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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第一部 スタージア ~星暦七八一年~
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第五話 絶景(2)

 この巡礼研修の期間中は概ね天候に恵まれ、この日も朝から穏やかな陽光が地表に降り注いでいる。シンタックたちの一行は博物院北口を出発すると暖かな日差しの下、目の前の大通りを東に進んだ。


 しばらくは博物院公園の緑の敷地が右手に広がっていたが、やがて後方に流れ去って代わって現れたのは、街路樹とその隙間に覗く大小さまざまな建物が織り成す街並みであった。


 スタージアは歴史が古いだけあって、建物ひとつとっても趣きがある。

 既にある程度ノウハウが蓄積されてから開拓されたミッダルトは事前の計画に基づいて都市設計されているが、いちから手探りで開拓に臨んだスタージアの場合は小規模な拠点から徐々に増築するように街が広がっていった様子が窺える。途中、大通りを逸れて横道に入るとその傾向はさらに顕著だ。ごちゃごちゃと継ぎ足しながら外へ外へとパワーが溢れ出していく足跡を目の当たりにしているようで、シンタックにとっては街中を流して走るだけでも見ていて飽きない。


 一行はシンタック、ドリー、ヨサン、リュイの順を保って走っていた。


 シンタックは今日の見物先を選んだからという理由で、先頭で道案内役を務める。ヨサンには元々ドリーのフォローのために彼女の後ろを走ってもらうつもりだったが、あまりの危なっかしさに彼の方から申し出てくれた。そして最後尾を走るリュイから、イヤーカフを通じて全員にストップの声がかかった。


「今、曲がった角に美味しそうな出店があった! あれ食べたい!」


 かくして一行は来た道を戻るためにUターンする。目的地を告げればあとは自動運転任せのオートライドではなく、自動一輪モトホイールを移動手段に選んだのは、こういう小回りの良さを考慮してのことだ。

 出店の現像機プリンターから取り出されたのは、スタージアの特産である柑橘系の果実から作ったというスムージーだった。酸味と甘味と冷たさが適度に相まって、この陽気の下で口にするにはぴったりだ。ドリーが一口味わって目を輝かせる。


「リュイの食に対する嗅覚は侮れないからなあ」

「大抵外れを引くヨサンも、ある意味凄いと思うよ」

「お前はわかってない。俺は食の挑戦者なだけだ」


 男同士の不毛な掛け合いをよそに、ドリーは一心不乱にスムージーのストローを吸い続ける。その様子がまるで小さい子供のようで、リュイがからかい気味に声をかけた。


「そんなに慌てて飲むとむせるよ。スムージーは逃げたりしないんだから、もっとゆっくり味わったら」


 リュイに指摘されたドリーはストローを口にしたまま顔を真っ赤にしたが、やがておずおずと口を離した。


「こういう風に外で食べるのって、初めてだから。ちょっと興奮し過ぎたかも」


 ドリーの言葉にリュイは首を傾げる。


「初めてってことはないでしょう。第四中等院ってうちみたいな田舎じゃなくって、もっと大きい街にあるじゃない。美味しいお店もいっぱいあるはずだけど」

「私、中等院の敷地からほとんど出たことないの。街中にどんなお店があるとか、全然知らない」

「そんな、もったいない」


 信じられないといった顔のリュイだったが、そのままドリーが口を固く結んでしまうと、やがて何かを察したかのように目を細めた。


「一緒に遊びに行く友達とか、いないの?」


 リュイが尋ねても、ドリーは答えない。


「でも、ひとりで遊びに出掛けたりするのは恥ずかしい、と」

「っ!」


 ドリーは無言を貫こうとして失敗した。彼女が息を呑む音を聞いて、リュイは得心の表情で頷く。


「シンタックがあなたを気にかける理由が、少しわかった」


 そう言って踵を返したリュイは、いつの間にか空になったスムージーのカップを道端のダストホースに放り込んだ。ホースの奥で微弱な荷電粒子がカップを分解する音が、小さくじりっと響く。ドリーが慌ててスムージーを飲み干そうとストローを咥えると、リュイは自動一輪モトホイールに伸ばしかけた手を止めた。


