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星の彼方 絆の果て  作者: 武石勝義
第三部 叛逆者たち ~星暦八八〇年~
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【第三章 攻防】 第一話 ジェネバ・ンゼマの首(1)

「今回はいくらなんでも出来過ぎだ」


 そう言ってシャレイドはベープ管を口から離すと、唇をすぼめながら勢いよく白煙を吐き出した。高い天井に向かって吹き付けられた水蒸気の煙の塊は、なかなか消え去ろうとしない。


「実のところ、俺が一番びっくりしている」

「お前がびっくりしてどうするんだよ。この策なら成功間違いなし、俺の勘がそう告げているって、そう言ったのはお前じゃないか」


 天井に這うようにして漂い続ける煙を見上げながら、モズが不思議そうに尋ねる。するとシャレイドは右手に握り締めたベープ管を左手の平にぽんぽんと叩きつけながら、苦笑とも自嘲ともつかない笑みを浮かべてみせた。


「そりゃあ、そう言っておかないと誰も俺の話なんて聞いてくれないからな。実際に策を仕込んでいたのはジャランデールだけ。よそについては大雑把な方針は指示したが、後は成り行き任せだ」

「それは策というよりも、ただの行き当たりばったりだな」

「シャレイド、そういうことはここだけの話にしておいてよ」


 憮然とした表情のジェネバが、大きな黒い目で彼の顔をぎろりと睨みつける。


「あんたの勘はよく当たるって理由で従っている連中も多いんだから。余計なことは他言無用だよ」

「お前も大概、胡散臭い真似をさせるよなあ。俺の勘が働くのは、相手がいるときだけだって知っているだろうに」

「あんたの勘の正体なんて、誰も欲しちゃいない。ただ中央に楯突く口実を求めていただけなんだから、それを提供してあげただけさ」


 そう言うとジェネバは深々としたデスクチェアに腰掛けたまま、両脚を目の前の執務卓の上に揃って投げ出した。お世辞にも行儀が良いとは言えない振る舞いを見て、だがシャレイドもモズも驚きもしない。それどころかシャレイド自身が黒いコートを羽織ったまま、出窓の窓枠に腰掛けながら長い脚をぶらぶらと揺らしている。この場で真っ当に着席しているのは、応接用ソファに大きな身体からだをどっかと下ろすモズだけだ。


 昔馴染みの三人にとって、他人を交えず彼らだけで顔を突き合わせるときは、いつも通りの光景である。例えそれが、ジャランデール行政府の高官用の執務室であってもだ。


 今、三人はジェネバに提供された評議会議員用の執務室で、今後の方針について話し合っているところであった。


外縁星系コースト諸国が同時に一斉蜂起すれば、連邦も対処しきれないだろうっていう、ただそれだけの策とも言えない策だったが、思いの外上手くいきすぎた」


 窓枠に片手を突きつつ、もう一方の手でベープ管を口元に運びながら、シャレイドはそう言った。


「俺の予想ではジャランデール以外はせいぜい、成功するとしたらネヤクヌヴとクーファンブートぐらいで、後は良くてぐだぐだの内戦状態が続くものと思ってたんだ」

「万々歳じゃないか。お前が各国首脳を説得して回って、まめに連絡を取ってくれたおかげだろう。今さら言うのもなんだが、よく保安庁に見つからずに動き回れたもんだ。相変わらず逃げ回るのは得意だな」

「仰せとあらば、星の彼方までも逃げ切ってみせるさ。まあ、説得の口上はジェネバが用意してくれたからな。俺は伝えるだけで十分だった」

「その割にはあんまり浮かない顔だね」


 ジェネバが指摘した通り、彼の顔は今ひとつすっきりとしない。ベープ管を咥えたまま形の良い眉をひそめて、シャレイドは小さく一言唸ってからおもむろに煙を吐き出した。


「いずれ連邦軍が出てくるだろう」

「それはあんたも最初から想定していたじゃないか。今の状況だとなんかまずいのかい」


 両腕を頭の後ろで組み、ほとんど倒れそうな勢いでデスクチェアを傾かせながら、ジェネバが疑問を口にする。するとシャレイドは白煙をまとわりつかせたまま、おどけた顔で振り返った。


「言っとくけど、連邦軍に勝てるわけがない」

「はあ?」

「当たり前だろう。一斉蜂起はたまたま足並みが揃ったが、基本的には外縁星系コースト諸国はばらばらに動いている。統一された指揮系統も、まだ何もない。本当は連邦軍にはぐだぐだの内戦状態の星に目を向けてもらって、その隙に俺たちは先んじて常任委員会と交渉するつもりだった」

