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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
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【第二章 銀河ネットワーク】 第一話 驚報(3)

 ラセンの母は、かつてジャランデールで一、二の人気を誇った歌姫である。

 まだ自治領総督秘書だった、若かりし頃のラージ・ラハーンディは、招かれた先の夜会で美声を披露する彼女に一目惚れしたのだという。

 彼女はその歌声だけでなく容姿も仕草も、異性を魅了するに十分なものを備えていた。片やラハーンディ一族の御曹司という身分のみならず、ラージの生来の押しの強さと決断力は、歌姫の目にも男性的な魅力と映ったのだろう。ふたりが恋仲に落ちるまでそれほどの時間はかからなかった。


「そして生まれたのがラセンってわけ。ファナも、なんとなくなら聞いたことあるでしょう?」


 ヴァネットが口にしたラセンの出自は、それほどの秘密というわけではない。


 現自治領総督ラージ・ラハーンディが嫡男以外にもふたりの庶子をもうけているということは、今さらスキャンダルにもならない周知の事実だ。そうでなくともラハーンディ一族といえば、あちこちに子種を振りまく、奔放とも無節操ともつかない家系と思われている。


 ファナも、これまでに周囲から漏れ聞こえてくる噂によって、その概要は伝え聞いている。


 だが、続いてヴァネットが打ち明けた内容は初耳であった。


「私はその、ラセンのお母さんの友人の子なの。私が十歳ぐらいかな、私のところは父ひとり子ひとりだったんだけど、その父が事故であっさり死んじゃってね。それで私はラセンの家に引き取られたのよ」

「そうなの? でも、なんかそれって……」

「あんたたちを拾ったとき、私も似てるって思った。だからラセンもなんだかんだあんたたちとの養子縁組を断らなかったし、シャーラに預けることをお願いしたんでしょう」


 ラセンの母とラージは、おそらく社会的立場の違い故だろうが、籍を入れることはなかった。ラージはラセン母子に対して金銭的な援助は惜しまなかったが、共に過ごす時間はごくわずかだったらしい。代わりにラセンにとって父親代わりに近かったのが、ヴァネットの父だったのだろう。


「今振り返れば、父とラセンのお母さんはいずれ結婚するつもりだったのかも。だから私にとってラセンは兄同然だし、ルスランは弟、ウールディも妹みたいなもんよ」


 今さら知る真実にファナは驚きつつ、また同時に納得もしていた。

 ラセンとヴァネットの、夫婦や恋人とはまた異なる、だが互いに万感の信頼を置く緊密な関係には、そんな背景があったのだ。


「ラセンはあんたと同じ、中等院を出てすぐ宇宙船ふな乗りになったんだけど、あのつっけんどんな性格だからしょっちゅうトラブル起こしてね。仕方ないから私も手伝うことにしたの」


 そこまで話し終えてから、ヴァネットは目の前のタンブラーに手を伸ばし、中に満たされていたエールに口をつけた。ファナもつられるようにエールを呷り、同時にタンブラーから口を離したふたりはそろってぷはっと息を吐き出す。


「それにしても、ラセンもルスランも遅いなあ」

「遅れるなら、連絡の一本でも入れろっての」


 ふたりがラセンたちを待つのは、自治領が成立して間もない頃にラハーンディ家が買い上げたという、トゥーラン自治領の関係者には馴染みの深い店である。


 テネヴェはセランネ区の郊外にある住宅地の一画を占めるその店は、背の低い柵に囲まれた敷地によく手入れされた草木が生い茂り、外からは見えない範囲に中庭が広がっている。その中庭に張り出すように設けられたガラス張りのテラス席に座れば、住宅地の中にあっても造園の行き届いた豊かな緑を堪能することが出来た。一方で料理は手頃な価格で供出するために全て現像機プリンター製だが、その分レシピと材料に拘ったというだけあって、味も申し分ないという評判だ。


