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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第三部 叛逆者たち ~星暦八八〇年~
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【第三章 攻防】 第二話 トゥーランの戦い(2)

「連邦評議会の承諾もなしに、外縁星系コースト諸国の鎮圧に向かったと。そういうことか?」


 キュンターの発言に、ジノが無言で頷く。ふたりが相対する空間に、それまでの剣呑さとは異なる張り詰めた空気が漂う。


「評議会が再招集されたのは、外縁星系コースト鎮圧のために軍を動かす、その是非を問うためだ。それでは我々はなんのためにわざわざ呼び出されたというのだ?」

「そこまではわかりかねます。実を言うと私がこの情報を入手出来たのも、ほんの偶然なのです」


 小さく頭を振りながら、ジノは話を続ける。


「連邦全域の不動産を扱う友人がいるのですが、彼はミッダルト宇宙港内の商業施設も手がけていまして。連邦軍の集結によって宇宙港が一時接収されてしまったため、営業停止中の補償を求めて交渉に赴いた彼が、対応した軍関係者から言われたそうです」

「……何を言われた」

「『我々は間もなくここを発つので、補償額も減額される』だそうです」

 ジノはますます深刻な表情を浮かべて、そう告げた。

「おかしいでしょう? 少なくとも評議会で決を採るまでは、駐留しているはずなのに」


 異常を悟ったアッカビーからの連絡船通信がジノの元に届いたのは、まさにゴタンを出発しようとする寸前のことであった。アッカビーからの情報を受けて、ジノは急遽行き先をテネヴェからチャカドーグーに変更したのである。


「だが話をするならテネヴェでも良かっただろう。わざわざここまで来て待ち伏せしたのはなぜだ」


 キュンターの問いは当然の疑問だったが、ジノの中には明快な答えが用意されていた。


「ひとつは先ほど申し上げた通り、これぐらいしなければ聞いてもらえないだろうという計算です。そしてもうひとつですが」


 そこでジノは、一段と声を低めながら答えた。


「テネヴェ――いえチャカドーグー宇宙港ですら、全て安全保障局が盗聴しているだろうからです。そのためにはあなたのプライベート宇宙船内が都合が良かった」

「……安全保障局に聞かれてはまずい、ということか」

「私は今回の外縁星系コーストを巡る騒動の一因は、安全保障局の暴走にあると考えています。開発支援融資の問題だけであれば、落としどころはいくらでもあった。しかし彼らが必要以上に締め付けてしまったために、外縁星系コースト全体の暴発を招いてしまった」


 そう言うとジノは一瞬悲しそうな表情を浮かべて、視線を足元に落とした。もっと自分の力があれば、と言葉にするのもおこがましい。だが、ジェスター院時代にも感じた忸怩たる想いに、また無力感に苛まされ続けるのはまっぴらであった。そんな想いをしないために、彼は連邦評議会議員になったのである。


「つまり安全保障局の暴走を阻止したい、そういうことだな?」


 ジノに向かってそう尋ねるキュンターの瞳には、それまでの冷ややかな眼差しから、冷静に状況を見定めようとする計算が取って代わって浮かんでいる。


「はい。そのためにキュンター議員のお力をお借りしたく、こうして参上しました」


 キュンターの口調に交渉の余地が生まれたことを察して、ジノは低姿勢を努めながら彼女の言葉を肯定した。ふむと頷いて、キュンターは視線を宙に漂わせながら口を開く。


「ミッダルトから軍が出撃したのが事実であれば、確かに由々しき事態だ。安全保障局も評議会軽視のそしりを免れないだろう。仮にも連邦評議会議員の末席を占める私としても、見過ごすことは出来ない」


 とはいえ彼女の語り口は、未だジノへの警戒を緩めてはいない。


「だがカプリ議員、外縁星系コースト鎮圧の動き自体は抑えきれるものではないよ。人の感情について、前に私が言ったことを覚えているか。誰もがあなたのように理性的でいられるわけでも、理想に突き進めるわけでもない」

「仰られることは、重々承知しております」


 両膝に置いた拳を握り締めて、ジノは眼前の上品な婦人の顔を真っ直ぐに見返した。


「ですが、少なくともキュンター議員とは理性的な話が出来るだろうことも、同時に確信しています」


 ジノの切実な表情を目にして、キュンターの頬が微かに引き攣れる。


「……どうやらあなたは、私の見込み以上に楽天的なようだ。私の派閥を引っかき回してくれた男と、どうして理性的に話し合うことが出来る?」

「このまま連邦軍が外縁星系コースト鎮圧に向かうとして、仮に戦乱が長引けば、外縁星系コーストに融資する側も影響は免れません。テロどころではない、多額の損失が見込まれるでしょう」


