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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
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【第四章 惑える星々】 第三話 急襲(1)

 およそ百年前に自治領が成立して以来、ミッダルト=トゥーラン間の極小質量宙域ヴォイドは第一世代と自治領を結びつける、経済的にも戦略的にも最重要のルートだ。両者を結びつける極小質量宙域ヴォイドはほかにもあるが、自治領総督府が置かれるトゥーラン星系を対象とする点において、ミッダルト=トゥーラン間ルートの重要性は抜きん出ている。


 ミッダルト星系とトゥーラン星系を結ぶ極小質量宙域ヴォイドは、ミッダルト側の管制ステーションは銀河連邦航宙局が、トゥーラン側の管制ステーションはトゥーラン自治領総督府がそれぞれの管轄となる。この両ステーションは指揮系統こそ異なるものの、常時緊密な連絡を取り合っている。


 極小質量宙域ヴォイドの両端が異なる勢力となる場合でも、極小質量宙域ヴォイドを行き交う船舶の運行管理には細心の注意が必要な、不可欠の措置であった。極小質量宙域ヴォイド両端の管制ステーション担当者たちは常日頃から意思疎通を欠かさず、陣営の垣根を越えた運命共同体としての意識は、勤続年数の長い者ほど強い。


 トゥーラン側のステーション管制官であるペイリー・ジョクは、この道二十年のベテランである。管制室のオペレーター席に着席していたジョクは、恰幅の良すぎる身体からだを苛立たしげに揺らしていた。


「ミッダルトからの定期連絡船は、まだ来ないのか」


 船舶運航スケジュール情報を積み込んだ定期連絡船によるやり取りは、極小質量宙域ヴォイドの航行を預かる管制ステーションにとっては命綱である。それはたとえ彼我の属する陣営が異なろうとも変わることのない認識であり、現にこれまで一度も欠かすことのなかった連邦航宙局のプロ意識を、ジョクは高く評価している。


 その定期連絡船が、予定を大幅に過ぎても未だ姿を現さない。お陰で足止めを食らったまま待機中の船舶たちからは、航行再開の確認を求める連絡が殺到する有様である。


 この仕事に就いて以来初めての事態に、ジョクは当惑せざるを得なかった。


「銀河ネットワークが完成したら、この仕事も取って代わられますからねえ。向こうの人たちも浮き足立ってるんじゃないですか」


 眼前のホログラム・スクリーンやらモニタを眺めていた年若い部下の女性の言葉に、ジョクは大きな身体からだごと向き直って険しい目を向けた。


「向こうの責任者は俺がひよっこの頃からこの仕事を続けている、管制官の鑑みたいな爺さんだぞ。あの爺さんがそんな()()をするか」

「でも定期連絡船なんて、せいぜいあと二年もすれば廃業ですよ。管制官の仕事も激減するでしょうし、そのお爺さんも自分の仕事が無くなりそうでショック受けてるんじゃないですか」


 部下のぼやきは、決して彼女ひとりのものではない。自律型通信施設レインドロップの敷設は自治領内でも着々と進められており、その有用性は外縁星系人コースターの誰もが目にしている。ミッダルト=トゥーラン間のネットワーク開通はスケジュールの最後、来年以降の予定とはいえ、ジョクたち管制官の主要な仕事のひとつだった定期連絡船通信が過去の遺物となるのは明白であった。


「管制官になれば食いっぱぐれはないと思ってたんだけどなあ。私も転職先探さないといけないかもですよ」


 彼女はそれなりに有能なのだが、余計な独り言が多いのが玉に瑕だ。さすがに勤務中に転職を呟かれるのは目に余ると思って、ジョクが注意しようとしたそのとき――


極小質量宙域ヴォイドに空間の歪みを感知!」


 唐突な部下の報告に、ジョクも慌てて彼女が注視するホログラム・スクリーンに目を向ける。極小質量宙域ヴォイドの様子を示すスクリーン上にはやがて、散々見慣れた定期連絡船の船籍ビーコン発信の表示が灯った。


「ようやっと到着か。全く何をやってたんだか……」


 肩の荷が下りたつもりで、大きく息を吐き出そうとしたジョクの耳に、今度はその定期連絡船からの通信が飛び込んでくる。


「管制に連絡! 緊急だ、応答してくれ!」


 声の主は、ジョクも長年付き合いのある定期連絡船の船長だ。定型のやり取りを無視して、おおかた遅刻の釈明を大袈裟にするつもりなのだろう。そう思ったジョクは頭を掻きながら連絡船の呼び掛けに応じた。


「こちら管制、ペイリー・ジョクだ。どんな言い訳を聞かせてもらえるのか、首を長くして待ってたぜ」

「ペイリー、一大事だ! 外縁星系守備隊コースト・ガードに連絡をつけてくれ!」


 船長からの通信は切羽詰まっていて、ジョクの冗談めかした言葉に付き合う余裕も感じられない。


「どうした、おい。お前らしくない慌てようだな。何があった?」

「航宙局の奴ら、ミッダルト側極小質量宙域(ヴォイド)の閉鎖に踏み切りやがった!」


 船長の通信の意味が一瞬理解出来ず、ジョクは顔をしかめながら尋ね返した。


「閉鎖って、どういう意味だ、そりゃ?」

「文字通りの意味だよ。ミッダルト側極小質量宙域(ヴォイド)を航行しようとする船舶を、手当たり次第に取り締まってるんだ。それも連邦軍の艦船まで使って!」

「連邦軍だと?」


 想像を超える事態を告げられて、ジョクの顔色が変わる。不安げな部下の視線を頬に受けながら、ジョクは船長に再び尋ねた。


「もしかして攻撃を受けたのか?」

「いや、そういうわけじゃない。ただずっと拘束されていたのが、今頃になってお前たちへの連絡を頼まれて、ようやく解放されたんだ。俺たちは航宙局のメッセージを預かっている」

「なんだ、そのメッセージってのは?」


 ジョクは背中に嫌な汗が滲むのを感じた。戦闘行為を受けたわけではない、だが軍艦が極小質量宙域ヴォイドをわざわざ封じ込めにかかるとしたら、ほかに思い浮かぶ可能性といえばひとつしかない。


「『これより自律型通信施設レインドロップの敷設を開始する。よって敷設工事の完了まで当極小質量宙域(ヴォイド)の航行を禁ずる』だ。あいつら、ミッダルト=トゥーラン間の銀河ネットワークを無理矢理こじ開けるつもりだ!」


 予想を的中させたジョクは、いつの間にかオペレーター席から立ち上がったまま、呆然とするしかなかった。

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