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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
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【第四章 惑える星々】 第三話 急襲(2)

 銀河連邦軍提督ザラ・アンドログは、彼女が指揮するローベンダール方面艦隊の旗艦にあって、艦橋内でも一段上に設けられたバルコニー状のフロア先端にたたずんでいた。


 ローベンダール方面艦隊麾下の機動部隊に所属していたアンドログは、旧バララト方面との境界宙域に横行する宇宙海賊等の犯罪組織撲滅で抜群の功績を挙げ続け、若くしてローベンダール方面艦隊の指揮艦に抜擢された。歴代でも三番目の若さで提督に就任したアンドログには、周囲からはいずれ連邦軍のトップを担うだろうという期待を寄せられており、彼女自身もその期待に応えるだけの野心も自負もあった。


 だが周囲の期待も彼女の野心も、今や全てどうでも良い話だ。


(全く、とんでもないことをしてくれる)


 そう頭の片隅で呟きながら、アンドログはフロア下に広がる艦橋の様子に目を向けた。


 艦橋前方一面を占めるモニタや、中央のホログラム映像投影盤の上に浮かび上がる巨大な天球映像、その他壁面から中空にまでずらりと並ぶモニタ画面からホログラム・スクリーンには、刻一刻と更新される情報に基づいて光点が動き、あるいは明滅を映し出している。その合間を縫うように、着席するオペレーターたちが絶え間なく動いている。


 それ自体は艦隊行動中の艦橋ではありふれた、通常業務のワンシーンに過ぎない。


 だが視覚的には見慣れた光景だとしても、聴覚に訴えるものは日常から大いにかけ離れていた。


 アンドログが見下ろす艦橋に響き渡るのは、電子音と機械的な合成音声のみ。

 常ならば艦橋を飛び交うはずのオペレーターの気忙しい報告は、一声も発せられることがない。それどころかアンドログの側に控える幕僚たちも、一言も発していない。


 何よりアンドログ自身が、一週間以上口をきいていない。


 艦橋にいるアンドログたちだけではなかった。彼女が搭乗する旗艦のみならず、ローベンダール方面艦隊の全艦でこの一週間、人語を発する者は皆無であった。


(効率優先の宇宙艦隊では、音声言語の使用頻度が下がるのも当然か)


 アンドログが意識野に思い浮かべた言葉に、ごく自然に応じる思念がある。


(傍から見れば異様でしょうが、やむを得ませんね)

(今さら誰かの目を気にすることでもないでしょう)

(精神感応的な《繋がり》を得た今、わざわざ言語を介したコミュニケーションに頼る必要もありません)

(そもそも《繋がり》の及ぶ範囲内で、宇宙艦隊にヒトがいる意味すらあるのかどうか)


 それはアンドログの副官の声だったり、参謀の意識だったり、中には機関士やら砲手やら軍医やら、艦隊に属するありとあらゆる人員の思念が入り混じっている。


 いや、艦隊に属する士官兵士たちだけではない。


 ローベンダール方面艦隊はつい先刻、スレヴィア星系に隣接するイシタナ星系までたどりついたところだ。《オーグ》に呑み込まれたと覚しきスレヴィア星系を目前にしながら、彼らは銀河ネットワーク基幹線上にある惑星国家のほぼ全てのヒトの意識と、精神感応的な《繋がり》を果たしていた。


(戦闘艦船からの乗員の撤収は、順調に進んでいるな)


 アンドログの思念によぎったそれは質問ではなく、既知の事実に対する確認でしかなかった。


(イシタナ星系到着の直後から作業を始めてますからね。既に対象全艦の七十パーセントは撤収済みです)

(補給艦や救命艇だけでは収容しきれなかったのは残念ですが)

(とはいえ戦闘艦船の半数以上は無人化がかなうのだから、当面は十分だろう)

(乗員を収容した艦船は、満席になり次第随時イシタナに向かう手筈になっています)


 イシタナ星系の周縁宙域で動きを止めている艦隊では、複数の艦船の間をいくつもの小型船舶ランチが飛び交っている。いずれも戦闘艦船の乗員たちを別の艦船へと移乗させるためのものだ。こうして無人化した戦闘艦船は、それぞれに搭載されたコンピューターに直接に《繋がった》精神感応力によって操縦されることになる。


