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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
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【第五章 収穫期】 第三話 ランデヴー(2)

 かつて銀河連邦が成立するよりも昔のこと、当時まだ弱小惑星国家のひとつだったテネヴェ市は、遅まきながらも複星系国家を目指して未開の惑星の開拓に乗り出した。多額の予算を費やして放たれた無人探査機は、やがて入植環境適合率九十九・九八パーセント以上という驚異的な数値を弾き出す惑星を発見する。それが惑星クロージアだ。


 当初、藁にも縋る思いで開拓計画を立ち上げた人々は、テネヴェ星系から複数の無人星系を経た先に思いもよらぬ適合地を見出して、狂喜乱舞した。彼らの歓喜は、だが第一次有人調査隊が現地で行方を絶ったことで暗転する。そして再度送り出した第二次有人調査隊も、八名中帰還を果たしたのはわずか二名という惨憺たる結果に終わり、クロージアの開拓は失意の内に封印されることになった。


 第二次調査隊で命からがらテネヴェに戻ったのが、イェッタ・レンテンベリとタンドラ・シュレスのふたりである。


「クロージアに関する記述は、公式記録からは全て抹消されているわ」


 目の前で何枚も宙に展開するホログラム・スクリーンをチェックしながら、ウールディはそう呟いた。その横で同じようにモニタ画面に目を凝らしながら頷くユタの声は、先ほどから歯の根が合っていない。


「クロージアなんて星、今まで聞いたこと無かったからな」

「ねえ、無理しないで。体調悪いなら横になった方がいい」

「そうだな。これ以上しんどくなったら、そうさせてもらうよ」


 ふたりが乗る居住ユニットは、既にクロージア地表へと着座済みだった簡易軌道エレベーター台座の上へと、無事に到達していた。降下と同時に探査用ドローンで外の様子を窺っていた彼らは、改めて目にするクロージアの環境に驚かされた。ヒトに欠かせない窒素と酸素が理想的な割合で配合された大気組成、地表の七割を覆い尽くすと見られる海の存在、そして十分に発達した生態系。ドローンのカメラが捉える映像には、ジャングルさながらの広大な緑が地平線まで覆う様が映し出されている。

 そしてドローンから送り届けられる観測データはいずれも、クロージアの環境が人類にとって申し分ないことを示している。この調子だと船外活動服すら必要ないだろう。


 問題はやはり、クロージア生態系の精神感応力だった。


 ――もの凄い数の思念が、ユニットの周りに押し寄せてる――


 ウールディは既に、正体不明の思念の群れが居住ユニットに関心を示していることを感知している。


 居住ユニットが降下したのは、比較的開けた平坦な荒野のど真ん中だ。万一の危険が迫ってきても対処出来るだけの余裕を考慮して、周囲五キロ余りには遮るものがないような場所が選ばれている。


 ただ恒星が上る方角を仮に東と見た場合、その東方に壁のように広がる森林が生い茂っている。森の中に潜む未知の生物たち――それは動物だけに限らない、植物のみならず未分類の生物も含めて――は、突如現れた居住ユニットに精神感応力の手を早くも殺到させていた。


「さすがにきつくなってきた」


 ユタの額には脂汗が滲んでいた。眉根はひそめられて、顔色も悪い。悪寒に襲われるときの表情によく似ている。


 当然だった。彼の思念は今、数え切れないほどの思念とも呼べない、様々な精神感応力に晒されている。むしろ今すぐ叫び声を上げたいのを、辛うじて耐えているだけでも相当なものだ。


 だが彼の精神は堪えようとも、緊張感に苛まれた身体からだの方が先に限界に達してしまった。


「ユタ!」


 とうとう足下が覚束なくなり始めたユタの身体からだを、ウールディは抱え込むように受け止めた。倒れ込むことこそ免れたが、十分に力が入らないユタに肩を貸すと、耳に吹きかかる呼吸が荒い。ウールディはふらつくユタをなんとか寝室まで運び込み、ベッドの上に横たえる。


「悪いな。重かったろ」


 青ざめた顔でウールディを見上げながら、ユタはまだなんとか正気を保っている。ウールディひとりを残して、我を失うわけにはいかない。そんな彼の健気な意志ばかりが読み取れて、ウールディは思わず奥歯を噛み締めた。


 ――まだ《繋がら》ないの? 早くしないと、ユタの精神が保たない――


 クロージアの生態系は、想像以上に多くの、そして多様な、そのいずれも今まで見たこともないような思念をふたりに対して繰り出してきている。わずかにウールディが感じ取れた感情と覚しきものは、決して攻撃的なものではない。ただ好奇心と警戒心に突き動かされて、居住ユニットとその中のふたりへの接触を試みようとする。


 その矛先はユタだけではない。《繋がろ》うとする食指が伸びる先には、当然のことながらウールディもいた。


 ――でも私は耐えられる。受け流すことが出来る――


 精神感応力を溢れさせるクロージアの生態系も、ウールディにとってはこれまで接してきたヒト以外の生物となんら変わりない。それらに深く触れることなく、ただ在ることを無意識のレベルに落とし込むという術は、クロージアの生態系に対しても通用している。


