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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
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【第一章 大途絶】 第一話 脱出(4)

 それまでの取り繕うような笑顔をかなぐり捨てて、ファナの表情は真剣そのものであった。薄茶色の瞳を小刻みに震わせながら、それでもラセンの顔に必死な眼差しを向けている。一瞬の間を置いて、ラセンが口にしたのは「無茶言うな」という一言であった。


「どうせお前ら、身分証明も持ってないんだろう。そういう奴らは宇宙船に乗り込む前に、出国審査で引っ掛かるんだよ」

「身分証明ならあるよ!」


 ファナは反論と共に、ベストの懐から端末棒ステッキを取り出した。すかさずスナップを利かせた手首の動きに合わせて、ホログラム・スクリーンが金属の棒から引き出されるように空中に現れる。そこに映し出されているのは、彼女の顔写真の入った身分証明情報であった。


「ユタの身分証明もあるから! お願い、どうしてもここから出て行きたいの!」


 少女が何度も指差すホログラム・スクリーンに、ラセンは身を屈めて目を凝らす。ファナ・クライケ。十一歳ということはウールディと一歳違いだ。国籍はタラベルソ。政府公認の養護施設所属……なるほど、これが本当なら、少女は歴とした連邦市民だ。少なくとも銀河連邦の域内を移動すること自体は問題ない。


 だからといって今度は別の問題があるはずだが、ラセンにはこれ以上じっくり考えている時間が無かった。


 ここでもたもたしている間に、いつあの不気味な()()に追いつかれてしまうかもしれない。いっそ少女を脅して移動手段を奪い取ろうとも思ったが、この空間にそれらしいものは見当たらなかった。どこかに隠してあるのか、それとも弟とやらが乗り回しているのか。いずれにしても手間がかかるだろう。


「わかった、取引成立だ。タラベルソの外まで連れ出してやる」


 ラセンがむっつりとした顔のまま承諾を口にして、ファナはぱあっと表情を輝かせた。それは先ほどまでのよそよそしさとはったりを交えた作り笑いではなく、年相応の邪気のない笑顔であった。


「ありがとう、ラセン!」

「礼を言う前に、早くその移動手段まで案内しろ。こっちゃ急いでるんだ」

「大丈夫、今、ユタがこっちに持ってくるから。そこの壁の間を戻って!」


 また、この狭い通路を通り抜けなければならないのか。

 すっかり擦り切れてしまったローブの肩を見てラセンはうんざりしたが、ファナに促されるまま仕方なく、再び建物と建物の間に巨体を押し込んだ。身体からだを斜めにして四苦八苦しながら前に進み、ようやく狭間から抜け出したラセンの目に飛び込んできたのは、両側面から複雑に曲がったパイプを空に向けて生やした、直立する一輪の太いタイヤ。


 そしてタイヤの前には腕組みして彼を待ち構える、ファナと同じぐらいの背格好の人物がいた。


「こいつが“替わりの脚”だよ。さあ、乗って」


 ところどころほつれたニット帽の端からはみ出た黒髪は、若干耳にかかる程度の長さ。だがその下に覗く薄茶色の瞳と、薄く日焼けしたような肌色に顔立ちは、ファナによく似ている。似ているどころか、ほとんどそっくりと言っていい。


 中心街区に蔓延っていた均質な表情の群れを連想して、ラセンが思わず動きを止めていると、目の前の人物は不審そうに眉根を寄せた。


「何をぼけっとしてんだよ、ラセン。急いでるんだろう?」

「お前は……」


 どうして俺の名前を知っている、と尋ねかけたラセンの言葉は、相手の言葉に遮られた。


「ファナから聞いたろう、俺がユタだよ」


 目の前の少年がそう名乗ると同時に、ラセンの背後から少女の声が応えた。


「そう、私たち双子なの。よく似ているでしょう?」


 振り返ると、ラセンの後を追って狭い通路からひょっこりと通りに現れたファナが、小首を傾げている。再び前に目を向ければ、ニット帽を被って若干口元を曲げたユタが、訝しげな視線を向けている。