(スレヴィア=タラベルソ間に配置された自律型通信施設レインドロップの航宙座標は、航宙局と安全保障局それぞれのデータの突合作業を終えて、誤差のないことを確認済みです。乗員の撤収作業前には、全ての無人戦闘艦に登録を終えますよ)


 思念の交換は言語による意思疎通をはるかに凌駕し、これまでのやり取りに費やされた時間はわずかコンマ数秒に過ぎない。なるほど、《スタージアン》や《クロージアン》はこうしてヒトとヒトを《繋げ》て、膨大な情報に目を通し、処理してきたのだ。そう感心するのは、アンドログの中に残る個人としての部分であった。


 これだけの量を扱い、質を整え、最適解に至る判断を下すには、ヒトの脳を寄せ集めただけではとても足りない。ヒト以上に大量の計算資源と《繋がり》、その演算能力を必要とするのも当然なのだろう。


自律型通信施設レインドロップの座標登録はともかく、全艦に自動攻撃プログラムを組み込むのは無理があったな)

(個々のコンピューターの性能差が大きいですからね)

(その場合は艦船まるごとミサイルになってもらいますよ。そちらは航行プログラムの書き換えで対処出来ますから)

(プログラムの登録が完了したところで通信機器類は全てシャットダウンし、ほかの機械との接続も物理的に断ち切る手筈です)

(もったいないと思う気が湧かないのは、《繋がって》しまったせいかな)


 アンドログの脳裏を行き交うのは、もはやローベンダール方面艦隊の人員たちの思念ばかりではない。


 スタージアにいる、ジュアン・フォン博物院長をはじめとする従来の《スタージアン》や、ミッダルトはジェスター院の導師院生の面々、ローベンダール五大財閥の指導層からテネヴェの連邦評議会まで。銀河ネットワークの基幹線が網羅する惑星国家の住人は上から下まで、アンドログと精神感応的に《繋がる》人々の顔ぶれは様々だ。さらに支線の延伸が進められていけば、やがて銀河連邦全域と《繋がる》日も遠くない。


(銀河連邦全域の《繋がり》を維持出来るのが、五年が限度というのは予想外だったけど)


 ため息混じりと評しても良い、呟きにも似た意識を吐き出した思念に応じたのは、控えめだが穏やかな声音であった。


(博物院の電力も、さすがに銀河連邦全域をカバーし続けるのは難しい。五年というのも相当甘く見積もった結果だ)

(だったらなおさら、ローベンダール方面艦隊の作戦成功は必須条件ね)

(自治領とのネットワーク開通も急務だ)

(今、ルスランが総督を懸命に説得してるわ)

(彼には悪いが、総督にはさっさと外縁星系守備隊コースト・ガードを繰り出してもらった方が手っ取り早い。戦艦の通信機能でも、一時的なら自律型通信施設レインドロップに代用出来る)

(いずれにせよ《オーグ》が双子の精神感応力を手に入れる前に、事を進めないと)


 思念と思念が混じり合い、絡み合い、お互いの意識を交換し、やがて結論を口にするまで、時間にすればほんのわずかのことであった。


(無事にことが進めば、君たちが怖れていた禁足地への手出しは不要になる)

(だったらいいんだけどね)


 穏やかな思念が告げた慰めの言葉に対して、応じた思念から滲み出すのは諦めとも覚悟ともつかない混然として感情であった。


(今さらどうこう言うつもりはないわ。たとえそれが博打の域を超えた、無謀な発想だとしても)


 思念たちの思考の循環は《繋がる》人々たちが等しく共有するものであり、つまりアンドログの脳裏にも同様に理解が刻まれる。《スタージアン》や《クロージアン》といった枠組を既に超越した《繋がれし者》の一員として、アンドログはローベンダール方面艦隊の指針を今一度確かめるため、久方ぶりに音声を発することにした。


「戦闘艦からの乗員撤収が完了し次第、無人艦船はプログラムに基づいてスレヴィア星系に進撃する。スレヴィア星系到着後もプログラムに従い、順次攻撃に移ること。目標はスレヴィア=タラベルソ間に配置された自律型通信施設レインドロップの一群だ」

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