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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
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【第一章 大途絶】 第一話 脱出(3)

 立ち往生するオートライドに強盗を仕掛けようとする不埒な輩は、まだ二名いた。それぞれが頑丈そうな金属棒の切れ端に刃物という、原始的だが物騒な代物を手にしている。

 ただ仲間のひとりが思いがけず吹き飛ばされてしまったこと。そして車内から現れたのが想像以上の巨漢だったこと。そのために強盗ふたりが一瞬動きを止めたのは、ラセンにとって幸運だった。お陰で妨害されることなく車外に出たラセンは、ボンネットの上に立ち上がって辺りを見回すことが出来た。


 パイプ・ウェイの入口まで、およそ五キロ余り。そこまで歩いてたどり着いたとしても、発着場まではさらにパイプ・ウェイそのものを三十キロ以上走り抜けなければならないのだ。どこかで別の乗り物を調達しないことには、どうしようもない。


「おい、ここら辺でオートライドを拾えるか? 軌道エレベーターの発着場まで行けりゃいいんだが」


 ラセンにハンマー状の工具の先端を突きつけられて、刃物の強盗は一瞬呆気にとられている。だがもうひとりは馬鹿にされていると思ったのか、言語不明瞭な雄叫びを上げながら金属棒の切れ端を振り上げた。すかさずラセンは万能工具のタッチボタンを二度押しし、突進してくる強盗に向かって投げつける。

 スパナ状に姿を変えて回転しながら飛んでいった工具は、振り回された金属棒で叩き落とされた。派手な音を立てながら地面を跳ねる工具を見て、得意気な顔を浮かべた強盗がふと顔を上げれば、いつの間にかラセンはボンネットの上から姿を消している。ふたりが慌てて周りを見回せば、オートライドの向こうに見える建物の陰に、黒いローブの裾が翻えって見えた。まんまと獲物に逃げられたことに気づいたふたりは顔を見合わせたのも束の間、凶暴な顔でラセンの後を追いかける。


 幸運にもひとり倒すことは出来たが、なお二対一では分が悪い。荒事はそれなりに経験しているが、勝ち目が薄いとあれば逃げ出すことに、ラセンは躊躇しなかった。図体はでかいが、こう見えて逃げ足には自信がある。強盗たちの怒声と足音を背後に感じながら、脇道に入ったばかりのラセンの耳に、「こっち!」という声がすぐそばから飛び込んできた。


 思わず声のする方向に顔を向けると、建物と建物の間から小さな手が覗いて手招きしている。


「早く! ここなら身を隠せるから!」


 そんな目を凝らさなければ見逃してしまいそうなほどの隙間に、この巨躯を押し込めというのか。だが足を止めてしまった以上、もはやほかには選択肢はない。ぐずぐずしていれば殺気立ったふたりに追いつかれてしまう。ラセンは狭間に顔を突っ込み、次いで巨体を強引にねじ込んで、なんとか全身を建物の陰に隠すことに成功した。


 そこは見た目通り、身体からだの向きを変えることも出来ないほどの幅しかない。左右にはじめじめとした壁がそびえ、両肩を擦りつけながら隘路の奥へと辛うじて進む。やがて背後を過ぎ去っていく二名分の罵声が聞こえた。どうやら強盗の追跡はやり過ごせたらしい。


 だがラセンはまだ安心を確信出来なかった。


 何しろこの隙間に挟まったままの姿勢だと、後退ることが出来そうにない。なんとか全身を揺すりながら、このまま前進し続ける。声につられて飛び込んでしまったが、果たして何が待ち受けていることか。内心で身構えていたラセンは、突然ぽっかりと開けた空間に足を踏み入れていた。


 建築の際に埋め忘れたかのように残るその空間は、およそ三十平米ほどの個室といった装いを呈していた。剥き出しの地面の中央にはテーブル代わりにひっくり返された木箱が据え置かれ、隅にはぼろぼろのタオルケットが何枚か、無造作にまとめられている。建物の二層目は庇のように突き出して、薄暗さと引き替えに雨風を凌ぐには十分だ。


