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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第二部 魔女 ~星暦六九九年~
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【第一章 覚醒】 第四話 三位一体(5)

『テネヴェ市民議会は惑星開発計画の中止について、今回の経験を踏まえて新たな方策を速やかに策定するという宣言をほぼ満場一致で採択し、これをもって今期の議会日程は終了した。議会の決定に基づいて、市政府は惑星開発計画に代わる指針を示す必要に迫られることとなった。キューサック・ソーヤ市長は議会閉会の当日、ディーゴ・ソーヤ市長補佐官に新指針に関する検討委員会の設置を指示したと見られ、市政府がいかなる見解を打ち出すかが今後の焦点となる……』


 天井から吊り下げられた大型の透過パネルに、複数のウィンドウが重なって表示されている。そのひとつに流れる音声付きの記事は、議会の膠着状態が解けて次の段階に進んだことを伝えていた。パネルに触れて脇にスライドさせればそのままウィンドウを消し去ることが出来るのだが、まだ手はそこまで上がらない。手元のコントロールボールを掌の中で転がして、ウィンドウは素早く畳まれるようにして消えた。


(ようやく、ボールで操作ができるようになった)


 最初は指先をわずか数ミリ動かすのがやっとだった。地道なリハビリを諦めずに繰り返す日々を過ごして半年、肘から先の自由を取り戻す程度には回復している。リハビリとは想像以上に苦痛を伴うくせに遅々として進まないものだが、これでも医者に言わせれば驚くべきことらしい。

 病院に運び込まれてきた時の彼女は、本来であれば一生植物状態であってもおかしくないほどの重傷だったそうだ。

 怪我を負った際、通常であれば機械への生理的嫌悪から拒否されがちな、生命維持装置との大胆な結合に踏み切ったこと。そして体内のN2B細胞が驚異的なほど活性化し、神経を含む体組織の再生を猛スピードで促進していることが、ここまで回復できた原因らしい。N2B細胞が人体を調節する重要な存在であることは知っていたが、人体の再生まで促すものだということは初めて知った。


(といっても、日常生活に復帰できるかどうかは不明というのがもどかしいね)


 身体はまだ寝返りを打つことも出来ず、ベッドと背中の間には褥瘡予防のゼリーパッドが敷き詰められている。体中のあちこちが生命維持装置に繋がれている様は、幼い頃に聞かされた《オーグ》そのものだ。下半身には自動の排泄処理装置が装着されているが、感覚がないのはかえって幸いだった。両腕以外に動かせる部位といえば首から上、それもぎこちない表情を浮かべられる程度のことだ。ようやく口から食事を取ることが出来るようにはなったが、発せられる言葉は明瞭からほど遠い。もっとも重症になる前から表情に乏しいと言われ続けてたから、その点は個人的にはどうでも良い。元々起伏に乏しい顔立ちの、無表情に拍車がかかっただけだ。


(良かあない)


 彼女のものではない思考が唐突に飛び込んで、苦情を言った。


(たまにお前ののっぺり顔が伝染して、話し相手がきょとんとすることがあるんだ。お前はもう少し豊かな表情って奴を身につけろ)

(今をときめく市長補佐官が、そんな乱暴な言葉遣いでいいのかい、ディーゴ)

(人の身体を好き勝手使っておいて、他人事みたいに言うな)


 彼女の右の頬が少しだけ引き攣れた。微笑を浮かべたつもりだった。


(あんたはよくやってくれてるよ。感謝してる)


 彼女の謝辞に、ディーゴは鼻で笑うかのような感情で応じた。だがその嘲りは彼女に対してというよりは、自身に向けられている。


(俺は単なる容れ物だろう。お前の考え通りに演じさせられただけだ)

(まさかセックスすることであんたまで《繋がって》しまうとは計算外だったけれど、結果的には正解だった。あんたと《繋がって》いなければ、ここまで上手くいくことはなかったよ)

(そういうことならイェッタに感謝しとけ。俺はあいつの色香に迷って、お前たちと《繋がる》羽目になったんだ)

(その割にはあの晩以来、あなたは私とセックスしようとは思わないのね)


 ふたりのやりとりの間に割って入ったのは、イェッタの冷静な思考だった。


(それどころか私に対して劣情を抱くこともない。初めて出会った時は間違いなく欲情していたのに。不思議だわ)

(お前はお前で、いちいち人の頭の中を分析するな。《繋がる》前からそんな風に頭の中を覗かれていたかと思うと、顔から火が出るどころじゃない)