「お前、ひどいこと考えるな……」


 驚き、呆れるモズに比べて、ジェネバはさらに怒りも交えた目でシャレイドの顔を睨み返した。


「連邦軍がほかの外縁星系コースト諸国にかかずっている間に、ジャランデールだけ抜け駆けして手打ちに持ち込むつもりだったってこと?」

「ジノにはその仲介を頼むつもりだった。わざわざモートンに俺の居場所を知らせたのだって、向こうが話を聞く可能性を少しでも上げるためさ。もちろん、ジャランデール以外も掬い上げられれば手を伸ばす。だけど俺にとっての一番は、あくまでジャランデールだ」

「シャレイド、あんたねえ!」


 執務卓に投げ出されていたジェネバの両脚が高く上がって、そのままの勢いで床に靴底を叩きつける。そのまま立ち上がったジェネバは、肩を竦めるようにして窓枠に腰掛けるシャレイドに向かってずいと詰め寄った。


「保安庁支部だけじゃない、極小質量宙域ヴォイドの宇宙ステーションを接収したのだって、みんなあんたの策に従ったからなんだよ。おかげで外縁星系コースト諸国間の移動も通信も自由になって、ばらばらだった各国がようやくひとつにまとまろうとしている。それもこれもあんたが描いた絵図を、外縁星系コーストの自立を信じているからだ」

「そりゃまあ、もっともらしい策は立ててみたけれど。まさか百パーセント成功するとは思ってなかったんだよなあ」


 伸び放題の黒髪を投げやりな手つきで掻き毟りながら、シャレイドはそう言ってジェネバの視線から顔を逸らす。するとジェネバは筋肉質で引き締まった褐色の腕を伸ばし、彼の黒コートの襟首を掴むと、強引にその顔を目の前へと引き寄せた。


「あんたの立てた、そのもっともらしい策(・・・・・・・)通り、今は外縁星系コースト諸国連合を正式に組む方向で話が進んでいる。連合軍については早速結成に取りかかり中だ。もう後戻りは出来ないんだよ!」

「腹を括れよ、シャレイド。お前のことだ、こうなった場合の後のことも考えてはあるんだろう?」


 モズののんびりした口調の台詞を耳にして、気色ばんでいたジェネバの目にも徐々に落ち着いた光が戻る。やがて黒コートを掴む手を突き放すように離しながら、ジェネバもモズと同じ質問を口にした。


「そうだ。あんたが先のことを考えてないわけがない」


 窓枠の下の床に放り出されたシャレイドを、ジェネバの大きな黒い目が真っ直ぐに見下ろす。


「あんたにとっては想定外だったとしても、外縁星系コースト諸国の一斉蜂起はまず成功した。外縁星系コースト諸国連合も発足する。この状況でシャレイド、あんたはどんな将来を想定しているんだ?」

「……外縁星系コースト諸国がまとまることは、出来るかもしれない。連合軍の体裁を整えることも可能だろう。何より政治的なリーダーとしてはジェネバ、お前がいる。というより、外縁星系コースト諸国をまとめ上げることが出来る人物といったら、まずジェネバ・ンゼマ以外有り得ない」


 床に尻餅をついたシャレイドは立ち上がろうとせず、その場に胡座をかいて淡々と語り始めた。


 リーダーに名指しされても、ジェネバの顔に動揺はなかった。シャレイドの言うことは、彼女も十分承知しているのだろう。ジェネバの覚悟を目の当たりにして、だがシャレイドは一瞬渋い表情を浮かべた。


「お前は外縁星系コーストをまとめ上げるキーマンだ。と同時に、弱点とも言える」


 顎先にシャレイドのベープ管の先を突きつけられて、ジェネバは太い眉の片方を跳ね上げた。


「弱点?」

「そうだ。外縁星系コースト諸国にとっては、まとまる可能性が現実味を帯びてきた。それだけに、連邦は必ずお前の首を取りに動く。そうすれば外縁星系コースト諸国は目前の希望を打ち砕かれて戦意喪失し、ばらばらのままやがて各個撃破される」


 そこでベープ管の先を再び掌の上にぽんと置いて、シャレイドは一言付け加えた。


「俺がモートンなら、きっとそう考えるよ」

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