてもスムージーという選択はいかがなものか。イェッタはそう思ったが、口にせぬままに受け取った。そのままロカは、先ほどまでオーディールが腰掛けていた席に腰を下ろす。


「思いのほか時間がかかって済まなかった。だが朗報もある」

「なにかしら」

「博物院長との面会だが、ちょうど良いタイミングでアポが取れた。博物院に着いたらそのまま院長室まで直行できるぞ」


 喜色を浮かべてそう語るロカの顔が、言い終えてから渋面になった。


「そんなことは目が合った瞬間にわかってるんだったな。しかしこれでは、いちいち報告することもなくなってしまう」

「いいのよ、それで」


 イェッタはスムージーのボトルを両手で抱えながら言う。


「ヒトの気持ちは、言葉になるまではあやふやなものだそうよ。だからロカ、あなたはあなたらしく振る舞ってくれればいいの」

「そうか。そう言ってもらえるなら、私も今まで通りでいられるように心懸けよう」


 ロカが少しだけ安心した表情を見せる。イェッタはストローに口をつけて、スムージーを吸い込んだ。柑橘系の味つけが施された冷たい感触が、思ったよりも心地よい。

 ふと顔を上げると、ロビーの天井一面に広がるガラス窓越しに、惑星スタージアの雄大な姿が目に入る。だが既にお膳立てが整っていることを知るイェッタにとって、次の舞台はもはやあの美しい惑星ではない。彼女にはテネヴェに戻ってからも考えるべきこと、成すべきことが、まだまだ山積していた。

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