【第五章 叛く者 叛かれる者】 第二話 融け合わぬ人々(2)
「ひとつ確認させて欲しい点がある」
「なんなりと」
「最後の要求、銀河連邦における地位の保全とは、具体的にどんな内容を想定している?」
ジノに問われて、シャレイドの赤銅色の顔ににやりとした笑みが浮かぶ。その質問は、彼が待ち望んでいたものだったのだろう。
「モズ、お答えして差し上げろ」
「俺が?」
シャレイドに無言のまま目で促されて、モズは戸惑いを隠せないながらもジノの顔に向き合った。
「外縁星系諸国は決して銀河連邦からの離反を望んではおりません。連邦加盟国であれば当然享受出来る、域内の航宙及び通商の自由を、今後も保証されることを求めます」
モズの畏まった回答に最初に反応したのは、それまで三人の会話に口を挟まず微動だにしなかったモートンであった。彼は切れ長の目の奥のダークブラウンの瞳を、まず正面のモズの丸い顔に投げかけて、次いで斜向かいのソファにふんぞり返るシャレイドへと向ける。
「シャレイド、それでいいのか」
抑揚の効いた、落ち着いた声でかつての友に向けられたモートンの言葉は、問いというよりは確認に近かった。対するシャレイドは笑みを崩さないまま、無言で首肯する。
ふたりの顔を均等に眺めながら、ジノは外縁星系人が求めるものの本質が理解出来たような気がした。
「同じ連邦の枠組の中で、第一世代と外縁星系人を公式に区別する。要約するとそんなところか」
「そう、それだよ、ジノ。上手いことまとめるな」
ソファに沈めていた上半身を起こし、膝を打って褒めそやす。シャレイドの芝居がかった仕草は鼻につくが、この男の場合はこうした振る舞いの方がかえって自然なのだと、ジノは思い出す。
わずかに身体を揺すってから、ジノもまたシャレイドに問い質した。
「常任委員会や連邦評議会そのものに口を挟むつもりはない、と。そう受け取っていいんだな」
「ない、ない。外縁星系人は今後の立て直しで手一杯だよ。わざわざ打って出るような余力は無いんだ」
ジノの懸念を打ち消すかのように、シャレイドは己の顔の前で手のひらを左右させる。そして組んでいた脚を解くと、さらに身を乗り出した。
「それにこう言っちゃなんだが、外縁星系人は常任委員会や連邦評議会に期待していない。中央で力を持つことに魅力を感じてないのさ」
「現役の評議会議員と安全保障局員を前にして、その言い草はどうなんだ」
「言っただろう、今日は真正直に話し合うつもりだって」
そう言って片目をつむるシャレイドを見て、ジノは大袈裟に肩を竦めた。
「お前とこうして話していると、公式な態度を取っているつもりの自分が馬鹿馬鹿しく思えてくるな」
「無礼講のつもりでもいいんだぜ」
「いくらなんでも、そういうわけにいくか」
とはいえもう少し砕けた態度を取っても良いのかもしれない。本音を言えばジノも、シャレイドを前にしていつまでも肩肘を張り続けるのは、本意ではない。
会議卓の上で組み合わせていた両手から指を一本一本解きながら、ジノは心持ち顔を前に突き出した。
「先ほどの四箇条の内、トゥーランからの軍と保安庁の撤収、これは了解だ」
スタージア星系の戦い以降、トゥーランの抵抗勢力の活動は勢いを増している。今は和平交渉中でお互いに動きを潜めているが、交渉の結果次第では再び戦火が拡大しかねない状況である。もはや外縁星系人をねじ伏せる力を残していない連邦軍も保安庁も、早々に引き上げて体制を整えるために再編したいところであった。
「だが債権放棄と各国の自治体制の追認、これはそのまま認めるのは難しい。特に外縁星系諸国が連邦に残留し続けたいというのであれば、連邦の現行法から外れた行為として認められることはないだろう」
ジノの言葉に、モズの赤ら顔が怒りでわずかに歪む。
「そいつはないんじゃないですかね、カプリ議員。それじゃあこの争いの前と何も変わらないってことですよ」
「モズ、そういきり立つな」
シャレイドの制止を受けて、モズは口をつぐんだ。不服そうな彼の顔を横目で認めながら、シャレイドはジノに先を促した。
「それで終わりじゃないんだろう?」
長い睫毛の下に覗く黒い瞳には、ジノの回答にも全く焦る気配がない。それとも信頼し切っていると言うべきかもしれない。
きっと納得出来る回答を得られるに違いないという確信。敵と味方が一堂に会して、ぎりぎりの条件を詰める剣呑なはずのこの場にはそぐわない、無邪気な思い込み。
およそ和平交渉の準備協議に臨む人物が、交渉相手に見せる顔ではない。
「外縁星系人の理解を得られれば、の話だが」
そう前置きしてから、ジノはシャレイドが期待しているであろう言葉を口にした。
「四箇条の要求を満たしうるアイデアはある」
するとシャレイドは満足そうに目を細めて、会議卓に頬杖をつきながらジノの顔を覗き込む。いかにも礼を失した態度だが、ジノは今さら咎めるつもりはなかった。
「想定内ってことか、さすがだね。是非そのアイデアをお聞かせ願いたい」
これから告げる内容を聞いて、シャレイドはなおその態度を保つことが出来るのか。ジノはあえて刺激的な表現で切り出してみることにした。
「外縁星系諸国を、銀河連邦直轄の自治領とする。これが我々の考え得る最良の解決案だ」
それからしばしの間、沈黙が室内を支配した。
シャレイドの顔色に変化はない。代わりに目まぐるしく表情を変えたのは、隣りのモズであった。最初に丸い目を大きく見開き、やがて眉間に急激に皺を寄せ、最後に赤ら顔がどす黒く染める。
「そんな案は到底受け入れられません」
その場で席を立たなかっただけ、まだ自制が効いていると言えるだろう。モズは卓上に乗せた右手を力の限り握り締めながら、大きな目でジノの顔を睨みつけている。だがジノは怯むことなく、その詳細を語り始める。
「まず銀河連邦に新たに外縁星系開発局を設ける。無論ほかの四局長同様、常任委員兼任だ。そして外縁星系開発局が任命する自治領総督が、外縁星系諸国を治める形になるだろう」
「だから有り得ないと言って……」
「なるほど。そして総督にはジェネバ・ンゼマを任命するというわけだな。外縁星系開発局長は、差し詰め自治領代表の評議会議員が兼任する、といったところか?」
いよいよ腰を浮かしかけたモズは、シャレイドのその言葉によって動きを止めた。
「ジェネバが? 総督?」
「つまり連邦の体裁を保ちつつ、外縁星系諸国の自治体制を認めるってことさ」
モズの怪訝な顔に向かって、シャレイドはそう言って唇の片端を吊り上げてみせた。