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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第三部 叛逆者たち ~星暦八八〇年~
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【第五章 叛く者 叛かれる者】 第一話 旅路の果て(2)

外縁星系コースト諸国連合からは、既に休戦の申し出が届いている」


 銀河連邦評議会ドームに隣接した議員専用のホテルの一室で、コーヒーカップを片手に持ち上げながら、ヘレ・キュンターは面白くもなさそうな顔でそう言った。

 向かいに腰掛けるジノは黙って頷いたが、その眉根には深い皺が刻まれている。深刻な表情のまま口を開こうとしない彼に、キュンターは薄い唇の端を歪めてみせた。


「安全保障局の強権を糾弾しておいて、代わりに評議会が下した判断の、結果がこれだ」

「……我々が非難を受けるのはやむを得ません。それだけの事態を招いてしまった、その責は負うべきでしょう」


 連邦軍の大敗の報がもたらされて、テネヴェ――とりわけエクセランネ区は混乱の極みにあった。何しろ連邦評議会が全会一致でスタージアの救援に差し向けた連邦軍が、事実上壊滅してしまったのである。連邦軍にはまだ同数の戦力が残っていると強がることも出来るが、その大半は対複星系国家を想定した防衛と、残るは域内の治安活動に充てたものだ。簡単に動員するわけにはいかなかった。

 連邦評議会への批判以上に巷を席巻するのは、これ以上の戦いを倦む声であった。外縁星系人コースターの反連邦組織による長年のテロ、それを取り締まるための強権的な監視体制がようやく終わるのかと思えば、予想だにしない連邦軍の大敗である。テネヴェのみならず、第一世代の各国でも厭戦気分が広まるのは当然のことであった。


 既に常任委員会は責任を取るという口実で、全員が早々に職を投げ出していた。だが敗戦処理に奔走されることが確実な、新たな常任委員長に立候補しようとする者はない。


「責任の取り方にも、色々ある」


 そう呟くキュンターの言葉からは常の品の良さが影を潜めて、代わりに諦めの色が色濃く滲んでいた。


「というと、常任委員長の就任を引き受けるおつもりですか」

「仕方あるまい。誰かが後始末をつけねばならん」


 キュンターは外縁星系人コースターとの和解を説いたことは一度もない。だが外縁星系人コースターを積極的に弾圧しようとしていたその他の第一世代出身議員に比べれば、はるかに穏健派と見做されていた。

 彼女はローベンダールの資本の代弁者として、彼女なりの計算に従って行動しただけであり、それは外縁星系人コースターの立場を慮ってのものではない。

 しかし今となっては、最も外縁星系人コースターを刺激しないと思われる相応の実力者といえば、キュンター以外にいないのである。


「私とて外縁星系人コースターから莫大な債権を取り立ててきた身だというのに。ほかに適任がいないというのだから呆れた話だ」


 一口だけコーヒーを啜ってから、キュンターは優雅な手つきでカップをテーブルの上の受け皿に戻した。カップの中の黒い液体は半分以上残っているが、キュンターがほとんど口をつけないままに喋り続けていたせいで、既にすっかりと冷め切っている。


「大役ですね。私にも手伝えることがありましたら、何なりと申しつけ下さい」


 あからさまな貧乏くじを引き受けざるを得ないキュンターに、ジノは少なからず同情した。どのような条件で外縁星系人コースターと和平協定を結んだとしても、彼女は非難を浴びることになるだろう。和平協定を締結し終えた時点で、キュンターが常任委員長の座を追われることになるのは明らかであった。

 だが手伝いを申し出たのは、彼女の立場を慮っての社交辞令ではない。ここにこうして呼び出されたこと自体、彼女がジノに何らかの仕事を任せようとしているのだと察していた。大方予想がつくその仕事の内容を確かめるために、ジノはキュンターの部屋を訪れたのだ。


「正式な交渉に先駆けて、大枠の方向性を摺り合わせるための準備協議が設けられる。こちらは報道機関にも非公表の、極秘の協議だ。カプリ議員には銀河連邦代表として、その準備協議に出席して欲しい」


 任務を告げたキュンターは、ジノがさして驚くこともなく了承するのを見て、ふっと小さくため息を吐き出した。


「評議会で外縁星系人コースターとの対話を主張してきたあなたなら、彼らの反発を招くことなく、ぎりぎりの落としどころを見つけてくれるだろう」

「買い被りですよ。ですがこの混乱を収めるべく、最善を尽くすことを誓いましょう」

「任せたぞ。外縁星系人コースターの代表は、博物院長と会談したというあのシャレイド・ラハーンディだそうだ」


 その名を告げられて、それまで覚悟の表情に満ちていたジノのグレーの瞳に、一瞬複雑な感情が揺らめいた。


「実を言えばあなたを交渉役に任ずる理由のひとつに、そのラハーンディからの指名がある。確か旧知だったな?」


 キュンターに尋ねられて、ジノはやや伏し目がちに頷いた。


「はい。ジェスター院の後輩で、彼とはよく立方棋クビカを指したものです」

「そういうことか。それだけ親しいのなら、交渉もスムーズに進められるかな」

「だと良いのですが……」


 そう言って右手で口髭をなぞっていたジノは、しばらく考え込むような表情を見せた後、おもむろに口を開いた。


「準備協議に補助スタッフを同行させることは可能でしょうか?」


 ジノの言葉に、キュンターがわずかに首を傾げる。


「スタッフ? まあ人数にもよるが、それは問題ないだろう」

「ありがとうございます。それでは人選はお任せ頂くとして、もうひとつ」

「なんだ、まだ何かあるのか?」

「ええ。むしろこちらの方が重要です」


 口髭から右手を離したジノは、キュンターの顔を窺うようにゆっくりと顔を上げた。


「シャレイド・ラハーンディが私を交渉役に指名してきたというのであれば、その引き替えに準備協議の場所、これを指定させてもらいたいのです」

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