 ディーゴの顔がここにあれば、そこには間違いなくしかめ面が浮かべられていたことだろう。


(わかってるだろう、駄目なんだよ。《繋がって》からのお前は俺の身体からだと同じ感覚で、抱こうと思えば抱けるだろうが、マスターベーションと変わらない。だからといって他人を抱いたら、今度はそいつと《繋がっち》まうんだろう。そんな際限なく《繋がって》られるか。お陰であれから女っ気がすっかりなくなっちまった)

(そいつは悪かったね)


 右頬がまた少しだけ引き攣る。大して悪いと思っていないことまで伝わるので、ディーゴの不満が和らぐわけもない。ただ彼女自身、ディーゴを宥めるつもりもなかったので、それ自体は一向に構わなかった。代わりに言葉にしたのは、念押しの一言だった。


(まあ、当面はそのまま清く正しい生活を送っておくれ。今ここでスキャンダルやら起こされても困る)

(どのみちお前たちと《繋がって》いるのに、そんなこと出来るわけないだろう)

(市長の駄目息子がヒロインと出会ったことで覚醒して、もしかしたらテネヴェを救うかもしれないんだ。この調子でいけば、ディーゴ・ソーヤの名前は末代まで語り継がれるよ)


 誰もそんなこと望んじゃいない、という抗議はディーゴの本音に違いなかったが、彼女は無視した。今さら引き返すつもりはさらさらない。


(いくらなんでも気が早すぎやしない。やっと最初のハードルをクリアしたばかりよ)


 イェッタの意識が指摘する通り、まだ序の口についたところだった。市長と議会が協力して、銀河連邦構想の実現に向けて動き始める体制は整ったが、これから先にもやるべきことは山ほどある。


 まずテネヴェが音頭を取ったところで、銀河連邦構想に賛同する独立惑星国家は多くないだろう。何よりローベンダールが納得するはずがない。下手をすると惑星開発計画よりも実現性は薄いかもしれず、だからこそ市民議会も銀河連邦構想をまだ公にはしていない。それどころか市長とヴューラーが手を組んだことすら、表には出ていない。ローベンダールからの圧力を躱し続ける口実として、市長と議会が対立しているという構図は今しばらく引っ張る必要があった。


 ローベンダール惑星同盟に呑み込まれるのではなく、ローベンダールも含めた各国から銀河連邦構想への同意を取り付けること。これが次にクリアすべき、そしておそらく最大の難関だ。


(どうするんだよ。他の星に渡って、今回みたいにいちいち相手の頭の中を探りながら、上手いこと説得して回るのか)


 ディーゴの意識が口にしたアイデアは、当人もわかっている通りに却下された。

 それでは遅すぎるのだ。

 ローベンダール惑星同盟からテネヴェに対して、加盟を迫られている最中である。必要なだけの独立惑星国家を説得する前に、アントネエフに押し切られてしまう可能性が高い。返事を引き延ばすにしてもイェッタがロカに告げた通り、待ちきれなくなったローベンダールが軍事的に併合してくる可能性まである。


(場合によっては《繋げる》対象を増やすことも考えないと)

(増やすって、またイェッタを人身御供に差し出す気か。それとも俺か。勘弁してくれ、俺は自分より年下しか興味ないんだ。年増を相手にするのは御免被る。だいたい、こっちがその気でも向こうが応じてくれるわけがない。自分で言うのも情けないが、俺みたいに脇が甘い奴ばっかりじゃないんだぞ)


《繋がって》からのディーゴは、彼女たちに対して全く繕おうとしない。おかげで言語化された意識の、さらに奥にある感情まで、いちいち読み取らなくても良いのは手間が省ける。


 そもそも《繋がる》対象を増やすことも一度に出来るわけはなく、個々に説得して回るのと手間暇はさして変わらないだろう。もっと別の方法を探さなければならない。


(余裕かましてないでちゃんと考えておけよ、タンドラ。それがお前の役割だからな)


 ディーゴに言われるまでもない。

 彼女――タンドラ・シュレスは、傍らのコントロールボールを動かして透過パネルの表示をブラックアウトさせると、おもむろに瞼を閉じた。


 彼女と《繋がる》イェッタやディーゴが動き回ってくれるお陰で、タンドラが思い描いた構想は一歩ずつ実現へと歩みを進めている。

 さらにその先に進むそのためにも、次の一手を模索すること。

 それこそが今の、彼女が唯一やるべきことであった。

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