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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
201/223

【第三章 濁流】 第四話 幻景の澱(2)

「私の身体からだのことは、隅から隅まで調べ尽くしたって言ってたじゃない。これ以上、何をどうやって見つけ出すっていうの」


 口をへの字にしたファナに、ラセンは前髪を掻き上げながら大きな目を覗かせた。


「《オーグ》の精神感応力は、対象となるヒトのN2B細胞に働きかけることで作用する。ところがお前のN2B細胞は、《オーグ》の精神感応力を毛ほども受けつけようとしない」

「ふうん」


 ファナは生返事を装ったが、ラセンの言うことは既に事前に承知していることであった。《スタージアン》も《クロージアン》も、双子の頭の中は覗くことも出来ない。それはウールディやユタから散々聞かされている。


「ルスランやウールディのような先天性N2B細胞欠損症ならわかる。だがN2B細胞を十分に保有するヒトが《オーグ》の精神感応力を排除するという例は、これまで見たことがない」

「《スタージアン》以上に長生きとか大物ぶる割には、《オーグ》ってのも大したことないのね」


 挑発的なファナの言葉にラセンは軽く目を見開き、やがて分厚い唇の口角を微妙に上げた。


「いや、お前の言う通りだ。この銀河系人類社会には、《オーグ》も知らない世界がまだまだある。これほど多様な成果を結実させた世界は、()()が初めてだ」

「……何言ってんだかわかんないよ」


 含み笑いするラセンなど、この数年のファナの記憶にはない。こうしてファナも見たことのない表情を、見慣れたはずのラセンの厳つい顔に描いてみせるのは、間違いなく《オーグ》の仕業だ。


 追い続けてきた男の見慣れない笑みを目の当たりにして、ファナが眉根を露骨に寄せる。だがラセンは彼女の不審げな顔を気にかけず、テーブルの上に両手を組んだまま肘を乗せた。


「ファナ、銀河ネットワークの敷設が決まったこの銀河系人類社会は、遅かれ早かれ《オーグ》に《繋がる》ことになる」


 重々しく口を開いたラセンの言葉は、だがファナの胸に響くものではなかった。


「ラセンにそんなことを言われると調子が狂うな」

「なんでだよ」

「《スタージアン》や《クロージアン》みたいに《繋がって》る連中のこと、一番虫が好かないって顔していたくせに」

「仕方ねえだろう。俺はもう《オーグ》に《繋がっ》ちまった。こればかりはどうしようもない。どう否定しようとも俺は《オーグ》の一部だし、正直に言えば否定するつもりも起きないんだ」


 声を荒げるでもない、淡々とした弁明に終始するラセンが、やはりファナにとっては釈然としない。


「俺が言いたいのは、銀河系人類社会の全員が《繋がった》後のことだ」


 そう言ってラセンは組んだ両手の上に顎先を当てるようにして、顔を前に突き出した。中等院の導師との面接で回答を迫られたときのことが思い出されて、ファナは不快そうに顔をしかめた。


「今からもうそんなことを考えているの。随分と気が早いなあ」

「ファナ、お前は自分以外の全員が《繋がった》世界の中で、果たして生きていけるのか?」


 ラセンの口調は相変わらず平板だったが、その台詞はそれまでと異なり、軽く受け流すことが出来なかった。


 一字一句を内心で反芻し、理解していくに連れて、ラセンの言葉がじわりとファナの胸に突き刺さる。


 自分以外の全員が、精神感応的に《繋がった》世界。

 自分だけが周囲と《繋がって》いない世界。


 そんな世界を、想像したことがあるわけがない。


(お前はひとりになんてならないぞ)


 不意にファナの思念に、低い、だが力強い声が響き渡った。


(なるわけないだろう。俺たちの間には《オーグ》にも解き明かせないような、わけのわからない《繋がり》があるんだから)


 そうだ。私はひとりじゃない。ひとりきりになんて、なるわけがない。


「ユタのことを忘れてるんじゃない、ラセン」


 その言葉には多分に強がりが混じっていたが、一瞬心臓を鷲掴みにされたような動揺は既に収まっていた。そしてテーブルの上のドリンクがまだ飲みかけであったことに気づき、思い出したように手にする。


「そうだったな。お前たちのその《繋がり》の有効範囲は、《オーグ》の常識と照らし合わせても桁外れだ」

「そうだよ。特にここスレヴィアなんかど真ん中に近いんだから。そう簡単に私とユタの《繋がり》は途切れないよ」

(馬鹿、余計なことを!)


 ファナがその言葉を口にすると同時に、舌打ちするユタの思念が突き刺さる。その意味に気がついて、ファナは面を伏せるようにして慌ててグラスのストローを咥えた。そのままゆっくりと上目遣いに見返したラセンの顔は、何かを考え込むかのように太い指で四角い顎先を撫でている。


「そうだったな。お前たちの《繋がり》が常識外れだといっても、限界がないわけじゃない」


 ファナとユタの《繋がり》の有効範囲は、当然ラセンも知っている。今、彼らがいる惑星スレヴィアを基準にするなら、銀河連邦域内ならスタージアからテネヴェ辺りまでをカバー出来るということを、把握しているはずだ。


「もしその《繋がり》が途切れたら、どうするんだ?」


 核心を突く問いを躊躇いもなくぶつけられて、ファナは額に冷や汗が吹き出すような錯覚を覚えた。麦藁帽子を被ったままで良かったと、つばの下でぎこちない表情を押し殺したまま、ファナはストローを吸い続ける。


「その可能性は十分あるんだぞ。お前も、ユタも、そんな孤独に耐えられるとは思えん」


 その言葉を聞いて胸を撫で下ろしたのは、ユタの思念が先であった。


(ラセンは――《オーグ》は、《繋がり》が途切れた俺たちはN2B細胞保有者(ノーマル)と変わりないってことに、まだ気がついてない)


 確かめるように呟かれるユタの言葉に、ファナは全身を強張らせたまま、意識だけで頷いた。


(もしかしたら話したことあったかもって心配だったけど、やっぱり言ってなかったみたい)

(絶対に気づかれるなよ。気づかれたら最後、《オーグ》は俺たちの《繋がり》をぶった切りに来る。そうしたらお前も《オーグ》に呑み込まれちまう)


 念を押されるまでもない。ただどんな表情で顔を上げて良いのかわからず、ファナは麦藁帽子の下にさらに隠れるように、面を伏せる。


「ファナ、《オーグ》にはまだ、お前たちと《繋がる》術はない」


 頭上から降り注ぐように投げかけられるラセンの言葉に、威圧的な響きはない。


「お前たちが《オーグ》に《繋がろ》うとしないなら、それでもいい。だがもし孤独に耐えられなくなったら、意地を張らずにそう言え。《オーグ》はお前たちと《繋がる》方法を、必ず見つけ出す」


 むしろ心からの気遣いすら感じられるようなその口調は、やはりファナの知るラセンらしくなかった。

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