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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
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【第三章 濁流】 第一話 音信不通(2)

「ジョンセンとはまだ連絡が取れないんですか?」


 ベルタの忍耐は、そろそろ限界を迎えようとしていた。


 一見したところ白一色のシルクのワンピースには、よく目を凝らせば微に入り細に入った手の込んだ刺繍が、襟口から袖ぐりまで万遍なく施されている。ガーク家の嫁にあてがわれた衣服はベルタの眼鏡にも適うものばかりだったが、今の彼女にはとても堪能する余裕はなかった。


「定期連絡が途絶えて、もう十日ですよ。どうなってるんですか!」


 丁寧に編み込まれた亜麻色の髪をふりほどきそうな勢いで問い詰める、ベルタの声はほとんど叫び声に近い。彼女の神経が擦り切れる寸前であることが、わかっているからだろう。どんなに詰られても、デヤン・ガークは冷静な表情を崩さなかった。


「ベルタ、せがれが出張った先は敵地でもなんでもない。サカや正統バララト、連邦との近接宙域のパトロールに向かっただけだ。危険なことなど何もないよ」


 デヤンの言葉に間違いはなかったが、ベルタにとっては既に何度も繰り返し聞かされてきた台詞でしかない。危険がないというならなおのこと、連絡が取れないという状態が異常であることの証左にしかならないではないか。

 エルトランザ領デスタンザの守備隊を率いたジョンセンたちがパトロールに向かって、およそ一ヶ月が経つ。当初は半月ほどで帰還する予定だったのだ。世の中が銀河連邦の銀河ネットワーク開通のニュースに沸き立つ中、新婚間もないベルタはひとり不安に駆られたまま夫の帰りを待つ身であった。


「せめて捜索を出すことは出来ないんですか?」


 ベルタの願いはもっともだったが、デヤンには頷くことは出来なかった。今回のジョンセンたちの出動は、エルトランザ軍の指示を仰ぐことのない、デスタンザ守備隊の単独行動である。迂闊に捜索を願い出れば、逆に独断専行を責められかねないのだ。

 だがそこまでの事情を知らないベルタには、義父が捜索に動こうとしない理由まで慮りようもない。


「お義父とうさまが動かないというのであれば、マドローゾの宇宙船ふねを駆り出すよう、私の実家に依頼します」

「落ち着きなさい。いたずらに騒ぎ立てて、事を大きくすべきではない」

「いい加減、その言葉は聞き飽きました」


 物怖じせずはっきりと物を言う嫁の気性を歓迎していたデヤンだが、今ばかりは辟易せざるを得ない。ふたりの間に漂う重苦しい空気を一変させたのは、デヤンの通信端末イヤーカフに届いた部下からの一報であった。


「ジョンセンと連絡が取れた? それは本当か?」


 耳朶に手を当ててデヤンが発した声に、ベルタがぱっと眉を開いて顔を上げる。


「そうか、わかった。この部屋の――居間の端末に通信を繋いでくれ」


 デヤンの言葉を耳にすると同時に、ベルタは居間の中央に鎮座する長方形のローテーブルに飛びついた。天板の縁に触れると、木目調の重厚なテーブルの中央が淡く光り出し、やがて宙に小さな光点の群れが飛び交い始める。徐々に光点の群れにはめいめいに色がついて結びつき、やがてくっきりとした立像を映し出した。


