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ロボット大戦が乙女ゲー趣向で進行しております。

 本を読むと創造性がが養われるって誰が言ったの?


 本を読んでも、精神が病むだけよ?本を読むと人間がダメになるって前世の父親が言ってたわ。


 その時は父親を馬鹿にしてたけど、後になってその通りだって分かったの。


 え?漫画はどうだって?


 文字に絵がついただけじゃない。同じよ。


 ゲームは?論外、特にRPG。いやいや、冒険とかありえないから。


 死んでも甦るシステムなんて無いのよ。ライトノベル系勇者のチートスキル?


 いやいや、人生舐めんじゃねーよ。そんな、あっさり困難乗り越えられないから。


 人間なんて似たようなもんだから。霊長類は霊長類。最強なんていないから。


 いえいえ、某オリンピック選手のことではなく、努力もなしに何もかも手に入ると勘違いしているゲーム脳どもを非難しているだけです。


 いや、それよりももっと口にするのもおぞましいゲームもあるんだけどね。


 そういうゲーム脳のせいで、文明が思いっきり衰退して世界がやばいことになっちゃったって言ったらあなた信じる?




その年の冬は、インフルエンザの患者数が過去最高を超えたとかで、特に出かける気のしない感じだった。


それでも、昨夜というか、今日の朝方まで仕事して、ほとんど寝ずに彼女との待ち合わせ場所に出かけて行ったんだ。


決して寝不足のせいだけではさく、頭はふわふわしていた。


幸せだったんだ。


でも、馴染みのない街の馴染みのあるチェーン店の喫茶店で、彼女の口から飛び出したのは予想外の科白だった。


「結婚を辞めたいの」


月並みだけど、その時は頭が真っ白という状態に一瞬で陥った。


「何で?」


原因に思い当たることが何もなかった。そもそも結婚したいと望んだのは彼女の方だった。


「あなたと結婚して、リアルな世界に陥るのが嫌なの」


ここで彼女の言語中枢を疑ってかかることはしなかった。3年も付き合っているのだ。彼女の言いたいことを瞬時に理解した。


「いや、ゲームとかやるの止めないよ。家事もできるだけやるし」


というか、これまで家事のほとんどをこなしていた。付き合って、3年。同棲して2年半。


朝晩のご飯の支度、風呂掃除、トイレ掃除、洗濯、ゴミ出し、すべてこっちの仕事だった。はじめの頃は分担していたけど、極端に出不精の彼女は家の中ですら無精ですぐやらなくなった。


汚部屋になるのは嫌ですからね。やりますよ。仕事が忙しくなったこの1年は、彼女と家で一緒にゲームをする暇もない。


それでも、そんな気取らないところが好きだった。


コンビニのおやつとかは、2人分買ってきてくれるしね。


「でも、結婚したら、やっぱり時間が削られると思うの。あなたに気兼ねしながら、ゲームしたりするの嫌だし。あなたは、一緒にゲームしてくれないし」


いやいや。仕事と家事と結婚の準備でそれどころじゃない、なんて理屈が通じるなら婚約破棄なんて言い出さないだろう。


「いや、時間ができたら、また一緒にやるよ」


口ではそう言ったが、そんなに乗り気ではなかった。仕事が面白くなって、すっかり自分でやる方のゲームへの熱も冷めてしまったのだ。30代になったらますますゲームにはまる、なんて言ってた先輩を心から尊敬する。


「私、仕事を辞めたいの」


何でもかんでも、辞めればいいさ。なんてことは、言えなかった。彼女とは同じ職場で、彼女は元々所属していた班のリーダーだった。彼女はプログラマー。現在開発中の乙女ゲームの企画を2本抱えていた。


