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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
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【第一章 大途絶】 第四話 ウールディはお姉さん(1)

「私の名前はウールディ・ファイハ」


 艶々としたチョコレート色の、張りのある頬を自分で指差すウールディに、「それはわかってるよ」とユタが怒ったような顔で言い返す。


「それで、ラセンはラセン・カザールだろ」

「あなたたちも今はカザールね。ユタ・カザールに、ファナ・カザール」


 ウールディの少し嬉しそうな顔がなぜかむず痒くて、ユタは取り繕うように質問を口にした。


「じゃあルスランは?」

「ルスラン・ラハーンディ。ラハーンディ家の跡継ぎだって。いかにもって感じでしょう?」

「確かにラセンに比べれば、いいとこのぼんぼんって感じだよな。というよりラセンがはみ出し過ぎなのか……」


 自動一輪モトホイールの運転席に掛けたまま腕を組むユタの思念に、姉の思念が割り込んだ。


(ユタ、ぼーっとして、ラセンたちが乗るシャトルを見逃さないでよ)


 ファナの思念が発する言葉に思考を遮られて、ユタは苦い顔になった。

(わかってるよ。だいたいシャトルの発射なんて、見逃すもんか)

(心配だなあ。ウールディ、ちゃんと見張っといてね)

「任せといて。ちゃんと見届けるから」


 ユタと自動一輪モトホイールの傍らに立つウールディが、ファナの頼みに声を出して快諾する。


「ファナはお母さんと一緒に先に帰るんでしょう。そしたらレイハネを散歩させてあげてくれない? あの子、ここのところ体調いいみたいだから。久しぶりに外を歩かせてあげたいの」

(わかった。じゃあ見送りよろしくね)


 ウールディはユタを通じてファナの思念も読み取ることが出来るが、彼女の方から意志を伝えることは出来ない。三人が場所を違えるときの思念のやり取りは、ともすればウールディだけが独りごちているように見えることが多い。


 数えるほどの白い雲が点在するだけの晴天の下、ウールディとユタは二人乗りの自動一輪モトホイールを駆って、シャトル発着場近くの小高い丘の上にいた。こんもりと盛り上がった程度のささやかな高台だが、発着場に何本か聳え立つシャトルの発射台を見下ろすには十分である。


 ふたりはラセンとルスラン、ヴァネットが乗り込んだシャトルが打ち上げられる様を、ここから見届けるつもりであった。


「あいつはたまに気にしすぎなんだよ。どんだけぼけっとしてたって、シャトルの発射に気づかないわけないってのに」


 自動一輪モトホイールの運転席の背凭れに寄りかかりながら、頭の後ろに両手を回したユタがぼやく。


「ファナはすっかりラセンに懐いちゃったね。発着場の搭乗口までぎりぎりまでラセンを見送りたいし、シャトルが飛ぶのも見たいって。でも両方出来るって凄いことだよ」


 後ろ手に組んでユタを振り返りつつ、ウールディは感心を口にした。


「私はまだスタージアにもテネヴェにも行ったことないから、《繋がって》る人たちって会ったことないけど、きっとあなたたちみたいなんだろうね」


 ウールディの言葉は率直な感想に過ぎなかったが、それを聞いたユタの眉間にあからさまな皺が寄った。思考を読み取るまでもなく、タラベルソでの出来事を思い返していることは明らかだ。


「ごめん、無神経なこと言っちゃった」


 慌ててウールディが頭を下げる。ユタは少しだけ顔を背けたが、それも一瞬のことであった。


「なあ、ウールディたちの家族って、変じゃないか?」


 気まずい雰囲気を嫌ってユタが口にしたのは、ファナの思念に乱入されて中断していた、先ほどまでの会話の続きだった。


「まあ、あんまり普通じゃないかもね」

「ウールディとシャーラがその、読心者だってのはわかるけどさ。ラセンたちは違うんだろう。ていうか、ラセンもルスランもウールディの本当の兄さんってことでいいんだよな?」

「そうだよ。お母さんはみんな違うんだけど。私たち三人とも、お父さんは一緒」

「それだけでも普通じゃないとは思うけど、変ってのはそこじゃなくて。俺が何言いたいか、わかってんだろう?」


 運転席で上体を起こして、ユタは目の前に立つウールディの、少し高い位置にある顔を仰ぎ見る。


「どうして俺たちとか読心者とか、全然平気なんだ。施設の人たちだって所長以外は、俺たちのことおっかなびっくりで、陰では通信端末いらず(アンチカフ)って呼んでたんだぜ」

「あなたたちのその力は、通信端末いらず(アンチカフ)どころじゃないと思うけど」

「俺たちのことはいいよ」


 いつまでもウールディの顔を見上げてられないとばかりに、ユタは自動一輪モトホイールの座席から飛び降りた。そのまま向かい合うように並んでも、彼女の方がなおユタより若干背が高い。


「気にすることないって。私の方が年上なんだから」


 ウールディにわざとらしく見下されて、ユタが悔しそうに反論する。


「まだ成長期なんだよ。あと何年かしたら、絶対に追い抜いてやるからな」

「うちはお父さんも背が高いから。私も多分、まだまだ背が伸びると思うよ」


 そういえばシャーラも結構な長身であることを思い出して、ユタの口の形がへの字に曲がる。その顔を見てひとしきり笑ったウールディは、やがて笑みを収めるとおもむろに真顔になった。


