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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第二部 魔女 ~星暦六九九年~
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【第一章 覚醒】 第四話 三位一体(3)

 ふと横を見ると、彼と同様にイェッタもまた三人の背中を目で追っていた。だが自分の横顔に注がれるロカの視線に気がついたのだろうか、すぐにこちらに顔を向ける。


「待機中、現像機プリンターは好きなだけ使って良いと言われています。ベンバ様、何かお飲みになりますか?」


 ヴューラーの別宅だというのに、イェッタの勝手知ったる手際が引っかかる。だが急展開について行くのが精一杯で、喉がからからなのもまた事実だった。

 ロカがブラックのコーヒーを頼むと、イェッタは頷きながら壁際のパネルに指先を走らせた。程なくしてパネルの下の取り出し口に、二杯のコーヒーが入ったカップが現れる。イェッタはカップが乗った二枚のソーサーを手にして、玄関から見てやや右手寄りに設置されたテーブルの上に置いた。膝丈ほどの高さの、太い木枠に分厚いガラスの天板が嵌め込まれた丸テーブルを挟んで一人掛けのソファが二脚、向かい合うように据え置かれている。イェッタはそのうちのひとつに腰を下ろして、ロカを手招きした。いつの間にか同じ席に着くように誘導されているような気がしたが、主人たちの会談が果たして予定通り一時間で済むかはわからない。ロカは促されるままにイェッタの向かいの席に腰掛けた。


「急なお願いだったというのに、お聞き入れくださってありがとうございます」


 淹れ立てのコーヒーの香りがくゆる向こうで、イェッタが礼を口にした。ロカはカップを手に取りつつ、彼女の顔を窺い見る。

 蜂蜜色の長い髪を結い上げて、シンプルなバレッタで髪留めしている。瓜実顔の整った容貌の中で何よりも印象的なのは、相手の顔を真っ直ぐに見つめ返す琥珀色の瞳だ。ロカは何度か彼女と顔を合わせているが、その都度この瞳が放つ視線に言い知れぬ圧力を感じていた。


「聞き入れたのは市長だよ。私はむしろ引き留めた口だ」


 ロカはなるべくイェッタから視線を外しながら、コーヒーを啜った。ヴューラーの別宅に設置された現像機プリンターだけあって、高級豆から抽出されたコーヒーの味が見事に再現されている。だがじっくりと味わう気分にはなれず、すぐにテーブルの上のソーサーにカップを戻した。


「もっともあれほど強引な補佐官を見たことはなかったから、驚いたのは確かだがね」

「ヴューラー議員からの連絡を受けるや否や、市長公邸へと駆け出していってしまいましたから。急ぎ重要な会談の場を設けることになって、さすがに慌ててらしたのでしょう」

「急に対応する羽目になって、というのはわかる。だがこう言ってはなんだが、そんな急場に適切な対応を取れる方だったかというと、甚だ疑問だ。少なくとも祖霊祭から戻られた日までは」


 その台詞にただ微笑を返して、イェッタは彼女の前のコーヒーカップを手に取った。ロカはイェッタと目が合わぬように微妙に視線を逸らして、今度はカップに口をつける彼女の唇が目に入る。彼女の唇の膨らみが場違いなほど肉感的に思えて、ロカはさらに視線をテーブルにまで落とした。


「その翌日、君が補佐官のスタッフになった日から、彼は変わった。それまでおざなりだった政務を精力的にこなし、一連の惑星開発問題に関する報道も見事にコントロールし、今また議会対策の要であるヴューラー議員との会談までセッティングしてみせた」

「私は今の補佐官の姿しか知りませんが、ご指摘のような変化があったのだとしても、好ましいものなのでは」

「その通り、むしろ市長も私も望んできた姿とも言える。君と出会ったことで、例え中身が入れ替わったのだとしても、それで一向に構わなかった」


 そこまで喋ったところで、ロカは一度口を閉じた。ここから先はイェッタの顔を見据えて話さなければならない。テーブルから視線を上げると、イェッタは微笑を崩さぬままに、ほとんど微動だにしていないかに見えた。喉を潤したばかりだというのに、早くもまた渇きを感じる。一瞬の躊躇いを抑えつけて、ロカは再び口を開いた。


「だが今回のこのヴューラーとの会談はなんだ。唐突なだけでなく、会談の目的自体が不明瞭過ぎる。そもそも市長に断りもなくヴューラーと接触していたことからして問題だ」

「それは、市長の意向に沿わない、意図の見えない行動は看過できないと、そういうことでしょうか?」

「当然だろう。今回はたまたま市長が承諾したからいい。だが、毎度この調子で暴走されるのは困る」

「仰ることはわかります。ですが今回はやむを得ませんでした」

「何?」


 イェッタは少しも動じないどころか、真っ向から糾弾を撥ね除けられて、ロカは口端を引き攣らせる。


「聞き捨てならないな。これほどの大事を独断で進める、その理由があると?」

「はい」


 言葉の端々から苛立ちが漏れ出すロカとは対照的に、イェッタの口調は冷静だった。


「市長は最終的にはローベンダールに降るにせよ、せめて有利な条件を引き出すためにアントネエフとの交渉を進めたい。ですが議会はそれをよしとしないヴューラー派に占められている。ただ彼女たちも惑星開発計画に代わる対案を出せていない。このまま議会が膠着したまま、アントネエフとの交渉を滞らせていれば最悪、痺れを切らしたローベンダールによる軍事侵略の可能性もあり得ます。多少の手順を無視してでも、市長と議会が手を取り合えるような新構想を、急ぎ打ち立てる必要がありました」

「新構想、だと」


 淡々と語るイェッタの言葉の中に登場した聞き慣れない単語を、ロカは呟くように繰り返した。

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