 だがユタは違う。ヒト以外の思念による遠慮のない接触など、彼にとっては初めての体験だ。これ以上この状態が続けば遠からず恐怖と混乱に突き落とされて、やがて発狂してしまうだろう。


 ――だからこそユタと《繋がって》、私の経験を分け与えなきゃいけないのに――


「ユタ」


 そう呼び掛けながら、ウールディは身動き出来ないユタの上に斜めから覆い被さった。

 頭の後ろで結わかれた長い黒髪が、ユタの首筋に垂れかかる。だが彼にはもう、その髪を払い除ける余力もない。


「なんだよ、そんな心配すんな……」

「もう、無理して喋らなくていいよ」


 ウールディはユタの薄茶色の瞳を覗き込むようにして、顔を近づけた。不規則な息が頬に当たるのを感じながら、脳裏には今さらのように後悔がよぎる。


 ユタと《繋がる》ことが出来るかもしれないと思った。

 だから《スタージアン》の意図に従ったふりをして、遠路はるばるクロージアまでやってきたのは、本当は彼女自身の自発的な意志によるものだった。


 それは浅はかな考えだったのだろうか。

 もしこのまま《繋がら》ないままならば、ただユタに苦しい思いをさせるぐらいならば、《オーグ》にでもなんでも《繋がって》しまった方が余程()()ではないか。


 たとえ自分が《オーグ》に《繋がら》ないまま、取り残されてしまったとしても。


「ユタ」


 もう一度その名を口にしながら、ウールディはユタの両頬に左右の手を添えた。


 ユタはただ瞳だけを動かして、彼女の顔を見返している。その瞳に己の顔が映し出されていることを確かめながら、ウールディの唇の隙間から零れ出たのは抑えきれない感情の発露だった。


「お願い、私と《繋がっ》て」


 ユタがウールディと《繋がら》ないのは、彼の意志によるものではない。きっとウールディとユタの、それぞれの特殊な体質によるものだ。そんなことは重々承知しているが、それでもウールディは口にせずにはいられなかった。


「私と《繋がる》しかないの、ユタ。お願い」

(俺だって、お前と《繋がり》たいよ)


 ついに言葉を発することも出来ず、ユタの思念がウールディに語りかける。


(昔からずっと、お前と《繋がり》たいと思ってた)

「……知ってる」


 脳裏に響くユタの声なき声に、ウールディは泣き出しそうな顔で頷いた。


(でもお前は俺の気持ちなんてわかった上で、男とか女じゃない、家族であることを望んでいると思った。だったら俺は、お前の望みをかなえたい)

「知ってるよ」


 そう言って何度も頷きながら、同時にウールディは激しく首を横に振りたい気持ちでいっぱいだった。


「でもユタ、あなたは知らないでしょう」


 何を、と尋ねかけるように、ユタが瞳をわずかに動かす。彼と己の鼻先がほとんど触れそうな距離まで顔を近づけながら、ウールディは囁くように語りかけた。


「その何倍も、私はあなたと《繋がり》たがってたってこと」


 その言葉にユタが何度か瞼をしばたたかせる。驚きの表情を作ることさえ困難になりつつある彼に向かって、ウールディは唇を震わせながら想いを口にする。


「ずっと、あなたとファナが羨ましかった。私もファナと同じように、あなたと《繋がり》たいと思ってた」

(俺と、ファナの……)

「あなたをクロージアに連れてきたのも、ここならあなたと《繋がる》かもしれないと思ったから。《スタージアン》も《オーグ》も、本当はどうでも良かった」


 そこまで語るつもりはなかったはずなのに、一度口に出されたウールディの想いは止まらない。


 そんな自分が、つくづく卑怯に思えてならない。


 今さら正直な胸の内を溢れ返させて、こんな形で想いをぶつけるなんて。

 私ばっかり読み取るだけで、ユタはちっとも私の気持ちを読み取ってくれないだなんて、そんな風に拗ねてもどうしようもなかったのに。もっと早くこの気持ちを打ち明けておけば、ユタもこんなに苦しむことはなかったかもしれないのに。


(……ひとつ、思いついた)


 ユタの胸に顔を押しつけて、表情をくしゃくしゃにさせていたウールディの脳裏に、彼の思念の呟きが届く。


(ファナとの《繋がり》と、同じなのかもしれない)

「……同じって、どういう意味」


 ユタはウールディの問いに直接答えない。代わりに身動きすら出来ないと思われた右腕を弱々しく持ち上げて、その掌をウールディの背中にぽんと乗せた。


(ならお前との《繋がり》を意識して、“開いて”みる)


 その言葉の意味を理解して、ウールディがはっと顔を上げる。そしてもう一度ユタの顔を覗き込めば、彼の唇の端には微かな笑みが浮かんでいた。


 寝室の天井には、明度の調節がきいた照明が一面に灯っている。目に優しい柔らかい光が、ベッドの上で身じろぎもせずに横たわるユタと、同じベッドの端に腰掛けながら彼の上に斜めに被さるウールディの姿を、煌々と照らし出している。


 そのまま身体からだを重ねていたふたりの、互いの思念と思念がやがて手を取り合うようになるまで、それほどの時間はかからなかった。

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