「別に置いてったりしないから、安心して飲みなさいよ」


 リュイは両手を腰に当てて、ドリーからシンタックへと視線を移す。


「そういうとこ、ちっちゃい頃のシンタックによく似てる」


 名指しされたシンタックは、とぼけた体でストローを啜っている。


「そうかなあ」

「しらばっくれて、まったく」


 スムージーを堪能した四人は、その後も主にリュイがストップを呼びかけて自動一輪モトホイールをUターンさせるということを繰り返した。その都度摘まみ食いをするので、食欲が満たされる代わりにペースは一向に上がらない。


「これは、予定していた所を全部見て回るのは、もう無理だな」


 三度目の摘まみ食いをすることになったのは、潰した芋と挽き肉を練り込んだ団子を揚げたフライドボールという、どこでも扱っているような代物である。だが材料に何を使用するかで微妙な差がつくため、星ごと街ごとにバリエーションが異なるという、定番のジャンクフードでもあった。

 通常はソースをつけることが多いが、今シンタックたちが口にしているのはスムージーにも使われていた果物の果汁を垂らし、お好みで香辛料を追加するというものだ。


「ソースを使わないのは初めて食うけど、結構いける」


 一皿目を早々に平らげたヨサンがおかわりを注文する横で、シンタックがスクロール・ディスプレイを広げて唸る。リュイとドリーはそれぞれフライドボールを摘まみながらディスプレイを覗き込んでいたが、行先の優先順位をシンタックが尋ねると、ふたりとも一番に選んだのは同じ場所であった。


「カーダの現像工房か。でもここ、一番遠いところにあるから、行くとしたら他は全部諦めることになるなあ」

「海に面した高台にあって、絶景で有名なところでしょう?  いいじゃない。ツーリングのつもりで行けば」

「私も、どこかひとつ選ぶならここに行きたい。ていうか、他はあんまり興味ないかな」


 ドリーからさりげなく他の候補地をまとめて却下されて、シンタックは少なからずショックを受けた。


「いや、でも色々あるんだよ。原始開拓船降下の地とか、エルトランザの開祖カーロ・デッソの生家とか、他にも歴史的に価値ある見どころがたくさん」

「そういうところに行きたがるのは、あなただけなの。そんなのより綺麗な景色と美味しい食べ物の方が大事」

「ごめん、私も歴史とかはちょっと」


 リュイが有無を言わさずにばっさりと断言したところに、ドリーが何気なく追い討ちをかける。なし崩しに行先が決まってしまい、シンタックは憮然としてスクロール・ディスプレイを畳んだ。

 ヨサンがフライドボールを口に頬張りながら、シンタックの肩にぽんと手を置く。


「なんだかんだあのふたり、仲良くやってるみたいだな」


 自動一輪モトホイールのそばでふたりの少女が会話を交わしている様子を、ヨサンが指差した。


「なんか、僕にケチをつけるときだけ息が合うんだよ」

「だってあの女と俺たちの仲を取り持つために、これをセッティングしたんだろう? お前がケチつけられるぐらい文句言うな」


 ヨサンはヨサンで、まだまだ自動一輪モトホイール初心者のドリーの後ろにぴたりと張り付き、しばしば大声で彼女に注意を呼び掛けていた。それでも間に合わなさそうなときにはドリーの横まで進んだりして、彼女が転倒してしまわないようにいつでも支えられるよう待機している。


「そうだね。ヨサンもしっかりドリーのこと見守っててくれるし」

「この年まで自動一輪モトホイールに乗ったことないっていうからひやひやしたけど、ここまで走っただけでそれなりに慣れたっぽいな。まあ慣れたら慣れたで、また気が緩んだりするのが危ないんだけど」


 お守りをさせられてさぞ不平がたまっているかと思ったが、いらぬ心配だった。こと自動一輪モトホイールに関してはヨサンは冗談を飛ばさないということを、シンタックは思い出した。


「さて、行先も決まっちゃったことだし、そろそろ出発するか。ここまで随分と寄り道しちゃったし、現地で少しはぶらぶらすること考えると、思ったよりも時間がない」

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