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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第五部 ハーヴェスト・レイン ~星暦九九〇年~
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【第一章 大途絶】 第一話 脱出(2)

 タラベルソは銀河連邦発足当初からの加盟国であり、いわゆる第一世代と呼ばれる惑星国家である。複星系国家サカと隣接する唯一の連邦加盟国であるタラベルソは、その地理的な特性を活かして、昔から交通交易の要衝として存在感を放ってきた。中心街区にはタラベルソの住民以外にも、そのほかの連邦加盟国や、サカ領内から訪れる人々で溢れかえっているのが常だ。


 ただ今回のラセンは、タラベルソを目指してここまでやってきたわけではなかった。


 遠く離れた銀河連邦の端にある、トゥーラン自治領はジャランデールで採掘された安価な錫や銅をサカで売り捌く――という目的だったから、本来はタラベルソはそのまま通過する予定であった。


 だがタラベルソ星系からサカ領へと向かう極小質量宙域ヴォイドで、連邦航宙局の宇宙ステーションから足止めを言い渡されたのだ。宇宙ステーションの管制官いわく、サカ側の入国審査が機能していない、復旧の見込みは不明とのことだったが、だからといってラセンもそう簡単に納得出来るはずもない。管制官と押し問答しても埒があかず、業を煮やしたラセンは関係各所に直接掛け合うため、タラベルソに降り立ったのである。


「推進剤代にドック使用料に機体のメンテナンスに……オーバーホールは先送りだな」


 だが諸々当て込んでいたつもりの収入が見込めなくなって、ラセンの口からはぼやきが止まらない。だが彼が引き返すことを決断したのは、サカへの渡航許可が下りないからだけではなかった。


()()以上に気色悪い奴らがいるとは思わなかったぜ」


 再び繁華街へと舞い戻った彼は、違和感の真っ只中にあった。


 道行く人々の顔が、等しく見える――その異様な感覚が、つい先刻と比べても度が増している。

 先ほどまではまだ、識別出来る人間がもう少しいたはずだ。だが今、彼の目に映る人影の中に、そんな人間はほとんど残っていない。それどころかどんな表情を浮かべているのか、それすらも認識しがたい。


 ただ、ひとつだけはっきりしていることがある。

 今やのっぺらぼうにしか思えないヒトの群れが、一様にラセンに視線を向けている。

 ラセンに対する好奇心。それが目の前の人々から読み取れる、唯一の表情だった。


「……畜生、連敗するのは癪だが」


 そう呟いてラセンは踵を返す。

 いなや、巨体に似合わぬスピードでその場から駆け出した。

 人混みを掻き分けて、ときには弾き飛ばされて転倒する者もいたが、のっぺらぼうが何人倒れようと助け起こす気にはならない。それよりも一刻も早くこの場から逃げ出したい。もはや彼の頭の中からは、土産を物色して回ろうという気持ちは消し飛んでいた。

 走り続ける間も、相変わらず()()が手足や顔面にすらまとわりつく。ようやく繁華街を抜け出し、大通りで拾ったオートライドはいかにも旧式だったが、構わずに転がり込んだ。だがオートライドを発進させてからしばらくの間、ラセンの身体からだにはなおも()()が粘りつく感覚が拭えなかった。


 大気が濃いとか、そういう問題ではない。


 外気を完全に遮断しているはずの車内で、ラセンは己を絡めとろうとする得体の知れないものの存在を、今や明確に認識していた。こいつはさっさとどころか、一分一秒でも長居してられない。早いところ宇宙船に乗り込んで、とにかくこの星から離れたい。


 幸いなことにオートライドがそのまま数キロを走り出したところで、車内の空気からは徐々に粘度が失われていった。やはり繁華街から離れたのは正解らしい。

 そのままオートライドは大通りをひた走り、間もなく湾岸沿いの区画に差し掛かった。この辺りはタラベルソの中心街区の中でも治安が危ぶまれるエリアだったが、軌道エレベーター発着場に繋がるパイプ・ウェイ入口に最短でたどり着くには、避けては通れない。もとより途中下車するつもりのないラセンは、気にも掛けていなかった。

 ところが彼が乗るオートライドは、その湾岸区画もあとわずかで抜け出ようというところで、唐突に停車してしまう。


「おい、どうしたってんだよ!」


 フロントガラスに映し出されていた地図情報がふつりと消えて、人通りのない陰気な街並みばかりが目に入る。手動運転用の操縦レバーを乱暴に動かしても、パネル類に拳を叩きつけても、オートライドはうんともすんとも言おうとしない。車内の照明すら落ちて完全に沈黙してしまったオートライドから、ラセンはやむなく降りようとしてドアに手を掛ける。


 ところがそのドアも開かない。


 普段は触れることもない開閉レバーに指を掛けて、何度引いてもロックが解けないのだ。散々悪態をついていたラセンも、これには焦らざるを得なかった。薄っぺらいように思えて無駄に頑丈なドアが、今のラセンには恨めしくすら思える。


 ――こんなところで足止めされて、またあの気色悪い空気に追いつかれて堪るか――


 必死に車内を見回していたラセンが、ダッシュボード下の収納に棒状の、非常用万能工具を発見した、そのときである。


 工具を取り出そうと大きな身体からだを屈めていた彼の頭上で、唐突に派手に炸裂音が鳴り響いた。同時にラセンの頭から背中から、ばらばらとガラスと覚しき破片が降りかかる。


 いったい何が起きたのか。ラセンは声も立てず顔も上げず、考えるよりも早く万能工具を右手に取った。同時にグリップ部分のタッチボタンを押しながら、そのまま力任せに右手を振り上げる。瞬時にハンマー状に変形した工具の先端は、今まさに車内に乗り込もうとする不審者の側頭部を直撃した。


 砕け散ったフロントガラスから中を覗き込んでいた不審者にとって、予想だにしない反撃だったろう。不審者は声にならない声を上げながら、そのまま地面へと叩きつけられる。そしてほとんど窓枠しか残っていないフロントガラス部分から、ラセンがのそりと車外に顔を出した。

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