「ジョンセン!」


 テーブルの上に浮かび上がったのは、黒地に金刺繍の入ったエルトランザ軍の高級士官服に身を包んだ、ベルタの夫の上半身であった。

 敬礼のポーズを取っていたジョンセンは、ベルタの顔を見てしかつめらしい表情を和らげる。


「連絡が遅くなって済まないな、ベルタ。心配かけたか?」

「心配したに決まってるでしょう。新婚早々未亡人なんて、冗談じゃないんだから」

「そいつは済まなかった。安心しろ、そう簡単には死なないよ」


 ジョンセンに笑いかけられて、ベルタは心底安堵の表情を浮かべた。


「そうね。私が見込んだ人が、こんなことで命を落とすわけないものね」

「そういうことだ。さて済まないが、父さんに替わってもらえないか。そこにいるんだろう?」


 その言葉を合図に、デヤンがベルタの前に出る。ジョンセンは改めて敬礼を取ると、父に向かって形式張った報告を口にした。


「連絡が遅れまして申し訳ありません。エルトランザ軍デスタンザ守備隊長ジョンセン・ガーク、任務の完了を報告いたします」


 息子のホログラム映像に無言で頷こうとしたデヤンは、報告の中の一節をふと聞き咎めて思わず口を開いた。


「任務完了だと?」

「ええ、我々は長官から拝命しました任務を果たして、帰途に着いたところです」


 そう言うとジョンセンは畏まった態度を崩して、にやりとした笑みを浮かべる。


「正直なところ私も任務に就いたときは半信半疑でしたがね。さすが長官のご明察といったところでしょうか」

「もったいぶった言い回しをするな。何か発見出来たのか」


 テーブルに片手を突いて、デヤンは身を乗り出す。ジョンセンは逸る父を焦らすかのようにゆっくりとした動きで、背後の部下に向かって一瞥をくれた。すると彼の右隣の空間に大きなウィンドウが開き、中には宇宙空間に浮かんでいると思われる物体の映像が映し出された。


「サカ近接宙域及び正統バララト近接宙域で、それぞれひとつずつ。明らかに同型と思われる人工物を発見しました。強力な指向性電波を受発信する、通信施設の一種と思われます」

「通信施設……これがか?」


 顎に手を当てて訝しむデヤンに、ジョンセンは軽く頷いてから答える。


「確かに常識とかけ離れた形状ではありますが、おそらく間違いないでしょう。このうちサカ方面の一基を鹵獲したのですが、特定の電波以外を妨害する機能を備えており、その解除に手間取ってしまいました。連絡出来ずにおりましたのはそのためです」

「なるほど、そういうことか。人工物も確保したというなら言うことはない」


 そこまで口にしてから、デヤンはテーブルに突いていた手を浮かせて、ようやく唇の端をわずかに弛緩させた。動揺する嫁の手前だから表情を引き締めていたが、彼も息子の安否を気にしていたのだろう。


「はい。詳細は持ち帰って分析してからということになります。予定では五日後の帰投となりますので、今しばしお待ちください」


 間もなく通信が切れるのだろうと見越して、ベルタが一歩前に踏み出してデヤンの横に並んだ。


「ジョンセン、気をつけて帰ってきてね」

「ああ。今度こそしばらく休めるよう、父さんの説得を頼んだよ」


 凜々しい目元を細めながらジョンセンが頷いて、やがてホログラム映像が掻き消えた。テーブルが再び木目調一色に戻ったのを見て、デヤンが小さく息を吐き出す。


「全く心配させおって。あいつもいい大人だというのに、なかなか安心させてはくれん」


 恰幅の良い身体からだを揺すって顔を逸らす義父の背中に、安堵の気配が漂っていることをベルタは気づいていたが、あえて何か言おうとは思わなかった。デヤンに劣らずジョンセンの無事を喜んでいるのは、彼女もまた同様であった。


 それにしてもと思い返しながら、ベルタは口元に指先を当てる。


 先ほどのホログラム映像に映し出された、ジョンセンの部隊が鹵獲したという人工物。常識外れの形状と彼は説明していたが、ベルタにはうっすらと既視感があった。


 いつの記憶だろう。つい最近のことのように思えるが、ジョンセンとの音信不通が気にかかって、ここしばらくほかのことまで頭が回っていなかった。報道の映像かもしれない。確かにどこかで見た覚えがあるのだ。


 あのつるりとした球形の、一部だけが突き出したような、まるで『雨滴レインドロップ』のような形状は――

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