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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
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【第四章 惑える星々】 第二話 乱心(2)

「なあ、《クロージアン》の()()()()


 そんな呼ばれ方をしたのは、彼女にとっても初めての経験だったろう。ウールディもルスランも目を丸くする中、ファウンドルフも青い目をしばたたかせながら、視線をユタに向けた。


「私のことをそんな風に呼んだ男は、あなたが初めてよ」

「悪いね。育ちが育ちなもんで」


 緊張しないわけではない。《クロージアン》であることを差し引いても、目の前のプラチナブロンドの女性は銀河連邦事務局長という要職にある身なのだ。彼女の正体を知らずとも、気圧されるだけの迫力は十分である。

 だがファウンドルフがユタを見る目には、不思議と眼差しに険がない。

 お陰でユタは彼女に対して、比較的自然体で口をきくことが出来た。


「俺はもう駆け引きめいたお喋りは、《スタージアン》相手でお腹いっぱいなんだ。あの、なんでもわかってますって顔している博物院長に比べれば、あんたは随分と普通の人間に近い気がする」

「それは光栄と言っていいのかしら」


 我ながら明け透けな物言いになってしまったと思ったが、ファウンドルフはそれほど気分を害しているようには見えなかった。


「《スタージアン》に比べれば、私たちなんてたかだか三百年ほどの歴史しか持たない、《繋がる》ヒトの数だって一万人を超える程度のひよっこだからね。当然でしょう」

「だったらどうして」


 ユタ自身も奇妙に感じたが、彼と相対するときのファウンドルフにはどういうわけか壁がない。その理由はわからないが、この際である。ユタは言いたいことを言ってしまうことを選んだ。


「あんたたちは、《スタージアン》と《繋がる》ことを良しとするんだ? 《スタージアン》の方がはるかに上ってことは、要するに《スタージアン》に呑み込まれるってことと変わらないんじゃないか」


 それはスタージアからトゥーランを経てここテネヴェに至る道中で、ユタの胸中で膨らみ続けてきた疑問だった。


 銀河ネットワーク計画を前倒しに進め、連邦全域にまき散らした自律型通信施設レインドロップを通じて巨大な精神感応的な集団としてまとまることで、《オーグ》の処理能力を飽和させる――


 ウールディから伝え聞いたその計画はあまりにスケールの大きな話で、正直なところユタに納得出来たとは言い難い。意図するところはわかるのだが、いくら《スタージアン》といっても銀河連邦全域を《繋げる》ことなど出来るのか。出来たとしても、相手は《スタージアン》をさらに上回る存在だというのだ。こちらの目論見などとっくに見抜いているのではないか。


 そもそも銀河ネットワーク計画を実施する側となる《クロージアン》が、そんな計画を呑むのだろうか。


(いったい《オーグ》に呑み込まれるのと、《スタージアン》に《繋がる》のと、何が違うっていうの)


 ユタの思考に被せるようにして、遠く離れたスレヴィアにいるファナの思念が、強い口調で問いかける。


 ラセンという名の《オーグ》の監視下で、楽園のような監獄に閉じ込められ続ける彼女に今出来ることといえば、ひたすらひとりで考え続けることだけである。考えに考え続けた末に、彼女の脳裏に最後に残った疑問がそれであった。


(《オーグ》に《繋がる》ことを嫌って、代わりに《スタージアン》に《繋がる》なんて、本末転倒じゃないの?)


 ヴァネットを失う契機となり、ラセンを変貌させた《オーグ》に対して、ファナの感情は乱高下を繰り返してきた。怒りと絶望、憎悪と諦観といった激しい感情の起伏を経ながらも辛うじて最後の理性を保つことが出来たのは、ユタとの《繋がり》が維持されていたためだ。


 だがユタを通じて知り得た《オーグ》への対抗手段について、ファナはもう確信を抱けなくなりつつある。


(それなら《オーグ》と《繋がって》も同じことじゃない。だって、ラセンはもう《オーグ》と《繋がって》いるんだよ)

(そのラセンはラセンらしくないって、そう言ってたのはお前じゃないか)

(でも、《オーグ》の中にはヴァネットもいるんだよ!)


 長年慕ってきた男に《オーグ》との《繋がり》を日夜説かれ続け、その上その《繋がり》に加われば失ったヒトとの再会も可能と聞かされ続けてきた。


 今やファナは、《オーグ》の誘いへと傾く一歩手前のところまで揺らいでいる。そしてそんな彼女の精神状態が、ユタに影響を与えないわけがない。


「ユタ、ファナは今……」


 躊躇いがちに尋ねるウールディになんと答えれば良いものか、適切な言葉が思い浮かばない。


 ユタは、そんな考えに至るファナを責めることが出来なかった。

 何よりユタ自身、彼女の疑問に対する明確な答えを持ち合わせていないからだ。


 だから《クロージアン》と顔を合わせることの出来た今、彼は直接疑問をぶつけてみることにしたのだった。


「それは僕も気になっていた」


 ユタの質問に同調するかのように、ルスランもまたファウンドルフに問いかける。


「元々《クロージアン》は《スタージアン》を苦手としていたところを、シャレイド・ラハーンディが取り持って協力に漕ぎ着けたと、そう聞いている」


 ルスランから問いかけるような眼差しを向けられて、ファウンドルフは瞳だけを彼に向けながら肯定する。


「そうね、その通りよ」

「それで両者が和解出来たのだとしても、君たちが《スタージアン》と《繋がって》しまうことまで許容するのは、僕にとっても意外だった」

「そんなに意外かしら」


 ファウンドルフはそう言うとテーブルの上のグラスに、おもむろに手を伸ばした。ゆっくりと持ち上げたグラスをくいと一息に呷って、残りわずかだった赤い液体を喉の奥へと流し込む。やがてグラスを離した彼女の赤い唇は、小さく吐き出されたアルコールの臭気と共に妖しげなぬめりで湿って見えた。


「未知の恐怖に襲われるぐらいなら《スタージアン》と《繋がる》ことを選ぶ、ただそれだけのことなのに」

「《オーグ》と《繋がる》ことを、君たちがそれほど怖れるのか」


 ルスランにとって、その言葉は単なる感想以上のものではなかっただろう。だが彼がそう呟いた瞬間、視界の端で彼を見つめたままのファウンドルフの青い瞳に、まるで激したかのように冷ややかな光が閃いた。


「あなたは未知の存在に呑み込まれる恐ろしさを知らないから、そんなことが言えるのよ」

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