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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第四部 天空播種 ~星暦四〇七年~
133/223

第一話 岬にて(1)

時代はぐっと遡って、惑星スタージアに《原始の民》が降り立ってまだ百年余りの頃のお話になります。

 南西に突き出すような形状の岬は三方を断崖絶壁に囲まれて、周囲に広がる大海原を見渡すには絶好の景観を誇る。そんな絶景を独り占めするかのように、ちょっとした屋敷と呼んで良い建屋が、岬の突端を占有している。

 郊外の邸宅としてはありふれた広さの敷地内に、広々とした一階と、その上にこぢんまりとした二階をちょこんと乗せた程度の、シンプルな構え。装飾に乏しい無骨な外観と、俗世から隔絶したシチュエーションが相まって、童謡に出てくる魔女の棲家のように見えなくもない。夕刻の西日を受けて、遠くからも認めることの出来る建物のシルエットを視界に収めながら、カーロ・デッソは岬の突端に向かって車を走らせていた。


「全く、博物院にこもってくれればいいものを。なんだってこんな僻地に引っ込んでいるんだか」


 筋骨隆々とした恵まれた体躯を運転席に窮屈そうに押し込めて、空調の効いた車内でも褐色の肌にうっすらと汗が滲む。大きな手で車の操縦レバーを握り締めながら、カーロは思わずそうぼやいた。


 惑星スタージアの中心街区から二十キロほど離れたこの辺りは、まだ道路も整備されたばかりで、オートライドの運転可能範囲から大きく外れている。オートライドは三年前にようやく市街区全域で運用されるようになったばかりで、郊外までカバーするにはまだ数年かかるらしい。お陰でカーロは手動運転を強いられているのだが、彼は車の運転が苦手であった。


 ――あなたのお母様はドライブが大好きでね。久々に会うときは、彼女の運転する車で色んなところを走り回ったものよ――


 そう言って昔を懐かしむような女性の聞き慣れた声が、カーロの脳裏に蘇る。


 カーロ自身、母の運転する車に乗ってあちこち連れ回されたことは、よく覚えている。ただ母の運転はいささかアクティブかつスリリングで、彼にとってドライブの記憶とは、常に車酔いと抱き合わせだった。手動運転の車が苦手な理由のひとつは間違いなく母のせいだ、とカーロは思っている。


「宇宙船の操縦なら、飽きるほど繰り返してるんだがなあ」


 再びぼやきを口にしたカーロの胸中に、一抹の不安が灯る。


 このスタージアにおいて、宇宙船の操縦歴でカーロの右に出るものはいないだろう。ただそれも、スタージアという一星系内限定の話だ。彼に限らず、星系外への航行を果たした人物が存命していないという点が、カーロにとっては心配の種であった。


「開拓を成功させるためだ。なんとしても説得に応じてもらうぞ、ジューン」


 そう呟くとカーロは、操縦レバーを握り締める手に力を込める。


 いよいよ来月、スタージアは初の開拓団を宇宙へと送り出す手筈となっていた。

 行き先はスタージア星系から五つの星系を経た先にある、古代語にちなんでその向こうの星(エルトランザ)と名づけられた惑星だ。半世紀にわたる無人・有人調査の末についに見出された人類の新たな居住地へ向かう、およそ三百人の開拓団を率いるのが彼――岬の端に向かって慣れない車の操縦に悪戦苦闘する、カーロ・デッソであった。



 当代のスタージア博物院長ジューン・カーダは、穏やかな物腰が特徴的な、年配の女性だ。


 既に老境に差し掛かる年齢のはずだが、黒地のカーデガンを肩から羽織った下の、丈の長い濃緑のワンピースに包まれた痩身は背筋が真っ直ぐに伸び、黒目がちの瞳に宿る眼光からは深みのある知性が窺える。一本に三つ編みされて背中に垂らされた長い髪は、半分以上白いものが混じっているが、かつては美しい黒髪だったことをカーロはよく知っていた。目尻や首の周り、手の甲に浮かぶ皺はさすがに年相応だが、表情といい仕草といい、この女性ひとは昔から変わらない。