「別に秘密にしてるわけじゃないよ。上手い説明が思いつかないだけ。あんまり人に言って回る話でもないからね。それはユタもわかるでしょう?」

「それは、まあ」


 精神感応力――ウールディの故郷では読心術と呼ばれる能力が特殊なものであること。それを持たない人間には警戒されたり、場合によっては排除されかねないものであることは、彼も子供ながらに身に染みている。


「私は、読心者がどれだけ気味悪がられるものかってわかってなかった。中等院に行って初めて知ったぐらい。そう考えると、ラセンとルスランは特別なの。ふたりともラハーンディの一族だから、私たちみたいな読心者のことを昔から知ってた」


 ふたりが立つ丘の上を微かにそよぐ風に、尻尾のように長い黒髪をふわりと棚引かせて、ウールディは眼下に広がる発着場に目を向けた。間もなく宇宙に飛び立とうというシャトルを乗せた発射台が、発着場に何本も走るレールに沿ってゆっくりと移動を始めている。天に向かって屹立する機体が、発射台の動きに合わせて陽光を反射させて、時折り銀色に輝いて見えた。


 あの中には、ラセンたちが既に搭乗しているはずだ。


「ヴァネットはラハーンディの一族とは違うけど、長いことラセンの仕事を手伝ってて、やっぱり私たちのことをよくわかってるの」

「ラハーンディの一族ってのは、昔から読心術に詳しいのか」


 小山ほどの存在感を放つ発射台は、ウールディとユタの目から見て左端から最も右端へと、時間を掛けて移動した。そこは周囲数キロに遮蔽物が存在しない、シャトル発射専用の区画である。発射台の動きを目で追いながら、ウールディは自分に言い聞かせるように右手の拳をぐっと握り締めた。


「でも、いつまでも甘えてらんないよね。ファナとユタが来て、私もお姉さんになったんだから」

「もしかして、俺たちも一族に入ってんの? ラハーンディの?」

「そりゃそうでしょう。ラセンの子供になったってことは、あなたたちも立派なラハーンディ一族だよ」


 隣りに立つユタに向けてちらりと顔を向けたウールディの黒い瞳には、当然といった表情が浮かんでいる。既に彼女にとっては自分も家族の一員なのだ。そうと知ってユタは無性に嬉しくなると同時に、そんな自分の単純さがなんだか気恥ずかしい。

 彼の内心を読み取ったに違いないウールディもまた、照れ笑いを浮かべている。


「何を恥ずかしがってんの、今さら」

「うるさいな。そういうのはわかってても口にすんなよ」


 ふたりが互いの肘で小突き合いをしている内に、いつしかシャトルは発射時刻を迎えていた。

 定刻ぴったりに発射台が唸り出し、やがてウールディとユタの周りの空気までが細かく震え出す。唸りはすぐに丘をも揺るがしそうな地響きとなり、間を置かずして轟音が辺りを支配した。

 発射したばかりのシャトルは、最初思いのほかゆっくりと浮かび上がったように見えたが、すぐに速度を増して空高く突き進んでいく。噴射煙の軌跡を残したまま機体の影はあっという間に小さくなって、すぐに目で追えなくなってしまった。


 震動が通り過ぎて爆風の余波に包まれる中、上に行くほど斜めに曲がっていく煙の先を見つめながら、ユタの口から「行っちゃったな」という言葉が零れ出る。


(……行っちゃったね)


 シャトルが飛び立つ様子を、ユタの目を通して見届けていたファナの思念が、ぽつりとふたりの間に紛れ込んだ。


「ルスランはトゥーランに戻るだけだから、来月また顔出してくれると思うけど。ラセンとヴァネットはスタージアに行って、そのあと今度はテネヴェに行くって言ってたから、しばらく会えないかな」

(半年ぐらいかかるって言ってたもんね)


 ファナの思念が少し寂しそうに呟いたので、ウールディが慰めるように声を掛ける。


「きっと次に会うときも、たくさんお土産持って来てくれるよ。だから私たちもそれまで、しっかりやるべきことをやろう」

「やるべきことって、なんかあったっけ」


 首を傾げるユタに振り返ったウールディは、形の良い眉と眉の間に凜とした決意をたたえていた。


「ファナとユタは、初等院を卒業しないとね。ルスランが手配してくれるって言ってたから、多分すぐに編入出来るよ」

(ウールディは?)

「私は、中等院に復帰する」


 ウールディの言葉にファナが思わず息を呑み、ユタは眉をひそめた。中等院で彼女がどんな想いをしたかは、彼らも既に聞き及んでいる。


(そんな無理しなくても、家でなんとかなったりしないの)

「いっぱい休んだから、もう大丈夫! それにまたしんどくなっても、お母さんにレイハネに、今はあなたたちもいるんだし」


 瞳に強い意志を込めながら、ウールディはユタに微笑みかけた。その笑みは決して無理な作り笑いではなく、ごく自然に口の端に浮かんだものだった。


「そりゃあショックだったけど、でも本当は私、結構図太いんだよ。昔、お父さまに言われたもの。お前は女ということ以外は、曾爺さまにそっくりだって」

「ウールディの曾爺さんって、そんなに図太かったのか」

「初等院の講義は受けてたんでしょう? じゃあ、聞いたことあるんじゃないかな」


 そう言うとウールディは背筋を伸ばし胸元に右手を当て、まるで名乗りを上げるようなポーズを取りながら、きょとんとしたユタの顔を見返した。


「トゥーラン自治領誕生の立役者のひとり、神出鬼没のシャレイド・ラハーンディ。ラセンもルスランも私も、みんなその曾孫だよ」

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