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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
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【第一章 大途絶】 第四話 ウールディはお姉さん(2)

 およそ百年余り昔のこと、銀河連邦を二分した外縁星系コースト動乱でも激戦区のひとつとして挙げられるのが、惑星トゥーランである。


 当時、外縁星系コースト国家と称された十三の惑星国家は、連邦の主流を占める第一世代に抗するために一斉蜂起を企てた。最終的にはその全てで蜂起は成功するのだが、惑星によってその過程は雲泥の差があった。ほとんど抵抗らしい抵抗がなかった星もあれば、連邦保安部隊と現地軍の間で血を流すことになった星もある。


 中でも最も激しい戦闘が繰り広げられ、その後も辛酸を舐めることになったのがトゥーランであった。


 一斉蜂起の際、トゥーランは一般市民にも大きな犠牲を出しながら、どこよりも激しい戦いを経て保安部隊を追い散らすことに成功した。だがその後、乱を鎮圧するために差し向けられた連邦軍によって外縁星系コースト諸国連合軍の宇宙艦隊は敗走せしめられ、トゥーランも占領されてしまう。占領下のトゥーランが解放されるのは、知将モズの策に従った外縁星系コースト諸国連合軍がスタージア星系で連邦軍を壊滅させて、連邦が自治領の成立を認めるまで待たねばならなかった。


 自治領の中心たる総督府はトゥーランに設置され、そのために自治領そのものも『トゥーラン自治領』という呼称がすっかり定着している。トゥーランの人々は外縁星系コーストのために最も多く血を流し、その後の占領の憂き目を堪え忍んで今や自治領の中心であることに、大きな自負を抱いている。


「人心とは、我々の想像以上に素朴なものだ」


 夏期も盛りの照りつけるような日差しの下、トゥーラン自治領総督府ビルの高層階から見渡せるのは、ビルの周囲に隣接する官公庁関連の建物の一群と、それらを取り巻くように敷き詰められた解放記念公園の緑だ。ドーナツ状に取り囲む太い緑の環のさらに向こうには、動乱後に急速に発展を成し遂げたトゥーランの街並みが広がって見える。


 大小様々な建物が地平線まで覆い尽くそうとする光景を見下ろす男の目は、人々の営みを慈悲深く見守るようであり、同時に支配の対象として冷静に突き放しているようにも見えた。


「先の動乱であれほど苦しめられたトゥーラン人は、この総督府があるという事実をもって、全ての悲嘆を誇りへと昇華させた」


 低い、だがよく通る声が、大きく分厚い唇の間から言葉を紡ぐ。一面の市街地の姿を大きな瞳に刻み込もうとでもいうように、男の巨躯は窓際から動き出そうとしない。


「彼らの素朴さは時として、容易に大きなうねりを産み出す。トゥーランだけではない、この自治領を統べる者として、我々は彼らの素朴さを正しい方向へと導いていかねばならん」

大途絶グランダウンの影響は、巷で囁かれるよりもはるかに大きい――そうお考えなのですか?」


 男の大きな背中に向かってそう口を開いたのは、銀色に縁取られた純白のローブを羽織ったルスランであった。金髪に白い肌の彼にはよく映えるその服装は、総督府に勤める高位者の正装でもある。


「皆が口にするのは、大途絶グランダウンそのものによる経済的な影響ばかりだろう」


 ルスランの問いかけに答えながら、ルスランと同じように純白のローブをまとう巨体を振り返った男の顔は、一言で言えば異相であった。


 綺麗に剃り上げられた頭皮には一本の髪の毛も見当たらない。一方で逞しい顎には金色に白いものが混じった髭がびっしりと生え揃っている。荒々しい巌を思わせる顔立ちには、太い眉の下にいずれも大ぶりな目に鼻、口が所狭しと自己主張している。初対面の人物なら目を合わせただけで萎縮してしまうに違いない、迫力に満ちた容貌だが、よく見れば濃い群青の瞳の奥には深い知性がたたえられていることに気がつくだろう。


「目に見える影響なら、それがどれほど大きいといっても、いかようにも対策を講じることが可能だ。だが真に深刻な影響の兆しは、人々の目にまだ届いておらん」


 背丈だけではない、幅も大きな男は、歩み寄られるとそのまま壁が迫ってくるかのような圧迫感を伴う。それは生まれたときから彼を知るルスランであっても変わらなかった。


「父さ――いえ、総督閣下。ランプレー議員の唱える銀河ネットワーク構想とは、それほどの脅威なのですか?」


 気づかれぬ程度に胸を反らしつつ、ルスランは目をしばたたかせながら尋ねた。その言葉の端々に、彼自身も自覚していないであろう疑わしさが滲み出る。だからといって男は叱咤するでもなく、むしろ諭すような口調で答えた。


「今の時点では机上の空論、夢物語と言ってもいい。だがその夢物語に実現の可能性が少しでもある、そう皆が信じ込んでしまったという点が重要だ」

「確かに数字上の話だけでいえば、銀河ネットワーク構想は可能です。ですが肝心の自律型通信施設の設計については、全く目処が立っておりません。連邦で発足した研究会も、いずれ尻すぼみに終わるだろうというのがもっぱらの噂です」

「裏を返せば、自律型通信施設さえ開発出来れば、一気に現実味を増すということだ」


 彼にしか羽織ることの出来ない金縁のローブを翻しながら、男は窓を背にした執務卓に腰を下ろした。そのまま巨体をゆったりとデスクチェアに預けて、おもむろにローブの懐から取り出したベープ管を咥える姿からは、総督府ビルの最上階たるこの空間が我が物であることを疑いもしないという、傲岸な自意識が嗅ぎ取れる。


