【第三章 濁流】 第三話 血族の呪縛(2)
「先日、ここテネヴェとゴタンの間を結ぶ銀河ネットワークが、無事開通いたしました」
銀河連邦評議会ドームの中央に映し出されたエカテ・ランプレーのホログラム映像は、これ以上ないほど誇らしげな喜色に満ちていた。
「計画は極めて順調に推移しています。既にテネヴェからローベンダール、ミッダルト方面、さらにスタージアまでを結ぶ基幹線の敷設に着手しており、四ヶ月後には開通する見込みです。同時にローベンダール、ミッダルトからもそれぞれ支線を伸ばし、三年後には銀河連邦全域に銀河ネットワークが張り巡らされることでしょう」
自信に満ちて鼻息も荒いランプレーに、並み居る評議会議員は辟易しながらも、表立って文句を言う者はいない。タラベルソ=スレヴィア間の銀河ネットワーク開通試験の成功以来、彼女の実績は着々と積み上げられている。テネヴェ=ゴタン間の開通が成った際には開通試験成功時以上の盛り上がりを見せて、それぞれの星で負傷者まで出る騒ぎとなった。
鼻高々なランプレーとは対照的に、憮然とした表情が常の航宙局長は、いつにも増した渋面で彼女を睨みつけていた。銀河ネットワーク敷設工事の実務は航宙局が中心に進めているが、計画自体の舵取りは未だランプレーが長を務める推進委員会が掌握している。銀河ネットワークの運用権を手中に収めたい航宙局に対して、ランプレーは推進委員会をそのまま新たな局に昇格させようという野心をもはや隠し立てしておらず、両者の対立を知らない者はいない。
「ランプレー議員は今、銀河連邦全域と仰いましたが……」
そう言って質疑を口にしたのは、航宙局長に与すると見做される、エヴァラシオ代表の議員だった。
「自治領内のネットワーク敷設工事の進捗状況は、いかほどですか?」
彼の質問を耳にして、口角の上がったランプレーの片頬がぴくりと動く。
「仰る意味がよくわかりませんが」
「自治領におけるネットワーク敷設は、推進委員会とは別に総督府が管轄していると聞き及んでおります。自治領内の進捗状況も、委員長は把握されているのでしょうか?」
彼の言う通り、トゥーラン自治領内での敷設工事には連邦航宙局も関わっていない。全て外縁星系開発局、そしてその傘下という形を取る自治領総督府が一手に仕切っている。ランプレーとて自治領内の状況を隅々まで知っているわけではないだろうという、皮肉混じりの質問であることは明らかだ。
だが評議会ドーム中央に大きく映し出された銀髪の女性議員の上半身は、その強面に浮かべた笑みを損なうことなく、おもむろに口を開いた。
「お答えしましょう。仰る通り自治領内の工事は総督府によって進められておりますが、外縁星系開発局からは都度報告を受けております。現状ですとトゥーランとジャランデールを結ぶネットワークが、来月初頭には開通する見込みです」
ランプレーの滞ることのない回答を受けて、質問したエヴァラシオ代表議員が微妙に顔を歪ませる。彼の表情を見て満足げに頷きながら、ランプレーは正面に据えられていた支線をやや左に前方に向けた。
「ただ詳細はといえば、やはり外縁星系開発局長からご報告いただくのがよろしいでしょう。ラハーンディ局長、後をお願い出来ますでしょうか」
ランプレーの言葉と同時に、それまで彼女を映し出していたホログラム映像は金髪の青年局長の姿に切り替えられた。
「……自治領内の銀河ネットワーク工事の進捗状況について、申し上げます」
不意に水を向けられたルスランは、だが戸惑う様子も見せずに、手元の端末棒から引き出したホログラム・スクリーンに目を通しながら答弁を引き継いだ。
「先ほどランプレー議員からもありました通り、トゥーラン=ジャランデール間の銀河ネットワークは間もなく開通の予定です」
ホログラム・スクリーン上に現れる資料の流れを目で追いながら、報告するルスランの口調は努めて事務的だ。
「この工事の完了が確認出来次第、クーファンブート方面及びネヤクヌヴ方面への工事にそれぞれ取りかかる手筈となっております。予定通り進めば、自治領内のネットワーク敷設はおよそ十五ヶ月で達成出来るでしょう」
ルスランの報告内容よりもその淡々とした態度に対して、ランプレーは唇の端を吊り上げ、そして航宙局長はいかめしい顔立ちを一層しかめてみせる。
エカテ・ランプレーとルスラン・ラハーンディが不倶戴天の仇敵同士であったのは、どうやら既に過去のことらしい。
