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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第三部 叛逆者たち ~星暦八八〇年~
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【第五章 叛く者 叛かれる者】 第一話 旅路の果て(1)

 銀河系中の耳目を集めたスタージア星系の戦いが、大方の予想を覆して外縁星系コースト軍の大勝利に終わって間もなく、スタージア博物院長アンゼロ・ソルナレスは再び声明を発表した。


「《原始の民》の降下から銀河系人類を見守り続けた民の末裔として、これ以上の流血は望むところではありません。人類は知恵と勇気を尽くして、対話による歩み寄りを果たせるであろうことを信じています。皆さんが過去の宿怨を乗り越えるためであれば、我々も助力を惜しまぬことを誓いましょう」


 全てを見通すかの如き慈愛に満ちた表情を張りつけたソルナレスの、全銀河系に向けて発せられた迂遠な言い回しを要約すれば、銀河連邦と外縁星系人コースターに対する休戦と和平の勧告にほかならない。


 この期に及んで、銀河連邦には勧告に応じる以外の道を選ぶことは出来なかった。スタージア星系の戦いで失った戦力は一朝一夕で回復出来るものではなく、連邦は継戦能力を喪失している。それどころかエルトランザやサカといった複星系国家が、戦力を落とした連邦にいつ干渉してくるかわからないのだ。博物院長の声明によって露骨な動きは抑え込まれているが、陰でどんな蠢動を見せるかわからない。もはや外縁星系コースト諸国との講和に、一刻の猶予も許されない。


 一方で勝利した外縁星系コースト諸国も、その事情はさほど変わらなかった。


「我々も、これ以上の争いを求めてはおりません」


 ジャランデール行政府庁の会議室で、ジェネバは列席者たちに向かって静かに告げた。


外縁星系コースト諸国連合が求めるのは、第一にトゥーランの解放と、そして第一世代に押しつけられた経済的負担からの解消、これが第二です。第三は我々自身の手による自治の確立、そして第四は――」


 大きく息を吸い込み、吐き出しながらジェネバが口にしたのは、ある意味最も重要なことであった。


「我々の()()()()()()()()地位の回復です。外縁星系人コースターは決して、銀河連邦からの離反を望むものではない。その点を皆さんにもご理解頂きたい」


 外縁星系コースト諸国の代表たちから、ジェネバへの反論はない。ある者は何度も頷きながら、またある者は腕組みして黙り込んだまま、彼らの瞳に等しく浮かぶのは、彼女の言葉に対する首肯の意思であった。

 銀河連邦から脱退し、外縁星系コースト諸国だけで連合を組もうという声が、ないわけではない。ただそれを唱えるのは一部の血気盛んな層であって、決して大勢を占めてはいなかった。


「ンゼマ議員の仰る通りです」


 ジェネバの言葉を引き取るように口を開いたのは、厚ぼったい瞼の下から細い目を覗かせるトゥーラン代表、ジンバシーであった。


「我々は何よりも、第一世代との対等な関係を求めている。いたずらに銀河連邦の秩序が乱れることを望むものではありません」


 スタージア星系の戦いの後、連邦軍や保安庁に制圧されていたトゥーランでは、またぞろ現地の人々が勢力を盛り返しつつある。だがつい先日、現地勢力との連絡が回復した際にジンバシーは、必要以上の戦闘を自重するように呼び掛けていた。今後、銀河連邦との交渉をスムーズに進めるため、相手を極力刺激したくないというジェネバの意向を汲んだのである。


 ジンバシーの発言を受けて小さく頷いたジェネバは、その大きな黒い瞳で改めて目の前の顔ぶれを見渡した。


「先の戦闘の結果、そしてスタージア博物院長の呼び掛けを受けて、連邦常任委員会も我々との交渉のテーブルに着かざるを得ないでしょう。外縁星系コースト諸国連合は先ほどの四つの要求を実現すべく交渉に臨む、これを我々の総意といたします」


 それ以上に過激な要求を掲げても許されうるのは、同胞の血を最も多く流したジンバシーだけであった。その彼が口にしたのは、この場の全員が納得しうる妥当な条件ばかりである。ジェネバが取りまとめた結論に、異を挟む者はいなかった。


 事前にジンバシーに根回していた結果が、功を奏した。この会議の前夜、密談に応じたトゥーラン代表は、おそらく彼女が持ちかける内容を既に予想していただろう。


「私としては、トゥーランの解放に勝る望みはありません。それ以上はンゼマ議員、あなたの言うことに同意しましょう」


 ジンバシーは冷静だった。実際のところ、トゥーランの解放を加えた四つの条件以上の要求――例えば外縁星系コースト諸国連合の独立を目指したとしても、それは必ずしも外縁星系コースト諸国にとって益にはならない。そのことをジンバシーはよく理解していた。


「この争いが収まったとしても、私たちには今後の生活があります。安定した環境を確保するためには、連邦からの離脱は必ずしもベストではありません」

「そのお言葉を聞いて安心しました。ジンバシー長官にそう言って頂ければ、明日の会議が紛糾することはないでしょう」


 外縁星系コースト諸国は未だ開拓途上であり、その分豊富な資源の産出が見込まれている。だがその資源も、外縁星系コースト諸国の間だけでは捌ききれるものではない。加工して製品化する技術や設備は、第一世代の各国に頼るしかないのだ。今回の内乱後の外縁星系コースト諸国の経済活動を維持するためには、航宙の安全が確保され、かつほとんどの関税が免除された、銀河連邦という枠組内での第一世代各国との取引が必須であった。

 ジンバシーがその点を心得ていることを確かめて、安心したというジェネバの言葉は嘘偽りのない本心である。

 それ以上の権益を得ようとすれば、さらに争いが長引く可能性が高い。内乱の長期化によってどちらが先に力尽きるかといえば、外縁星系コースト諸国に決まっていた。


「長官の決断が外縁星系コースト諸国にどれほど明るい未来をもたらすことか、我々は決して忘れません。いえ、全ての外縁星系人コースターがそのことを忘れないよう、記憶に刻みつけるべきでしょう」


 トゥーランが無事に解放されたとしても、その後の国論を一枚岩にまとめるのは、いかにジンバシーとはいえ容易ではないだろう。連邦軍や保安庁に対する憎しみが、最も募っているはずの星だ。憎悪に凝り固まる人々の心を宥め、少しでも自尊心を満たすことが出来るような方策を用意しておく必要がある。それも、ほかの外縁星系コースト諸国も納得出来るような内容でなければならない。


 ジェネバにはまだまだ考えるべきことが山積みであった。

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