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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第二部 魔女 ~星暦六九九年~
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【第一章 覚醒】 第五話 開眼(1)

 アントネエフの家は元々、独立惑星国家だったスレヴィアの一地方領主に過ぎなかった。だがスレヴィアを含む十の独立惑星国家がローベンダール惑星同盟を結成し、その結果同盟戦争が勃発すると、当時の当主アイヴァンは一軍を率いていち早く戦場に馳せ参じ、以後は常に最前線で活躍し続ける。特に同盟戦争中最大規模の会戦だったダレグリーズ星系での戦いでは、高速艦隊を率いて同盟軍の勝利を決定づけた。一連の功績を認められたアイヴァンは、戦後のローベンダール惑星同盟内でも有数の実力者としての地位を得る。


 バジミール・アントネエフはアイヴァンの孫に当たる。長じるにつれて祖父の面影が色濃くなった容貌以上に、彼の資質は紛れもなく祖父の血を受け継いだ、武門の育ちであることを示していった。

 戦後のローベンダール惑星同盟が新たに組み込んだ独立惑星国家は五つあるが、最近のふたつはアントネエフが主導したものだ。ただいずれも軍事力を前面に押し出して強引に屈服させた結果であり、加盟に持ち込ませたものの反対勢力の活動が後を絶たない。版図の拡大という成果はその統治の困難さと相殺され、アントネエフの評価は必ずしも芳しくなかった。


 アントネエフが新たに攻略に取りかかったテネヴェは、開拓当初こそバララトの支援を受けているもののその後の結びつきは希薄で、抵抗される要因は少ないと見られていた。なおかつ第一次産業を重視し輸出できるほどまで発展させた国力は、軍事力重視の余り国内産業が追いつかないローベンダールにとって非常に魅力的だった。この星を下すに当たって、アントネエフはこれまでとは異なり交渉主体で臨むことを方針とした。極力テネヴェの実力を損なわぬまま、丸ごと同盟に取り込むことが国益となる。何より彼自身、力業ばかりではない、政治力を備えていることを内外に示す必要があった。

 だが今のところ、その方針が目に見える成果をもたらしているとは言い難い。


「アントネエフ卿は先日、テネヴェのソーヤ市長と相見えたそうだが」


 ローベンダール惑星同盟の最高決定機関である加盟国代表会議で、独り言のように発せられた言葉は、一瞬にしてその場の空気に緊張感をもたらした。お互いの表情を探るような無言の目配せが交わされる中、当のアントネエフは顔色一つ変えず、発言者に目を向ける。


「サカ王の即位式でたまたま鉢合わせただけです。立ち話程度の会話は交わしましたがね」

「武門のアントネエフ卿がここのところ、祖霊祭やら即位式やら頻繁に出席されるようになったな。腕っ節以外も身につけられようとされているのなら、結構なことだ」


 皮肉を隠そうともしない発言者は、同盟の名に冠される惑星ローベンダールの代表、ドーロ・ブリュッテル。一本の髪の毛も見当たらない剃髪に、削ぎ落とされたかのように痩けた頬と、落ち窪んだ眼窩の奥にガラス玉の如き瞳を持つ老人だ。アントネエフが代表会議入りした時から変わらぬ幽鬼のような男は、アントネエフが率いるスレヴィア派と同盟の主導権を争う勢力のひとつ、ローベンダール派の首魁でもある。


 ブリュッテルは若かりし頃から同盟戦争に参加した世代であり、戦後半世紀に渡って同盟を導いてきた重鎮だ。齢は九十を超えるはずだが耄碌する気配も見せず、権力の中心に居座り続けてきた。彼の巨大な実績は、代表会議における発言でも、他に比類ない重さを持つ。


「それでソーヤ市長との立ち話で、なんぞ実りはあったかな」


 老人の問いに、アントネエフは努めて平静に答えた。


「そうですね。我々に隠れてこそこそと進めていた惑星開発計画とやらが失敗して、連中ののらりくらりもそろそろ限界のようです」

「ほう」

「次のテネヴェ議会では、惑星同盟への加盟の是非が問われることになるでしょう。ここまで来れば、テネヴェの加盟もそう遠いことではないかと」

「それは重畳」


 節くれ立った両手の指を組み合わせたり開いたりしながら、ブリュッテルはもっともらしく頷いた。


「貴卿がテネヴェ攻略に取りかかってから、既に二年を費やしている。そのことを思えば、あと一年かかったとしても大した未来ではないな」


 ブリュッテルの奥歯に物が挟まったような物言いに、アントネエフが口角をわずかに歪ませた。


「テネヴェの臨時議会は二ヶ月後です。結論が出るのに、一年もかかることはないでしょう」

「私が懸念するのは、その臨時議会が招集されないまま、来年までやり過ごされてしまうのではないか、ということだよ」


 そう言って老人のガラス玉のような瞳が、目を見開いたアントネエフの顔に向けられる。金髪の偉丈夫はそれ以上の動揺を見せることはなかったが、反論する声音は明らかにトーンダウンしていた。


「……そのようなこと、議会が納得するとは思えませんが」

「なに、老人の戯れ言よ。そんなに恐ろしい顔をするものではない」


 ブリュッテルはアントネエフから視線を逸らし、代表会議の列席者の顔ぶれを見回した。誰も彼も、ふたりの会話に巻き込まれないように無表情を貫いているか、もしくはふたりの視界に入らないよう身を縮込めている。老人はしばらく彼らの顔を無言で眺めて後、低い、だが確実に列席者の耳に入るような声で独りごちた。


「老い先短い身としては、願わくばテネヴェを手中に収める日を迎えたいものよ」


 老人の当てつけがましい嘆息を、アントネエフは無言で聞き流す。だがテーブルの下では両膝に置かれた厳つい拳が、今にも震え出さんばかりに握り込められていた。

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