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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第四部 天空播種 ~星暦四〇七年~
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第三話 欲張りなジューン(4)

 中等院で出会う前から、ジューンがミゼールのことを追いかけ続けてきたことは知っている。彼女が宇宙を目指したのは、ひとえにミゼールと離れたくない一心だったということも。ジューンは自身の想いを一度も口に出したことはなかったが、彼女の言動を見聞きしていれば、スヴィでなくとも一目瞭然だったろう。

 そんなジューンの気持ちを理解していながら、ミゼールから言い出したこととはいえ彼と付き合うようになったスヴィが、己を苛むのは無理からぬことであった。


「お前はジューンに対して、必要以上に負い目を感じ過ぎだ」


 俯いたままのスヴィに、ミゼールはことさらにあっけらかんとした口調で言った。


「ジューンはもう、俺たちのことはわかってるだろう」

「わかってるって、勘づいてるってこと?」

「それ以前に、あいつは《繋がれし者》なんだぜ。俺たちの気持ちなんてとっくに知ってるよ」


 そう言われて、スヴィが今さらのように目を見開く。彼女の表情の変化を目にして、むしろミゼールこそが驚いた顔を見せた。


「お前、今までそのことに気がつかなかったのか」

「……もしかして、今もジューンは私たちのことが見えてたり、心を読めたりしているの?」

「多分な。どうして俺たちが付き合うようになったのか、どういう風にこの宇宙ステーションの中で付き合ってきたのか、下手すると俺たち自身よりも詳しいかもしれないぜ」


 ミゼールの言葉を理解するにつれて、スヴィの顔は急速に羞恥に歪んでいく。やがて頭を抱えたままテーブルに突っ伏したスヴィの後頭部を、ミゼールは緑色の瞳で見下ろした。


「今さらなんだよ。大丈夫だって。あいつは確かに俺のことを好いてたけど、多分それ以上にお前のことが好きだから」


 そろりと顔を上げて、スヴィはミゼールの顔を上目遣いで見返した。


「……私のことを?」

「そうだよ。俺とお前が初めて喧嘩した日のこと、覚えてるか? あのとき俺が突っかかったのは、ジューンがお前に一目惚れしたみたいな顔してたからさ」


 中等院で初めて出会ったときのジューンは、戸惑いながら、スヴィの差し出した右手をおっかなびっくり握り返してきた。単に人見知りの激しい子だと思っていたから、さして気にも留めていなかったが、ミゼールにしてみれば一大事だったらしい。


「だってあいつが初対面の人間と握手するなんて、有り得なかったからな。お前がずかずかと踏み込むタイプだってことを差し引いてもさ」


 余計な一言を付け加えられてスヴィは眉をしかめたが、ミゼールは気づく風もなく話を続ける。


「あのときの俺は、有り体に言えば焼き餅焼いてたんだよ。俺のもんのはずのジューンを、ぽっと出のお前に獲られて堪るかって」

「俺のもんのジューン、ね」


 スヴィは少しだけ口を曲げながら、会話の一部分だけを切り取って反芻してみせた。


「ねえ、ミゼール。この際だからはっきり聞くよ。あんたはジューンのことをどう思っているの? ジューンがいるのに、私と付き合うことにしたのはどうして?」

「どうしてってそりゃ、お前が魅力的だからだ」


 あっさりとそう答えるミゼールは、当然を通り越して呆れ顔ですらあった。


「お前のチョコレート色の肌も、黒い大きな瞳も、背が高くて引き締まったスタイルも。何より俺と真っ向張り合えるところがいい。俺にとってスヴィ・ノマは、これまで出会った誰よりも理想の女性だよ」

「ちょっと、ちょっと待って。面と向かってそこまで言われるとは思わなかった。勘弁して」


 自分で聞き出しておきながら、臆面もないミゼールの言葉を耳にして、スヴィは再び顔を真っ赤にしながら慌てて周囲を見回した。こんな会話を仲間に聞かれでもしたら、しばらくは気恥ずかしさでまともに作業も出来なくなってしまう。