「よく来たわね、カーロ。手動運転は疲れたでしょう。さあ、中に入って」


 岬の端の屋敷の、一階の玄関の前に立って、ジューン・カーダはカーロの到着を出迎えた。アポイントもない彼の突然の訪問に、驚いた様子はない。彼女がカーロの来訪を知っているのは、むしろ当然のことであった。


「僕が来ることはわかっているっていうのに、どうしてこんな外れに引きこもっているのさ」


 挨拶もそこそこに苦情を漏らすカーロに、ジューンはくすりと微笑んでみせた。


「たまにはひとりになりたいときもあるのよ。ちゃんとあなたには居場所を知らせておいたでしょう?」

「せめてオートライドが走る範囲内にしてほしいものだね」


 カーロの口からなおも突いて出る不平を聞き流しながら、ジューンは彼を屋敷内へと案内した。


 玄関ホールの先にある大広間に通されると、カーロは瞳を思わず丸くした。十分な広さがあるはずのそのスペースには、様々な機械の群れが所狭しとひしめいている。卓上に収まりそうな小ぶりなものもあれば、高い天井に届きそうな巨大な機械まで、サイズから種類から千差万別だ。床や作業卓の上に設置された機械だけではない、壁際から天井まで、よくわからない配管が何本も張り巡らされている。機械たちはそれぞれが独特な稼働音を微かに唸らせて、広間の中には不思議な和音が充満していた。


「これ、もしかして全部現像機(プリンター)?」


 長身を折り畳んだり伸び上がったりしながら、カーロは目の前の機械をひとつひとつしげしげと眺めて回った。

 設計図レシピと材料さえあればなんでも造り出すことが出来る現像機プリンターは、人々の生活に根ざしたありふれた機械である。だが、ここまで多種多様な現像機プリンターが一堂に会した光景を、カーロは見たことがない。中には明らかに特注品と思えるものまであるのだから、なおさらだ。


「そうよ。博物院長を引退後は、ここで現像技能の研究に専念するつもりだからね。色々と手を尽くして掻き集めてみたの」

現像機プリンターの見本市でも開けそうな勢いだな。でも研究なんて、それこそ博物院の方がやりやすそうなのに」

「あんまり人目につかないで、こっそりやりたいの」


 そう言って片目をつむるジューンからは、まるで少女のような悪戯っぽさが見て取れた。普段人前に出るときは厳かですらある彼女が、実は豊かな表情の持ち主であるということを知るのは、博物院生を覗けばもうカーロぐらいかもしれない。


「《繋がれし者》のくせして、こっそりもへったくれもないじゃないか」

「それはまた別よ」


 カーロの言葉に、ジューンは眉根を下げて苦笑を浮かべながら、手元の小ぶりな現像機プリンターの上に右手を乗せた。


「《繋がれし者》の中でも、現像技能に一番長けているのは私だからね。ここに研究施設を建てる話は、ちゃんと皆の了解を得ているわ」

「そりゃあそうだろうさ」


 主に博物院生で構成される《繋がれし者》は、複数の思念を精神感応的に共有する、数百名から成る集団だ。四六時中通して《繋がって》いるという彼らは、それぞれの思念を擦り合わせた上で意思を定めるというのだから、互いに意見の相違などあろうはずがない。


 およそ百年以上前、《星の彼方》から現れた《原始の民》は、長旅の末にこのスタージアに降り立った。荒野同然だったスタージアを人間が居住可能な環境を整えるのに、《星の彼方》から持ち寄った優れた知識と技術で《原始の民》を導いたのが、指導層だった彼ら《繋がれし者》たちである。