 だがルスランは異を唱えようとは思わない。目の前に悠然とたたずむのは、この十年来このフロアの住人としてトゥーラン自治領を支配する自治領総督ラージ・ラハーンディ、彼の父なのだ。ラージがこの場で自宅のように振る舞うのは、ルスラン自身にとってももはや当たり前のことであった。


「恒星間の直接通信実現の可能性は、人々の記憶から大途絶グランダウンという危機があったことを隅に追いやるには十分だ」


 ラージは大きく口を開いて、ベープの煙に塗れた言葉を吐き出した。


「少なくとも自治領内ではもう、それほど話題に上りませんね。サカとの取引が盛んなテネヴェやローベンダール、スレヴィアほどの被害もありませんでしたし」

「そもそもサカとの連絡が絶たれたままだということが、大途絶グランダウンの発生によって見過ごされている。その大途絶グランダウンも、ランプレーの夢物語のインパクトに追いやられかねない」


 総督の口調が若干苛立たしげなのは、彼の前で佇立するルスランに向けてではなく、自身の発言の内容そのものについてであった。


「長年の連邦の友好国であるサカが沈黙し、そしてラセンの報告が正しければ、タラベルソが《繋がった》やもしれない。《スタージアン》や《クロージアン》に続く、第三の《繋がり》かもしれんのだ。大多数には気づかれないとしても、我々まで無視を決め込んではいかん」

「第三の《繋がり》ですか……」


 ラージが抱く危機感は、ルスランにもわからないでもない。だが頭では理解出来たとしても、実感が伴わないのもまた事実であった。こればかりは経験の差に基づくものであり、聡明で鳴らすルスランにしても限界がある。成人してまだ数年のルスランが、総督府で父の補佐を難なく勤め上げているだけでも、十分に賞賛に値すべきことなのだ。


 だがラージには物足りないらしい。ベープの煙をくゆらせながら、彼は息子にテネヴェ行きを申し伝える。


「テネヴェで研修し、知見を広めよと?」

「そうではない」


 驚くルスランに対して総督が下した命は、彼の想像を遙かに超えるものだった。


「自治領代表の評議会議員・兼・外縁星系開発局長として、テネヴェに赴任せよ」


 実際の形式上は、自治領総督にそこまで任ずる権限はない。だがラージがそのつもりであれば、それは事実上の命令である。


 一瞬呆気にとられていたルスランは、気を取り直すと次の瞬間には、総督の執務卓に両手を叩きつけていた。


「何を考えているんだ、父さん!」


 公称を口にするのも忘れて、ルスランは父の顔に詰め寄る。


「僕みたいな若造にそんな大役務まるものか。最低五年は総督府で修行しろと言ったのは、ほかならぬあなたでしょう!」

「状況が変わった。第三の《繋がり》の可能性が現れた今、我々はテネヴェの《クロージアン》と対等な立場を築き直す必要がある。その役目にはラハーンディ一族であり、かつオルタネイト常用者ユーザーのお前こそが適任だ」


 父が冷徹な口調で言い放った理由は、ルスランも理性では納得せざるを得ないものだった。ただ、抑えきれない感情が思わず零れ出してしまったのは、彼の若さ故だろう。


「……ラセンは相変わらず公務から外れたままというわけですか」


 息子の水色の瞳に一瞬不服そうな表情がよぎったことに気づいたのかどうか、ラージは顎髭を撫でながら彼の言葉に頷いた。


「ラセンはただ勘がいいだけのN2B細胞正常保持者(ノーマル)だ。身内ならいざ知らず、顔も知らない存在に頭の中を覗かれ続けることがノーマルにとってどれほどのストレスか、私自身が経験している。あいつには今のように貿易商人をやりながら、銀河系中の情報収集に徹してもらえればそれで良い」


 釈然としない面持ちのまま、ルスランは引き下がった。父の決心がここまで固いのであれば、もはや何を言っても始まらない。


 近日中にテネヴェに出立せざるを得ないことを覚悟したルスランにとって、心残りと言えばひとつであった。


「ウールディには来月また顔を出すと伝えていたのですが……しばらく会いに行くことは出来ないでしょうね」


 ルスランの呟きを耳にして、ラージの厳つい顔にそれまでとは趣きの異なる表情が浮かぶ。


「あの子は元気にしているのか」


 父の簡潔な問いに、ルスランは小さく顎を引いた。


「そうですね。先日会ったときは、すっかり立ち直っているように見えましたよ。シャーラからは、また中等院に通い始めたとも聞いてます。元々芯は強い子ですし、それにファナとユタが来てくれたのが大きいですね」

「ああ、誰のことかと思ったが、ラセンの養子になった双子か。今はウールディと一緒に暮らしているんだったな」


 思い出したようにベープの煙を吐き出しながら、ラージは不意にくつくつと堪えきれぬような笑みを漏らした。そういえば双子をラセンの正式な養子に仕立て上げたのは父だったことに思い至り、ルスランは思わず疑問を口にした。


「父さんは、なんでまたあのふたりとラセンの養子縁組を強行したんですか。いくらヴァネットからの依頼があったからとはいえ、適当なその場凌ぎで十分だったでしょうに」

「なんだ、ルスラン。そんなこともわからんか」


 威厳ある総督ではない、父の顔で息子を見返しながら、ラージはいかにも愉快そうな笑顔で答えた。


「散々好き放題してきたあいつも、これで少しは私の苦労がわかるだろうと思ってな。身寄りの無い子供たちも救えて、ウールディのためにもなったのだというのだから、我ながら善行を施したものだと思っとるよ」


 分厚い唇の片端を吊り上げて、白い歯を見せて笑う父の言葉は、ルスランの予想通りの回答であった。

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