 外縁星系コースト諸国には、官民問わず莫大な額が融資されている。外縁星系コースト諸国はその取り立ての厳しさに悲鳴を上げているが、貸しつけた側にしてみれば、当初の契約に則って対応しているだけでしかない。例えその内容が苛烈なものだとしても、お互いのサインがあれば双方の合意に基づいている。いざ回収の段階になって融資先がいくら泣き言を喚こうとも、それは自業自得というものだ。


 だがジノは、連邦軍が外縁星系コースト諸国の鎮圧が長期化した場合、融資の回収作業そのものが停滞する恐れがある、そう指摘したのだった。


 あるいは融資先そのものが消失する可能性だってあるかもしれない。いずれにせよ、貸しつけた側も巨額の融資が焦げ付くことを覚悟しなければならない。下手をすれば融資元まで破滅する可能性がある。


 そしてその融資元には、当然のことながらローベンダール、なかんずくキュンターが属する企業グループも含まれている。


「そもそも安全保障局の暴走に悩まされているのは、ローベンダールこそではありませんか? あなたが派閥構築のために呼び掛けた、特別対策本部をどうにかしなくてはならないという名目は、決してただの口実というわけではないでしょう」


 強い意志をたたえたジノの瞳が、キュンターの顔を覗き込む。それまでぴんと背筋を伸ばして、彼の灰色の瞳と対峙していた婦人は、やがてゆっくりとソファの背凭れへと細い身体からだを沈み込ませた。同時に小さくため息を吐き出した彼女の顔からは、凝り固まった力が抜け落ちたかのように思えた。


「あなたの言う通りだ、カプリ議員。ローベンダールは治安の乱れを望まない。それがテロであれ内戦であれ、ローベンダールの発展を阻害するものには変わりない」

「ローベンダールの発展は、銀河連邦の安定にも還元されます。貴国の発展を望まない者はおりません」

「……己の信念を説くときは雄弁なくせに、追従は下手くそだな。苦手なことは口にしない方がいい」


 そこでキュンターは初めて唇の端を歪めて、おそらくは苦笑であろう表情を浮かべた。揶揄されたことに気がついて、ジノは思わず赤面する。


「いえ、決してそのような……」

「いいだろう。安全保障局のやり方は確かに腹に据えかねる。今後のことを考えても、彼らの力を削ぎ落とすことであれば、手を組むのもやぶさかではない」


 キュンターはそう言うと、ジノの目の前に二本の指を突き立てた。


「だが条件がふたつある。ひとつはカプリ議員、次のキュンター派の会合は、あなたが招集をかけるのだ。私の代理としてね」


 つまりキュンターの派閥に与したということを、自ら表明しろということだ。ジノも、その程度の条件を呑む覚悟はしている。


「承知しました。もうひとつは?」

「連邦軍の出撃自体は、止めようもない。また私も止めるつもりはない。手順はどうあれ、外縁星系コーストには少なくとも一撃を与えなければ、世論も納得しないだろう。私が糾弾するのはあくまで、評議会を軽んじる安全保障局の態度についてだ。軍事行動そのものを非難するというのであれば、協力は出来ない」

「……もちろんです。私も、そこまでは考えておりません」


 例えここでジノが否と答えても、連邦軍の動きを評議会が制止するのは、時間的に不可能だろう。ふたりがテネヴェに着く頃には、おそらく既にトゥーラン辺りで戦端が開かれている。もしかするともう結果が出ている頃合いかもしれない。


 それでもあえてキュンターが条件として挙げたのは、前回の評議会のときのようにジノに勝手な行動を起こされないよう、釘を刺しておきたかったのだろう。


「ただ、出来れば短期で決着がつくことを願います。並行して安全保障局も制することが出来れば、外縁星系コースト諸国と和解の場を設けることも可能でしょうから」


 その上でなお理想的な決着を口にするジノに、キュンターはため息混じりに忠告した。


「理想を思い描くのはいい。だが発言する時と場合は慎重に測ることだ。外縁星系コーストとの和解などもってのほかという輩もいる。何度でも言うが、感情の存在を蔑ろにするな」

「……蔑ろになど、出来るはずもありません」


 そう答えるジノの顔には、古い記憶を呼び覚まされた者が見せる、感傷が見え隠れしている。


「あなたの目には、大層な理想を振り回しているように映ることでしょう。ですがその理想の出発点は、突き詰めれば私個人の、ささやかな感情なんですよ」

「ほう?」


 意外そうな顔を見せるキュンターに対して、わずかに瞼を伏せながら告げたジノの声は低く、だが切実な響きを伴っていた。


「友人同士が争う姿を見たくない。私の本当の願いは、ただそれだけなんです」

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