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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
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【第二章 銀河ネットワーク】 第一話 驚報(2)

 テネヴェが擁する宇宙港は、軌道エレベーターに直結したものから静止衛星軌道上に座するものまで、全部で七つある。これだけの数の宇宙港を備える惑星は、銀河系中にはほかにローベンダールと、エルトランザ領デスタンザしかない。中でもテネヴェ・デキシング宇宙港は建設当初から三百年近くもの間増改築を繰り返し、今では利用客数から貨物取扱量まで銀河系随一を誇る、港湾施設そのものも最大規模の宇宙港である。


「ろくに荷揚げするものもない商船って、デキシング港広しといえどもうちぐらいじゃない?」


 デキシング宇宙港の空港ロビーに降り立ったファナは、人混みの中に足を踏み出して、真っ赤なベストのポケットに両手を突っ込みながら、いかにも不機嫌だった。


 ベストの下に着込んだ、彼女の健康的な肢体を首回りから手首足首の先まで隈無く覆い尽くすタイトなボディスーツは、宇宙船ふな乗りの日常的な装いである。下にはショートパンツとブーツを重ねて履くのが、ここのところのファナの定番のスタイルだ。

 肩の上で切り揃えられた黒髪は長さこそ中等院時代と変わらないが、ところどころに覗く鮮やかなエメラルドグリーンのメッシュが目を引く。


「そういうわけでもないと思うよ」


 傍らに自走式のスーツケースを従えながら、ジャンパーに袖を通して並ぶヴァネットが、今では彼女の背を少しばかり上回ってしまったファナを見上げて、苦笑混じりになだめすかした。


「バララト全域があの調子だから。多分私たち以外も、バララト方面でまともな買い付けが出来た商人は少ないんじゃないかなあ」

「まさか、あそこまでしっちゃかめっちゃかになってるとはね」


 港内に当然のようにある1Gの重力に身体からだを馴染ませようと、両手を組んだ腕を頭の上にいっぱいに伸ばしながら、ファナの言葉には少なからぬ困惑が混じっていた。彼女に応じるヴァネットの声もまた同様だ。


「物資の流通が滞って、ディレイラはほとんど開店休業状態。まともに往来出来るのは近バララトぐらい。正統バララトや遠バララトに至っては、大半がサカ同然に音信不通だからね」

「一昨年行ったときは、ディレイラなんかまだ賑やかだったよ」

「あの調子じゃ、バララト方面で仕事をするのは当分厳しいかもね」


 憂鬱な顔を見せるヴァネットの横で、ファナはため息をついた。


「正式な宇宙船ふな乗りになって、ようやく慣れてきたってところなのに。世の中の雲行きがどんどん怪しくなって、ついてない」

「こんなこともたまにはあるよ。しばらく我慢すれば、またいいこともあるって」


 ヴァネットがファナの肩をぽんと軽く叩く。それが気休めに過ぎないことはわかっているが、ファナにとって彼女の言葉はどんな精神安定剤にも勝る。


「ヴァネットにそう言われると、なんかそんな気になるよ。ほんと、ヴァネットみたいなお姉さんがいてくれて良かった」

「なに、そんなに褒めても何も出ないよ」


 肩にかかる明るい茶色のソバージュヘアを揺らしながら、ヴァネットが笑う。するとファナは少々真面目くさった表情で、彼女の顔を見返した。


「いやいや、結構本気で言ってるんだよ。だって、ラセンの放任主義と言ったら! ヴァネットがいてくれなかったら、私きっと何していいかなんて全然わかんなかった」

「まあ、ラセンはね。あいつは人にものを教えるってことに、根本的に向いてないわ」

「だよねえ! 昨日だって、なんにも言わないで勝手に地上に降りちゃうし。ドック入りの手続きとか宇宙船のメンテとか、みんな私たちに丸投げして。あそこまで傍若無人だとは思わなかった!」


 この場にいない巨漢の姿を思い浮かべて、ファナの口からは罵詈雑言が止まらない。


 彼らの宇宙船の船長であるはずのラセンは、下船するや否や「後は任せた。セランネ区で落ち合おう」とだけ言い残して、早々に地上行きのシャトルに乗り込んでしまったのである。残されたふたりは宇宙船整備の手配を済ますのにほとんど丸一日をかけて、ようやくテネヴェの地表に降下すべく、シャトル搭乗口に向かっているところであった。


「今さらでしょう。ラセンはほら、先にルスランに会って、色々と報告しなくちゃいけないことがあるから」

「それにしたって、せめて船長らしく指示ぐらいしてけっての。私が乗り込む前からあんなんなの?」

「そうねえ、だいたいあんな感じかなあ。それについてはちょっと甘やかしすぎたかもって、反省してるわ」


 そう言って眉尻を下げるヴァネットを見ていると、ファナは自分ばかりが腹を立てるのが馬鹿馬鹿しく思えて、消化不良な視線を投げかけた。


「ヴァネットはよく何年もラセンのことを面倒見てるよね。途中で嫌になったりなんないの?」

「それはまあ、むしろ嫌になってばっかりよ。でも……」


 苦笑気味に答えながら、ヴァネットの言葉は彼女がふと顔を上げたところで途切れた。その目が向けられた先に映し出されているのは、シャトルの発着時刻が羅列されたホログラム映像の掲示板だ。


「いけない、このままだと乗り遅れる。ファナ、急いで!」


 言うや否や駆け出すヴァネットの後を、ファナもまた慌てて後を追う。空港ロビーを走り出すふたりの背中を、さらに自走式スーツケースがスピードを上げて忠犬よろしく追いかける。


 テネヴェ・デキシング宇宙港を発したシャトルに乗って、ふたりが惑星テネヴェの中心街区のひとつセランネ区にたどり着いたのは、現地時間で間もなく夕刻を迎える頃であった。

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