 同じ顔だ。だが表情は違う。ちゃんと区別がつくことを確かめて、ラセンは内心で安堵した。


「こいつは自動一輪モトホイールか? 骨董品だな。現物を見るのは初めてだ」


 ふたりに動揺を気取られぬように、ラセンがユタの背後に目を向ける。すると少年はよくぞ訊いてくれましたとばかりに、自慢げな顔で鼻の下に指を当てた。


「施設で埃を被ってたのを、所長さんが俺たちにってくれたんだ。ちゃんとふたり乗り出来るように改造してさ」


 彼の言うように、目の前の自動一輪モトホイールにはタンデムシートが装着されていた。重量制限は問題ないのかと心配になるが、小柄な双子が乗る分には支障はないのだろう。だがラセンはどう見積もっても大人ひとり分以上の体重がある。


「こいつに俺と、お前らふたりって、乗れねえだろう」

「乗れる、乗れる。俺が運転するから、ラセンは後ろに乗って、ファナを抱えといてくれよ」


 その場でジャンプしてタンデムシートの端を掴んだユタが、自動一輪モトホイールがジャイロ・スタビライザーでバランスを取ろうとする、その反動に合わせるようにして前席に跳び乗った。ほかに手段もないラセンも仕方なく後部座席に跨がって腰を下ろすと、途端にシートを支えるポールが深々と傾く。


「本当に大丈夫か」

「大丈夫だよ。ほら、ファナもラセンの上に乗って」


 ユタが促すよりも早くラセンの巨体によじ登ったファナは、そのままちょうど彼の腹の上にちょこんと腰を下ろした。シートがさらに傾いて、ラセンはほとんど横たわった格好になった。その上でしばらくもぞもぞと動いていたファナは、「収まりが悪い」と言うなり身体からだの向きを変える。


「……なんのつもりだ」

「こうしないと落っこちちゃうでしょ」


 ファナはラセンと向かい合うとそのまま身体からだを密着させて、がっしりと抱きついてきた。傍から見れば転がされた丸太にしがみつく小動物に見えることだろう。ラセンはシート横の左右のグリップをそれぞれ握り締めているから、振り払いようもない。


「ふたりとも乗ったな? じゃあ行くぞ」


 肩越しに後ろを確認したユタは、そう言うと自動一輪モトホイールの操縦レバーを勢いよく前に倒した。モーター音が急速に唸り、幅のあるタイヤが回転を始める。やがて三人を乗せた自動一輪モトホイールは、明らかに重量オーバーな機体をふらふらと揺らしながら、徐々にスピードを増していった。


「このまま発着場までかっ飛ばすよ。舌噛まないように気をつけて!」


 ユタが運転する自動一輪モトホイールは確実に加速しながら、いつしかオートライド並みのスピードにまで達していた。これだけ無茶な乗り方をしながらもコントロールを失わない、ユタの腕前は大したものだ。


 そんな風にラセンが感心したのも、ほんの数秒のことであった。


 ろくに補修されてない舗装路のひび割れを渡る度、タイヤが激しく跳ねる。それどころかシート下のポールが時折り路面を擦って、不快な金属音が耳元に響く。激しい振動が背中から突き上げて、その都度ラセンの無精髭に覆われた顎先がファナの頭に小突かれる。


 もしかしたら、あの不気味な()()に捕まった方が、まだ()()だったんじゃないだろうか。せめてヴァネットを呼びつけて、迎えに来てもらうべきだった。

 ともすれば吹き飛びそうになる意識を懸命に引き戻しながら、ラセンは自動一輪モトホイールの三人乗りを心の底から後悔していた。


 軌道エレベーター発着場にたどり着くまでに要した時間は、およそ三十分間。だがラセンにとってはおよそ生きた心地がしない、永遠にも思える三十分間であった。

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