 ラハーンディ家が買い上げた際に、店名を『カナリアン・テラス』に変えた店の自慢のテラス席は今、ファナとヴァネットのふたりきりで貸し切り状態であった。


「早いとこ来てくれないと、お腹いっぱいになっちゃうよ」


 全員が揃う前にメニューを進めるのも憚られて、先ほどからファナが口にしているものといえば、マリネやカナッペに揚げたアスパラガスといった前菜ばかりだ。


「メインディッシュの分は、余裕を残しておかないと……」

「安心しろ、もう我慢しなくていいぞ」


 中庭に続くテラス席の入口から、聞き慣れた野太い声に呼び掛けられて、ファナが振り返る。一方のヴァネットは背凭れに右腕を引っ掛けたまま、横目に視線を投げかけた。


「いくらなんでも遅刻が過ぎるんじゃない? お預け食らう身にもなってよね」


 すると巨体の陰からルスランの金髪の頭が覗いて、ラセンの代わりに詫びを口にする。


「済まないね、ヴァネット。せめて今夜のお代は僕が持とう」

「じゃあ、ラセンと割り勘ね。それなら喜んで奢られるわ」


 ヴァネットの有無を言わさぬ提案にラセンもやむなく頷きながら、テラス席の食卓にはようやく四人が勢揃いした。


 それぞれがなみなみとエールを注がれたタンブラーで乾杯すると、ルスランは改めて遅刻の理由を説明した。


「エルトランザの件で話し込んで、すっかり遅くなってしまった」

「エルトランザ? バララトじゃなくって?」


 聞き間違いだろうと思って問い返したファナに、ルスランは端正な容貌に似合わぬしかつめらしい顔で首を振った。


「バララト方面の状況はラセンから聞いたよ。元々交流の乏しい遠バララトはまだしも、正統バララトまで入国できないとはね」

「バララト方面の情勢に、俺たち以上にエルトランザがびくついているらしい」


 大きく足を開いてどっかと席に腰掛けたラセンが、あっという間に空になったタンブラーを掲げたまま、ルスランの言葉を補足する。

 銀河連邦よりも歴史の古いエルトランザとサカ、そして旧バララト系諸国は、お互いの版図が接する星系も連邦に比べてはるかに多い。サカに続いて隣接する複星系国家が音信不通となれば、エルトランザ首脳が警戒を強めるのも無理はない。


「サカとの交流が途絶えてから、エルトランザがサカとの国境警備を強化しているという話は、安全保障局からも聞いていたんだが……」

「それはまあ、それぐらいはするだろうね」

「それが、ここに来て正統バララトまで同じ状態に陥って、エルトランザはかなり疑心暗鬼になっている」


 正統バララトはサカともエルトランザとも接する、小規模ながらも複星系を領有する国家だ。そことサカが手を組んで、エルトランザへの侵攻を企んでいるのではないか。そんな憶測まで飛び交っているという。


「まさか」


 ルスランの言葉に、驚くよりも呆れ顔で反応したのはヴァネットだった。


「いくらなんでも、サカと正統バララトが組んだところで、エルトランザに太刀打ち出来るわけないじゃない」

「普通ならそう考えるところだが」


 早くも二杯目のエールを空けつつあるラセンが、ヴァネットの言葉に反論する。


「これまで行き来のあった隣人たちが、口裏合わせたように立て続けにだんまりを決めたら、不気味に思っても仕方ねえ」

「そういうわけなんだ。エルトランザの中でも今後の対応をどうするべきか、かなり揉めているらしい」


 へえ、なるほど、と頷きながら、実際のところファナにはいまひとつラセンやルスランたちの話が理解出来ていなかった。

 サカやバララト方面との交流が途絶えて、隣接するエルトランザが気味悪がっている。そこまではわかるが、それでルスランが深刻な顔をする理由がわからない。


 ただ大人しく話を聞いていると、メインディッシュの食べ時を逃してしまうかもしれない。そう思ってファナは、席の傍らに控える現像機プリンターに手を翳した。

 気づかれぬように操作したつもりだったが、現像機プリンターが小さく唸る音を聞きとがめて、ラセンが渋い顔をする。


「おい、ファナ。まだ話の途中だぞ」

「いいじゃない。なんか話が長くなりそうだし、それにこれを見ればラセンだって絶対食べたくなるよ……ほら!」


 そう言ってファナが現像機プリンターから取り出したのは、大皿に盛りつけられたマクルーベであった。米と共に炊き込まれる具材は、鶏肉にジャガイモ、茄子、玉葱と、シャーラのお手製とほぼ変わらない。


「なにこれ! 前にこの店に来たときは、こんなのなかったよね」


 驚くヴァネットに、ルスランが得意げな笑顔を向ける。


「僕たちが利用するとき限定ってことで、シャーラに現像機プリンター用のレシピを作ってもらったんだ」

「この前の連絡船通信で、シャーラから聞いてたから楽しみでさ。ほら、ラセンも食べたいでしょう」


 食卓の中に置かれた大皿が放つ香りが、鼻腔にまで漂って食欲を刺激する。ラセンはごくりと喉を鳴らすと、無言のまま、おもむろにマクルーベを取り皿によそい出した。

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