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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第二部 魔女 ~星暦六九九年~
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【第一章 覚醒】 第六話 遠い道程(2)

 ディーゴとロカを乗せた宇宙船は、デキシング宇宙港を出発して、そのままスタージアに直行するわけではない。


 遠く離れたスタージアまでの直行便が出るのは祖霊祭のある時期ぐらいのもので、今回は途中三度も宇宙船を乗り換える必要があった。用件が用件だけに、チャーター便を用意するような真似をして、目立つわけにはいかないのだ。

 今回の旅程で経由する星系の数は、合計すると優に二桁を超える。そのうちの七割に独立惑星国家が存在し、つまりその数だけ各国の入出国審査を経なければならない。テネヴェからスタージアまでの道程が往復で二ヶ月近くかかる理由には、距離以外の要素も多分に含まれている。


「ローベンダール領を突っ切ることが出来れば、半分ぐらいには短縮できるんだがなあ」


 もちろんそんなことは有り得ないことを承知の上で、ベッドの上で横になったままのディーゴは盛大にぼやいた。


 宇宙船の中で彼にあてがわれた、個室の中である。適度に寛げる程度の広さは保たれているものの、内装といえばシングルベッドに壁際のデスクにパネル型端末、後は小さな丸い卓ぐらいしか見当たらない、シンプルな部屋だ。


「わざわざ拘束されに行きたいのなら、止めはせんよ。現地での待遇までは保証しないがね」


 デスクチェアに腰掛けたロカが、ディーゴの不満を受け流しながらエールの入ったグラスを呷った。彼の前の卓には、フライドボールが盛り付けられた小皿が乗っている。デスク脇の現像機プリンターから取り出したものだが、ディーゴはひとつだけ口にすると、それ以上は手を伸ばそうとはしなかった。

 エールばかりを喉に流し込むディーゴに、ロカが今後の予定を告げる。


「スタージアの博物院長には出発前に面会を申し込む連絡船通信を送ったが、返事を受け取れるのはミッダルト辺りだろう。向こうでは多少待たされることも覚悟しておくべきだな」

「まだるっこしいな。移動も相当の手間だが、それ以上に通信がなんとかならないもんか」

「そこら辺は各国で研究されているが、可能性の話すら聞こえてこない。恒星間を跨いだ直接通信の実用化は、まだまだ先のことだろうな」


 ロカはそう言うと、小皿からフライドボールをひとつ摘まみ上げた。


「そうでなくとも、原理が解明されていない技術はたくさんある。現像技能や惑星改造、今回の移動に欠かせない超空間航法だってそうだ。どれも根本的な原理は不明だという話を聞いたことがある」

「全部、今の生活に欠かせないもんばっかりだな」

「どれもこれも《原始の民》がスタージアに降り立った際にもたらした、貴重な技術だ。スタージアが銀河系で特別視されるのも、まあ当然だな」


 そこまで言ってからロカは、小皿の脇に盛り付けられたバジルソースをつけたフライドボールを、一口囓った。テネヴェ伝統のトマト風味とは異なる味わいだが、悪くない。


「結構美味いぞ。もっと食べたらどうだ」

「俺の肥えた舌が、そういう安物は受けつけないんだ。気に入ったのなら全部食え」


 そんなに繊細な味覚の持ち主だったろうか。かつて暴飲暴食に耽っていたディーゴの姿を思い出してロカは首を傾げたが、口にしたのは別のことだった。


「スタージアがこれまで銀河系の勢力争いに巻き込まれなかったのは、スタージア自身がそのつもりを見せなかったこと、地理的に辺境であることもあるが、何よりも銀河系中から特別視されていること、これが一番の理由だ」

「わかってる」


 それまで片肘をついたまま寝そべっていたディーゴは、上半身を起こすとベッドの上で胡座をかいた。ロカを見返す目には、静かな決意が見て取れる。


「俺たちに必要なのはまさにその、連中が特別視されているという点だ」

「誰も手出ししようとしなかった、言ってみれば禁忌タブーに手を突っ込むようなものだぞ。一歩間違えれば、銀河系中の反発を招くかもしれない」

「今さら試すようなことを言うな、ロカ」


 ディーゴはロカの言葉を半ば遮るように制すると、手にしていたグラスを一息に呷った。酔いが回ったのか、空になったグラスをサイドテーブルの上に戻す手つきが、やや心許ない。