調子に乗ったランプレーを揶揄するつもりの質疑は、その意図と真逆の結果を引き出してしまったのだということを、評議会の全員が思い知らされたのである。
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連邦評議会ドームと連邦常任委員会ビルは、ふたつの区画に渡って並び立つように建設されている。銀河連邦創立当初は同一の区画にあった両者は、長い歴史の中で何度かの改装と移転を繰り返してきたが、隣り合うように位置するという伝統は保たれ続けてきた。現在は当初の建設地から海側へとおよそ十キロメートルほど、海面にいくつも浮かぶメガフロートの上に移動して、隣接し合う区画でそれぞれに威容を放っている。両区画の間には幅広の道路が横たわっているが、その上にはほとんど公園と見紛うような空中回廊が四方八方に広がって、評議会ドームや常任委員会ビルに限らない、周囲一帯の建造物たちが結びつけられていた。
建設当初から大きな卵を半分にして伏せたようなデザインを貫く評議会ドームに比べて、常任委員会ビルは移転の度に都度外観を変えていった。常任委員会を構成する航宙・通商・安全保障・財務の四局がそれぞれ外部に別個のオフィスを構えるようになり、常任委員会ビルに求められる機能も変化していったためだ。
現在の常任委員会ビルは初代の高層建築から比べれば背の低い、ずんぐりとした城塞のような外観に姿を変えて、既に半世紀以上の歴史を誇る。ビルの中を主に占めるのは、その時々の要請に合わせて設けられる特別委員会の類いだ。今は銀河ネットワーク推進委員会がその三分の一を占有し、残りをその他の複数の特別委員会と、常任委員長を支える事務局、そして外縁星系開発局とで分け合っていた。
「何がそんなに気に入らないのかね」
連邦評議会を終え、常任委員会ビルに向かって空中回廊を歩いていたルスランは、背後からの声に憮然とした顔で振り返った。
「……常任委員長閣下」
「そんなに難しい顔していたら、せっかく無難に乗り切った答弁も台無しじゃないか」
均整の取れた長身に、歳に似合わず張りのある健康そうな黒い肌。整った口髭がトレードマークのハイザッグ・オビヴィレが、慇懃な笑みを浮かべてルスランの顔を見返している。
「そんな風に見えましたか。いえ、少々考え事をしていまして」
珍しいところで珍しい人物から声を掛けられて、ルスランは表情を繕いながらそう答えた。
「考え事か、なるほど。外縁星系開発局長ともなると、ほんの少しの移動の時間も惜しいと見える」
オビヴィレが口髭の下から吐き出した台詞には、わかりやすい揶揄の響きがある。それは軽妙洒脱な外観にそぐうものではあったが、この場でそんな言い回しをする彼に、ルスランはふと違和感を覚えた。
「とんでもない。私など閣下の多忙に比べれば、足下にも及びませんよ」
わざとらしくへりくだった物言いをしながら、ルスランは水色の瞳でオビヴィレの顔を窺い見る。
オビヴィレとは場の雰囲気を読むことに全力を注ぎ続けた結果、たまたま権力争いの空白期間に放り込まれた男だ。他者のみならず当人も、おそらくその評価に納得している。そんな男がわざわざ非公式の場で、ルスランに声を掛けるということが有り得るだろうか。現に今の今まで、常任委員会と評議会以外の場でルスランはオビヴィレと口をきいたことがない。
「そう警戒しないでいい」
ルスランの探るような視線を受けて、オビヴィレはわずかに目を細めて笑いかけた。
「実は君にひとつ話があってね。評議会議場でというのもなんだから、少しお茶でもしながらと思って呼び止めたんだ。付き合ってもらえるかね?」
無論、常任委員長の誘いを断るという選択はない。ルスランはオビヴィレの後に従って、常任委員会ビルの最上階にある常任委員長執務室へと足を踏み入れた。
オビヴィレと私的な付き合いのないルスランにとって、こうして彼とふたりきりで向き合うのは初めてのことだ。そもそも彼はこの洒落者の常任委員長を、さして評価していない。そう評価されることに甘んじ続けられる精神力だけは大したものだと思うが、それもどちらかと言えばため息混じり、呆れ半分といったものだ。
だから執務室の応接ソファに向かい合って腰掛けたオビヴィレがおもむろに口にした内容に、ルスランは危うく手にしたコーヒーカップを取り落としそうになった。
「急な話で申し訳ないが、私は先月から事務局長と《繋がって》いる」