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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
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【第一章 大途絶】 第五話 船乗りの夢 従者の覚悟(1)

 ウールディの怪我は、軽い脳震盪と診断された。

 小一時間ほど昏倒していたものの、目覚めて後に気にかかったことといえば側頭部に()()が出来たことぐらいで、それも数日で完治した。念のため医院の診断も受けたが問題はなし。身体的には問題となるようなことは、何もなかった。


 だが身体的なこと以外でいえば、資料室での騒動が彼女のその後に与えた影響は大きかった。


 騒動そのものは夕刻で中等院に残る人も少なかった時間帯の出来事であり、当事者以外に気づいた者といえば医務室の導師ぐらいであった。ただ、ウールディを昏倒させた少年――後に彼はベルタの兄リオーレだと判明するのだが――が訴えられていれば騒動は公になって、少年にも何らかの処分が下されただろう。


「リオーレを訴えないでくれて、ありがとう」


 騒動から三日後、未だ痛みの残る()()を擦りながら帰宅しようとしていたウールディは、突然現れたベルタに腕を引っ張られて校舎の裏に連れられた。周りに人がいないことを確かめてから、ベルタはそう言ってウールディに頭を下げた。


「それから、この前はごめん。あなたの妹さんに絡んでしまって」


 それが心からの本意ではないにせよ、その台詞を口にしなければ筋が通らない――そう考えるだけの理性が、今のベルタの意識からは感じ取れる。

 だからウールディは両腕を組んで、ウールディの考える筋を説くだけにとどめることにした。


「謝るなら、ファナにして。人目が気になるっていうなら、ここに連れてくるけど」

「ああ、そうか……本当に謝らなくちゃいけないのは、彼女に対してね」


 彼女なりの覚悟で臨んだはずの謝罪が、若干見当違いだったことを指摘されて、ベルタはやや肩透かしを食らったような表情で頷いた。


「それにお兄さんのことは、ユタが跳び蹴りしたのとおあいこってことでいいよ。あいつがあそこまでしなければ、そもそもお兄さんも勘違いしなかったんだし」

「リオーレは私のことになると、すぐ頭に血が上るの。あのとき私が泣き顔になってたから、てっきりあなたの弟にやられたのかと思ったって」

「でも気絶した私を医務室まで運んでくれたのって、お兄さんなんでしょう? お兄さんには気にしないでって。ああ、でも、もう少し冷静にねって言っておいて」


 ウールディにそう言われてベルタは戸惑うような、感心するような顔で見返した。


「……気絶してた間のこともわかるの? ああ、もしかして今、私の考えを読んだってこと?」

「まあね。読心者なのは本当だよ。出来ればあんまり後輩たちとかには触れ回って欲しくないけど」

「触れ回るなんて、そんなもったいないことするわけないじゃん!」


 両手を合わせて紺色の瞳を輝かせながら、ベルタの表情からはあからさまな好奇心が覗いている。

 それまで中等院で味わったことのない、意外な反応だ。

 だがウールディは少女の意図するところを先回りして、しっかり釘を刺しておかねばならなかった。


「言っておくけど、あなたが目星つけた男子を、いちいち鑑定するつもりはないからね」

「凄い、私が口にするより前に返事できるのね。面倒をすっ飛ばせて助かるわ」


 考えることといい言い回しといい、ベルタという少女はどうもウールディを便利な道具扱いする傾向があるようだ。

 というよりもウールディ相手に限らず、周囲の人間に対して自分にとっての利用価値を、まず見定める癖がある。


「いい性格してるわね、あなた」


 そこまで見抜かれていることも、先刻承知らしい。呆れ顔のウールディに対し、ベルタは悪びれずに頷いてみせた。


「ほかの人にはもっと、上手に猫被ってるし。あなただって私がこういう性格だってこと、今の今まで気がつかなかったでしょう。これでも品行方正な優等生で通してるんだから」


 それは彼女の言う通りであった。中等院を問わず街中でも、周囲の思念を受け流す術を身につけてからのウールディは、見も知らぬ個人の性格をいちいち気にとめないようにしている。今はこうして面と向き合っているから、必然的にベルタの性格を読み取れているに過ぎない。


「でもまあ、あなたとまともに口をきいたのが、三日前のあれだからね。今さら取り繕ってもしょうがないし。あなた相手ならなおさら」

「そりゃそうなんでしょうけど」


 故郷の村の人々や、ファナやユタも含めたラハーンディの一族以外で、精神感応力者である自分に対してここまで開き直った態度を取る人物は初めてである。やや戸惑い気味のウールディに、ベルタは思いのほか無垢な表情で微笑んでみせた。


「でも、リオーレのことで感謝してるのは本当だよ」


 そんな顔で上目遣いで見つめられたら、ウールディ以外の人間ならいちもにも無く彼女の言葉を信じ込んでしまうだろう。ベルタはウールディが彼女の内心を読み取れることをわかって、わざとそのギャップを見せつけているのだ。


「どう、なかなかのもんでしょう?」

「まあ、たいていの人なら騙されるかも」

「あなたがそう言うなら、間違いないわね」


 普通なら皮肉としか受け取られないようなウールディの台詞は、ベルタにとっては何にも勝るお墨付きを得たのと同じことらしかった。


「そういうわけで、今後ともよろしく頼むわ。私もちょうど、たまには肝の底が明かせる相手が欲しかったところなの」


 満足そうな顔のまま踵を返したベルタは、数歩歩いたところで肩越しに振り返り、一言つけ加えた。


「あ、トレヴのことはありがとう。危うく変な男に入れあげるところだったわ。私ももっと人を見る目を鍛えないとね」


 そう言い残すとベルタは亜麻色の髪を翻して、今度こそウールディの目の前から立ち去っていった。


 あまりに明け透けなやり取りを終えてウールディは呆気にとられたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。ベルタ・マドローゾという少女とこれほど会話を交わしたのは初めてだが、精神感応力を恐れるでもなく、むしろ利用することまで考える人物と出会ったのも初めてであった。


「ユタはどう思った?」


 いつの間にか背後に歩み寄っていた弟分に対して、ウールディは後ろを見もせずにそう尋ねる。ベルタにこの場所に連れ込まれたときから、ユタが秘かに後を追って陰から見守っていたことに、ウールディは当然気がついていた。


「どうもこうも。ちゃっかりしてるなとしか」


 短髪の頭をぼりぼりと掻きつつ、ユタはそう答えながらウールディの横に並んだ。


「まあ、読心者を前にしてあんだけ堂々としてるって、そこは大した()()だとは思ったけど」

「あそこまであっけらかんとされると、なんか憎めないなあ」

「とりあえず仕返しとかそういうこと考えてるわけでもないみたいだし、俺にはそれで十分だよ」


 そう言いながらユタが少なからず安堵していることに気がついて、ウールディは隣りに立つ少年の横顔に目を向けた。初めて出会った二年前に比べれば背も大分伸びたが、それでもまだ彼女に比べて視線ひとつ分低いところにある弟分の頭に、ウールディがぽんと右手を乗せる。


「何を偉そうに。まだ私よりちっちゃいくせに、生意気よ」

「お前、ひとがせっかく心配してきたってのに、そういうこと言うか?」


 頭の上の手を鬱陶しげに払い除けるユタの顔を見て、くすりと笑いながらウールディは、今度は彼の背中を掌で軽く叩く。


「そろそろ帰ろうか。あんまりファナを待ちぼうけさせるわけにもいかないしね」

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