「お前が心配なのはわかるが、俺もここまで来て退くつもりはない」

「……わかった。そこまで覚悟が出来ているなら、もう何も言うまいよ」


 そう頷きながら、ロカは我知らず目を細めていた。


 ここ一年足らずのディーゴの変貌ぶりは、長年彼を見守ってきたつもりのロカにしてみれば、いくら驚いても到底足りない。以前の彼であれば、そのような決意が必要な場面に、そもそも近寄ろうとさえしなかっただろう。たった今、ロカに向かって力強く言い切った彼の眉間に大きな皺が寄ったところなど、キューサックそっくりだ。

 この男に確実に受け継がれているソーヤ家の血筋が、今まさに目覚めようとしている。


「覚悟といえば」


 ロカの感慨にまるで気がつかぬ体で、ディーゴが話題を変えた。


「お前こそどうなんだ」

「なんの話だ」


 ロカは質問の意図がよくわからず、そのまま尋ね返した。いつの間にかディーゴの目が、まるで探るかのような上目遣いでこちらを見つめている。


「親父が市長を引退して、お前はそれでいいのか」


 ディーゴの言葉を耳にして、ロカの目がこれ以上ないほどに見開かれる。黒い肌に覆われた彼の顔に、瞳を取り巻く眼球の白さが際だって見えた。


「驚きすぎだ」


 ディーゴが窘めるように声を掛けても、ロカの驚愕はそう簡単に収まらない。


「……その話、どこで聞いた?」

「誰に聞いたわけじゃない。でもまあ、草案を見せたときかな。親父の表情を見て、なんとなくわかった」

「最初に打ち明けられたとき、私などしばらく絶句したものだが」


 ディーゴはさしたるショックを受けた様子もなく、父の市長引退を淡々と受け入れているようだった。普段からコミュニケーションを取れているとは言い難いと思っていたが、なんだかんだとそれが親子というものなのだろうか。


「まだ、すぐ引退されるわけではない。今回のスタージア行きが成功したら、の話だ」


 形だけでも動揺を取り繕いながら、ロカはそう答えた。


「なんにせよ、私は市長の秘書だ。市長が決めたことに従うまで」

「俺が聞きたいのは、そういうことじゃないよ」


 ロカの形式張った回答に、ディーゴは興味を示さない。彼がその先を促そうとした口を開きかけた矢先、個室の天井から無機質な音声が降り注がれた。

 彼らが乗る宇宙船が最初の超空間航行に突入することを知らせる、船内アナウンスだ。


「当機は間もなく、テネヴェ星系とゴタン星系を繋ぐ極小質量宙域ヴォイドに到達します。極小質量宙域ヴォイド到達後、すぐに超空間航行に移行しますので、ご注意ください。体調に不安のある方は、事前に乗務員にその旨をお伝え頂くか、室内にて安静にして頂けるよう、お願いいたします……」


 延々とアナウンスを流し続ける天井を鬱陶しそうな顔で仰ぎ見ながら、ディーゴは頭を掻いた。


「まあ、この話はゴタンに着いてからにしよう」

「そ、そうか」


 話を打ち切られて、ロカは内心で安堵していた。

 ディーゴが何を気にしているのかは、おそらくではあるが予想がついた。市長の引退を知っているというのなら、その後のロカの身の振りようについても推測できているだろう。ロカを秘書として迎えることを、ディーゴが素直に受け入れるか。実を言うとロカにも一抹の不安はあった。彼がロカのことを嫌悪とまで言わずとも、苦手にしているだろうことは、よくわかっている。


 それでもロカは、ディーゴの下で働くことを望んだ。


 キューサックの指示だから、だけではない。祖霊祭から帰って以来の彼の覚醒ぶりを目の当たりにして、彼を支えることに十分な意義を見出すことが出来たからだ。キューサックに命ぜられなくとも、進んで仕えるつもりであることを、ディーゴにはしっかりと伝えなければならない。


 幸い、スタージアに着くまでにはたっぷりと時間がある。ディーゴと今後の話をするには十分だろう。


 それは、一か月に及ぶ道中を費やすに値する目的だった。果たしてディーゴとどんな話し合いが出来るのか、ロカの胸が躍る。


 だが彼の目論見は、結果として適うことはなかった。


 なぜなら宇宙船が極小質量宙域ヴォイドに到達し、超空間航行を終えてゴタン星系に到着した直後、ディーゴ・ソーヤは絶命してしまったのである。

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