「辞めていいよ」


彼女は2歳年上で、彼女に対してはいつも従順にふるまっていた。彼女はとても仕事のできる先輩だった。


会社が彼女をすぐに手放すとは思えなかった。


しかし、彼女が仕事を辞めて家事もしないでどっぷりゲームに浸る生活に陥っても、受け止めるだけの器量は持っているつもりだ。


「そうじゃないの。私、ゲームの大会で優勝したの」


「先週末の乙女ゲームの大会?おめでとう!」


心のこもらない祝辞を述べて、考えていた。確か、とてつもない賞金の大会だったはずだ。彼女がその大会で優勝する可能性は十分あると予想がついたはずなのに、今言い出されるまですっかり忘れていた。


大会の結果を聞かなかったから、怒っているわけではないだろう。


「私、100億でリアルを捨てることにしたの」


企画を考えた人間の神経を疑う。賞金を出したスポンサーの正気を疑う。乙女ゲームのキャラを制限時間内に落としたら、100億円って何ですか。


「ジークフリートと結婚するとか言わないよね?」


彼女が好きな乙女系ライトノベルのヒーローの名前だ。彼女は、常々ジークフリートが自分の嫁だと言っていた。婿じゃなくて、嫁。彼女の思考はよく分からない。


「2次元を3次元に変えようとしている人がいるの」


彼女はすっと、雑誌を取り出し、あるページを見せた。


そのページにはキャラ設定のしっかりした科学者ですと言わんばかりの分厚い眼鏡の白衣男と、どこかで見たことのあるアニメロボットが写っていた。


「この人と知り合いなの?」


「ううん。でも、この人と結婚したいの。私には、今100億円あるわ。アニメ飯ってあるでしょ。この人それみたいにアニメのロボットを本当に作っちゃったの。人間が乗れるのよ。でも、まだ空を飛ぶまでいかないんだって」


何だって?それだったら、大ニュースになっているはずだと、スマホをピンピンタッチしましたら、すぐに出てきた。


結構なニュースになっている。ずっと仕事漬けで、ニュースなんてずいぶん見ていなかった。ゲーム会社に勤めているのに、そんなファンタジーが実現しちゃったことに気づかなかったのは、致命的だろうか。


「私、この人を落として見せるわ」


彼女は自信に満ち溢れていた。今日、一目見たときこれまでになく彼女が着飾っていることに気づいていた。結婚前におしゃれに目覚めたかと思ったら、その男お落とすためだったようだ。


彼女は、すでに臨戦態勢だ。ゲームのキャラを落とすみたいに簡単に行くわけがないとは思わなかった。


彼女が、こんなに綺麗だったなんて知らなかった。


彼女は100億円を手に入れた天才ゲーマー、相手はアニメオタクの天才科学者。


いけるんじゃないかと思う。


「がんばって」


かける言葉はそれしかない。


「ありがとう。部屋は片づけて、私のものはもうないから。ついでに10年分の家賃も払っておいた。式場も新婚旅行もキャンセルしたから、大丈夫よ」


大丈夫じゃないよ。彼女は清々しい笑顔ですっと立ち上がると、こちらのメンタルダメージも考えずに去って行った。


机に婚約指輪を残して。


その婚約指輪に、震える手を伸ばした。


涙腺崩壊。


視界が歪んだ。


彼女が気を変えて戻ってくるなんてことは期待しない。


情けないなんて言わないでくれ。本当に好きだったのだから。彼女のことが好きだったのだから。


あの自由奔放さを、たぐい稀な行動力を、その怠惰さすら、愛していた。


彼女が自分のものであることが信じられなくて、自分のものにしていいのか迷って、自分からは手を伸ばせなくて、彼女が結婚を言い出した時には有頂天になった。


でも、もう彼女はいない。こちらから伸ばせなかった手をすり抜けて行ったのだ。


彼女の温もりが残る指輪に触れることすら、恐れ多くて。彼女はそれだけ崇高で。


思考がぐちゃぐちゃになった。


目の前が白くなった。-本当に、白くなった。


ー彼女を失ったこの世界から消えてしまいたい。


神が哀れな願いを聞き届けてくれたのだろうか。


決壊した涙腺から、涙がすべて出てしまって視界が戻った時には、彼の世界は変わっていた。


いや、”彼女”の世界に変わったのだ。



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