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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第三部 叛逆者たち ~星暦八八〇年~
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【第四章 誰が為の散華】 第三話 閉塞する墓標(3)

 思いもよらぬ方向から、予期せぬ攻撃を受けて大幅に兵力を損ないながら、連邦軍は未だにその敵の姿を掴めないままでいる。


「有り得ない!」


 索敵担当オペレーターは充血した目を、何度もモニタやホログラム・スクリーンの間を行き来させて、最後は頭を掻き毟った。


「見つかりません! 後背の敵の位置や規模、その他全てが不明です!」


 後背から突然の攻撃を察知して以来、叫び続けるオペレーターの喉は既にしわがれて、声はすっかりかすれている。


「そんなわけがないだろう! これだけ派手な攻撃をかましてくれたんだ、痕跡ぐらいは把握出来るはずだ」

「駄目なんです! どんなに手を尽くしても、欠片も感知出来ない。まるでレーダーが目隠しでもされているみたいです!」


 副官の怒鳴り声に対して、オペレーターの返答はほとんど泣き声に近い。なおも声を荒げようとする副官を、ホスクローヴは手で制した。


「我々だけではない、全軍の索敵が無効化されているようだ。目視で探しでもしない限り、おそらく見つけ出すことは不可能だろう」


 ホスクローヴは憮然とした表情を崩してはいなかったが、白い眉の下に覗く瞳にはさすがに緊張がみなぎっていた。背後からだけではない。正面の敵主力部隊も後退をやめて、連邦軍への攻撃を強めている。別働隊とも合流を果たして戦力で圧倒していたはずの連邦軍は、前後からの挟撃を受けて見る見る数を減らしていった。


「正面の敵に総攻撃を仕掛ける。そのまま敵中を突破して戦場から離脱するよう、全軍に通達だ」


 老提督の意図を理解した副官が、即座に通信オペレーターに指示を下す。


 後背からの攻撃、しかもその敵の位置すら掴めないとあらば、前方の敵に集中して突っ切った方が、余程この窮状を脱する可能性は高かった。無論相応の損害を被ることになるが、このまま前後から挟撃を受け続けるよりははるかに《《まし》》である。未だ数は連邦軍が勝るのだから、ホスクローヴの選択は正しい。


 だが副官の指示に対して、今度は通信オペレーターが悲鳴を上げた。


「駄目です! 先ほどから通信が妨害され――いや、通信機器が全てダウンしています! 友軍と連絡が取れません!」


 コンソール・パネルに必死の形相で取りつき、やがて両手を叩きつける通信オペレーターを見て、ついにホスクローヴも目を見開かせた。


「索敵だけでなく、通信まで機能停止だと?」


 肝が据わっているはずの副官も、さすがに動揺を隠しきれなかった。こんな不調が立て続けに起こるものだろうか。だとしたら恐ろしいほどの不運に見舞われているということになるが、ホスクローヴはそこまでの偶然を信じるほど脳天気ではなかった。


「どういう仕組みかは不明だが、我々は罠に嵌められたようだな」


 無表情のまま提督が漏らした一言に、副官が信じられないという面持ちを向ける。


電子妨害機器ジャマーでしょうか? しかしここまで敵から電子戦を仕掛けられた痕跡は無し、それにこんなピンポイントの電子妨害ジャミングなんて、聞いたこともありませんよ」

「私もだよ。しかしなんらかの力が働いているのは間違いないだろう」


 そう答える老提督の横顔に、艦橋正面のモニタ越しから激しい光が照りつけた。もはや何度目となるかわからない。僚艦の爆発光が艦橋内に射し込む頻度も明るさも、確実に増している。


「全速前進だ。旗艦を前線に出す」


 再び提督が口にした指示に、副官は表情を強張らせた。提督と長年の付き合いであるはずの彼が、喉をごくりと鳴らせてから指示の内容を確かめる。


「提督、本気ですか?」

「やむを得まい。旗艦が敵に向かって突撃すれば、味方も意図を理解するだろう。ここは正面の敵中突破しか道はない」


 ホスクローヴは淡々とした口調で、命令の意図を告げる。


「通信が絶たれた今、味方は降伏すら出来ないのだ。ならば無理矢理でも脱出に賭けるしかあるまい」

「……畏まりました」


 しばしの沈黙の後、副官は神妙な面持ちで頷いた。やがて彼が命令を伝達する様を、ホスクローヴも唇を引き結んだまま見届ける。


 だが彼らの悲愴な覚悟も、状況を好転させるには至らなかった。


 ホスクローヴの指示から間もなく、あろうことかメイン推進エンジンが制御不能になってしまったのである。それも旗艦だけではない。全ての艦船で同時に発生するという異常事態だった。既に万を割っていた連邦軍は、慣性に任せるまま漂い続けることしか出来なくなってしまったのである。


 前後から攻撃を浴びながら、行動の自由を奪われるという絶望的な状況下で、連邦軍はなおも果敢に反撃を続けた。だが動きすらままならない連邦軍の艦船たちは、もはや外縁星系コースト軍にとって格好の的でしかない。戦闘はやがて、外縁星系コースト軍による虐殺と呼んで良い、一方的なものとなる。


 銀河系最強と謳われた連邦軍の宇宙船が、兵士たちを乗せたまま次々と爆発四散していった。あるいは慣性に流されるまま僚艦同士で衝突し、戦闘不能に陥る艦さえあった。宇宙空間にいくつもの巨大な光球が産み出され、やがて消滅した後に残るのは数え切れない程の大小のデブリであり、数多の兵士たちの骸だった。その数は数千数億を超えて、《星の彼方》に続くという極小質量宙域ヴォイドを、人類の歴史が続く限り彷徨い続けることだろう。


 最終的に連邦軍は総艦艇数の三分の一を失い、残る半数も航行不能という、未曾有の大敗北を喫することになる。連邦軍がこれほどまでの損害を被った一因に、敵の降伏勧告に応じる艦船が一隻もなかったことが挙げられる。外縁星系コースト軍の火力が尽きることで戦闘が終了を迎えなければ、さらに被害が増加していたに違いなかった。


 スタージア星系における銀河系人類史上最大規模の戦いは、こうして外縁星系コースト諸国連合軍の一方的な勝利で幕を閉じたのである。

 

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