 木箱の上には形も大きさも同じ、赤と青の色違いのマグカップがふたつ、並べられている。


 その向こうで両手を腰に当てた痩せっぽちの少女が、ラセンの長身を見上げていた。


「そんなにおっきな身体からだで、よくここまで入って来れたね」


 ラセンに比べれば大抵の少女は小柄と言えるが、だとしても目の前の少女はちんまりとしていた。それは単純に彼女が幼いからだろう。おそらく十歳かそこらと思われるその少女は、好奇心と一抹の卑屈さの混じった中途半端な笑みを浮かべた。


 一重瞼の切れ長の目には、色素の乏しい薄茶色の瞳が覗く。肩までかかる黒髪はしばらく洗髪出来ていないのだろうか、ごわごわで荒れ放題だ。微かに日焼けしたような色合いの頬や額には、そこかしこに汚れがこびりついている。ややサイズが大きいらしいベストやその下のオーバーオール風の衣服も同様に薄汚れていたが、そちらは思いの外痛んでいないようだ。


 典型的な浮浪児だな、とラセンは判断した。だが着ているものの程度を見ると、どうやらこの生活を始めてそれほど長いわけではなさそうだ。浮浪児というよりは家出少女かもしれない。


「お前の方から招き入れといて、そりゃないだろう」


 ラセンの返事に、少女はあはは、と笑った。


「でもおじさんは私の部屋に隠れられて、運が良かったんだよ。さっきからここら辺を通るオートライドが何台も故障して、あちこちであの三人みたいのに襲われてる」

「なんだと?」


 突然オートライドが停車したせいで今、こんな薄暗い場所にいるのだということを思い出して、ラセンは眉をひそめた。


「俺が襲われたのはついさっきだ。あちこちでって、どうしてわかる。お前、町中を見て回ったのか?」

「私はここから一歩も出てないよ。でも、ユタが色々と見て回ってるから」

「ユタ?」

「私の弟。あ、私はファナね」


 右手の親指を己の顔に向けながら、小柄な身体からだで精一杯に胸を張りながら、少女はそう名乗った。その弾みにちらりと覗いた彼女の耳朶に、通信端末イヤーカフと覚しきものが見当たらなかったことを、ラセンの目は見逃さない。


 ファナと名乗った少女は、ラセンを襲った暴漢の数を「三人」と言い当てていた。実際に彼を追いかけてきたのは二名だったにもかかわらず、だ。彼女が言う通り外を見て回る弟がいたとして、姉弟はどうやって連絡を取っているのか。


 なんにせよこの浮浪少女は、湾岸区画の状況をそれなりに把握しているようだ。


「もじゃもじゃ頭のおじさんは、なんていうの?」


 少女の無遠慮な「おじさん」呼びに目をつむっていたラセンだが、さすがに今度は抗議しないわけにはいかなかった。


「助けてもらってなんだが、もじゃもじゃ頭はやめろ。あと、おじさん呼ばわりもだ」

「だから、なんて呼べばいいの?」

「ラセン・カザール――ラセンでいい」


 乱暴に言い放つラセンに一瞬表情を強張らせながら、ファナはなんとか笑顔を保とうとする。


「わかった、ラセンね。じゃあ、ラセンは軌道エレベーター発着場に行きたいんでしょう。もしかしてタラベルソを離れるの?」

「……それも、お前の弟から聞いたってのか?」


 ラセンは前髪の下に隠れた目で、ファナの顔を睨みつけた。視線は窺えなくとも彼のどすの利いた声音を耳にして、少女はびくりと小さな身体からだを震わせる。


「そ、そうだよ」

「まあいい。それで、だったらなんだってんだ」

「オートライドは壊れちゃったんだよね。その替わりがあるって言ったらどうする?」


 ファナはそう言うと、ラセンの表情を窺うような、それでいてどこか得意気な表情を見せた。ラセンは憮然として押し黙ったが、やがて分厚い唇の間から出た言葉は、前にも増して無愛想なものであった。


「いくらだ」

「え?」

「いくら出せばその、替わりの脚を売るって訊いてるんだ。俺に売りつけるつもりで、そんなことを言い出したんだろう」


 こんな年端もいかない子供に足元を見られるのは気に食わないが、この期に及んで体面に拘っている場合ではなかった。この場を離れられるなら、多少の出費も致し方ない。


 だがファナの返答は、ラセンの想定外のところにあった。


「お金はいらない。その代わり、私とユタも連れてって欲しいの」

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