 彼らは《星の彼方》から持ち寄った知識と技術を駆使して、大気を調整し、海を生成し、大地を肥沃に作り替えた。宇宙船に積み込まれたコンピューターとも《繋がり》ながら、《星の彼方》の記憶を連綿と受け継ぎ続ける人々。カーロのように《繋がらぬ者》たちにも精神感応的に干渉出来る《繋がれし者》は、スタージアの住民たちの尊敬と同時に畏怖を集める存在だ。


 その頂点に立つとされるのが、スタージア博物院長のジューン・カーダである。そして彼女は、十代半ばの頃に父母を亡くしたカーロ・デッソの後見人でもあった。



「あなたたち開拓団が出発する前にね、ここで出来るだけ研究して、確かめておきたいことがあったのよ」


 大小様々な現像機プリンターの間をゆっくりと練り歩きながら、ジューンはそのひとつひとつにそっと手を触れたり、時たまスイッチを切り替えたりしてみせた。


「まだ確信は持てないけど、でもおそらくは大丈夫だわ」

「大丈夫って、何が?」

「開拓団が、植民先で《繋がって》しまう可能性を調べてたの」


 ジューンがさらりと口にした言葉は、カーロにとって聞き捨てならない内容であった。


「開拓団が? 《繋がる》って?」

「安心して。さらに検証を重ねる必要はあるけど、その可能性はほとんどゼロだと私は見込んでいる」


 球形に四本の足が生えたような機械と、飲食物の再現に特化した家庭用現像機(プリンター)の間で立ち止まったジューンは、そう言って振り返った。


「もちろん完全にゼロというわけではないけど。でも開拓団がエルトランザを植民した後、さらにまた別の星へと飛び立つことに、ほとんど障害はないと思うわ」

「ジューン」

「植民先で万が一突発的に《繋がって》しまったりしたら、せっかくの開拓も行き詰まってしまうからね。博物院はずっとその可能性を恐れていたんだけど、これでようやく心から送り出すことが――」

「そのことなんだけど」


 口を挟む暇を与えないつもりであろう、滑らかに紡ぎ出される博物院長の言葉を、カーロは強引に遮った。強い口調で発せられた彼の言葉に、ジューンが肩をすくめながら口をつぐむ。


 ――仕方ないわね。言うだけ言ってみなさい――


 濃緑の衣服の上から両手を腰に当てて、そう言いたげな顔でカーロを見据える老女の立ち姿は、彼が成人する前から何度となく目にした振る舞いであった。若かりし頃のカーロは、そんな彼女に対してもっともらしく反抗したものだ。


 ――僕の考えていることなんてお見通しのくせに、いちいち尋ね返す《繋がれし者》なんて、底意地の悪い連中ばかりだ――


 両親を亡くしばかりの頃の話だから、彼の精神は少なからず荒んでいた。周囲に対して、特に彼を引き取ったジューンには、何かにつけ歯向かってばかりだった。だがジューンはそんなときにも決して感情的にはならず、カーロの刺々しい言動を包み込むような眼差しで告げた。


 ――ヒトの意思は、言動に出さない限りは定まらないものなの。言葉や行動で表されて、思考は初めてはっきりと形を成す。私はあなたの頭の隅々まで読み取ることが出来るけど、それでもあなたは何を言いたいのか、言葉を使って訴えなければいけないわ――


 そのときのカーロが、彼女の言葉を素直に受け止めることが出来たわけではない。だがその後もことあるごとに繰り返し諭され続けるにつれて、気持ちを言動に表すことの重要性は、彼の行動規範に叩き込まれていった。

 だから今、彼女がそんな表情で彼の言葉を待ち構えているのだとしたら、カーロはしっかりと意思を伝えなければならない。例えそれが、既に何度も拒絶されている申し出だとしても、彼自身が諦めきれないのであれば、改めて口にするべきなのだ。

 室内に射し込む茜色の日差しを背に受けて、老齢の博物院長のかくしゃくとした人影に向かって、カーロは一言ずつはっきりと口にした。


「博物院長にお願い申し上げる。博物院に秘される《オーグ》の秘術を、是非とも開拓団に開示して欲しい」

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