「なんだよ、お前が知りたいっていうから、勇気を出して言葉にしたのに」


 本気かどうか判然としないおどけた顔つきで、ミゼールが小さく肩をすくめる。


「まあ、でもお前が聞きたいのはそっちじゃないだろう。ジューンは俺にとって、そうだな。俺のもんだと思ってた。俺だけの所有物みたいに思い込んでたんだ」

「所有物?」

「そう。だから、付き合うとか以前の問題だったんだ。あいつはあいつで、俺の所有物であることを疑いもしてなかったんじゃないかって思う。だからお前の登場は、俺とジューンにとって、お前が思う以上の大事件だった……」


 そこまで口にして、ミゼールは突然何かを思い出したかのように口をつぐんだ。しばらく何度か視線をあちこちに巡らせて、やがておもむろにくつくつと笑みを漏らす。どうして彼がそこで笑い出すのか、スヴィは訝しげに首を傾げた。


「なにがおかしいの」

「いや、今さら気がついたんだけどさ」


 笑みを収めながらも、瞳を細めたままにミゼールはスヴィの顔を見返した。


「最初は俺とお前で、ジューンを獲り合ってただろう。で、お前は今、ジューンと俺との三角関係を気に病んでる」

「改めて口にされるとなんだけど、まあ、そうだね」

「でも実は俺もジューンも、お前のことが好きで堪らないんだ」

「はあ?」

「ようやくわかった。ジューンがお前を宇宙に誘ったのは、お前と離れたくなかったからだ。あいつも欲張りだよな。俺のこともお前のことも、どっちも欲しがったんだよ」


 そう言うとミゼールは、今度こそ誰憚ることなく呵々と笑い出した。室内に彼の笑声が響き渡るのを、スヴィは呆気にとられながら止めようもない。

 同時に、色々と思い悩んでいたはずの脳裏に立ちこめていた靄が、急速に澄み渡っていく。スヴィとミゼールでジューンを獲り合い、スヴィとジューンがミゼールに想いを寄せ、ミゼールとジューンがスヴィを欲しがる――

 私たちは三人で、互いに求め合っている。それはもはや、三人が深い絆で繋がれていることを意味するのではないか。


「惑星調査員になれなかった代わりに、博物院生に――《繋がれし者》になることを選んだのも、多分そういうことだ」


 いつの間にか馬鹿笑いを止めて、ミゼールが口にした言葉の真意が、今ならスヴィにもわかる。


「もしかして私たちを、離れていても見守っていたいからって、本当にそのために?」

「ああ」


 スヴィの言葉に頷きながら、ミゼールはガラス窓の向こうに目を向けた。窓越しに広がるのは星の瞬く漆黒の空間と、その下に広がる惑星スタージアの青々とした地表だ。


「あれはジューンの本心だったんだ。そのために《繋がれし者》になるなんて、無茶なことするよ、全く」



 スタージアの地表に目を向けたミゼールの視線は、およそ四万キロ弱の距離を経て地上の、博物院の中にいるジューンの意識がしっかりと受け止めていた。


(ミゼールには私の考えていることなんてお見通しだなあ)


 博物院南端の展望台から空を見上げながら、純白の長衣をまとったジューンは、ミゼールとスヴィの姿をまるで目の前にいるかの如く認識していた。


 ふたりが一人前の惑星調査員となるために、宇宙ステーションで過酷な訓練をこなし、やがて心を通わせていく様を、一時も漏らすことなく見守り続けてきた。ふたりの姿から片時も目を離さなかったジューンの胸中に、もはや彼らの精神に干渉しようなどという想いは微塵もない。


 ミゼールが口にした通り、そしてキンクァイナが看破していた通り、ジューンはミゼールひとりの気持ちを自分に向けたいわけではなかったのだ。そんなことをして、今度はスヴィが離れてしまうのも耐えられない。彼女が求めたのはミゼールとスヴィ、ふたりと繋がり続けることだったのである。


(スヴィももうわかってる。《繋がれし者》とか関係ない。私たち三人の間には、それ以上の絆があるから)


 彼らが次に地上に降り立つのは、来月の半ばだ。そのときにふたりが博物院を訪れる日が、ジューンには今から待ち遠しくて仕方がなかった。

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